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第7章 Memory~二人の記憶~
2 秘密…ルリアーナside
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「どうかなさいましたか、姫様」
アインフェルト王国の一画に佇む王城。その一室。
物音一つしない静まり返ったその部屋に沈黙を破る声が響いた。
「クラウス……。いや、何でもない」
その声の主は妾の側近である少年、クラウス。
そしてクラウスの主であり、この城の今の所有者であるのが妾、ルリアーナだ。
「何でもない訳ないでしょう。私が報告した事が気になって仕方ないご様子」
椅子に深々と座り自分でも驚く程心ここに有らず、と言うくらいぼーっとしていた妾を、クラウスは面白いものを見たと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。
確かに考え事はしていた。前々から気にはなっていた事だが、先日クラウスからの報告を聞いて更に気にかかるようになってしまった。
妾の考えが正しければ恐らく……。
だが、その答えを出す前に、だ。
「それもそうだがクラウス、今は妾とお前の二人きりだ。その堅苦しい話し方はよせ」
そう指摘をすると驚いた顔を一瞬したが、直ぐにいつもの笑みを彼は浮かべて見せた。
だがこれが普段周りの者達に見せている表情とは少し違う事に妾は気づいた。この顔は妾と二人きりの時にしか見せない顔だ。
「そうだね。つい、いつもの癖で」
そしてようやく砕けた口調で話し出した彼。
話しやすくなったが、しかし何年経っても毎回のように妾が指摘しなければ口調を崩さないんだクラウスは。
あの時から姿形は変わらないのに、どこか距離が離れてしまったように感じて何だか胸が痛むような気までしてくる。こんな気持ちになったのはクラウスに初めて会った時以来だな。
「全く本当に律儀な奴だな。そんな事で疲れんのか」
いつもと変わらず他愛もない話をしたいと思うのだが、どうしても棘のある言い方を妾もしてしまう。
最近特に自分の気持ち、感情がコントロール出来ていない気がしてならない。それもこれも彼のせいだ、多分、恐らく……。
二人きりになるといつもこうなのだが、それでも決まってクラウスは気を悪くした様子は見せない。
ただ笑って拗ねている子どもを宥めるかのような態度をとる。
ほら、今日も同じだ。
「疲れないよ。だって君といる時間だけが僕の幸福なんだ。僕の事でこんなに色々な表情を見せてくれる君を見ているのは楽しいし、飽きない。それにこの話し方をするのは君の前でだけ。それと同じように君が見せてくれる様々な表情は僕の前でだけ、でしょ?」
「なんだ、それは……。それと先程から気になっているんだが、妾の事を「君」としか呼んでいないだろう」
更に頬を膨らませて思い切り不機嫌さを出すと冷静な彼も流石に慌てていた。
「ごめん、機嫌を直してよ。ね?リア」
ようやく呼んでくれた名前。この名前はクラウスしか呼ばないし他の者には呼ばせない。
特別な呼び名だ。
ようやく呼ばれた事に自分でもおかしいくらい嬉しくなり、単純だが機嫌も一瞬にして直ってしまった。
「仕方がないな」
そう妾が呟けばクラウスも嬉しそうに笑い、それを見ていると妾まで釣られて笑いそうになってしまうのだから不思議なものだ。
と言うか、我ながらなんだこの会話は!と突っ込みたくなるな。何と言うか、恥ずかしく感じているのは妾だけなのか?
と、そんな気持ちを抱いておきながら、それとは反対に妾もこの時間が幸せで、ずっと続けば良いと思っている。国を背負う女王と言う立場を忘れさせてくれる、そんな一時。
あの日のように、一人の少女としていられる一時だから。
「それで、例の件だけど……」
「ああ、分かっている」
その穏やかな雰囲気は惜しくも終わりを告げ、場にまた緊張が走った。
クラウスの言う例の件、とは先日行われた魔法乱舞での出来事の事。
魔法乱舞は隣国であるオルデシア王国随一の魔法学院、エスワール魔法学院で一年に一度開催される行事であり、本来なら妾はその魔法乱舞へと足を運ぶ予定だった。
それが事情により叶わなくなり、クラウスにその代わりを頼んでいたと言う訳だ。
妾がその行事に足を運ぼうとした理由は、他国の伝統行事を偵察しに行くなどと言う大それたものではなく、参加するであろう我が友人の応援のためだった。
妾が人間でないと知ってもなお傍にいて、友人だと言ってくれた少女、エルシア。
そのエルの友人であるユキ。
二人の姿を一目見ようと思っていたんだが、多忙を極める日々は甘くはなかった。
結局のところ行く事は叶わず、ならばせめてもと思い、二人が元気にしているかだけでも見てくるようにとクラウスに頼んだんだ。
顔に出さないが、きっとクラウスも彼女達に会いたがっていると思うから。
そして当日。
クラウスは魔法乱舞の開催される隣国、オルデシア王国へと向かって行き、妾は山積みにされた書類を片付けていた。
クラウスが戻ってきてエル達の様子が聞ける事だけを楽しみに、仕事に精を出していた。
だが、数日後帰って来たクラウスから聞いた話は妾を驚愕させるには十分な事だった。
その日、クラウスは魔法乱舞に参加していた一人の少年を見た。
少年を見た瞬間クラウスは目を疑ったと言う。
それはその少年の容姿が妾とクラウスの良く知る人物とあまりにも酷似しているからだった。
彼は今この世界でも珍しいとされる紫の髪と金の瞳を持った凛とした眼差しの少年。
それだけでも驚きの事実なのだが、更にクラウスを驚かせたのは彼の名前だった。
彼の名前はレヴィ・ローレンス。ローレンス侯爵家の次男だ。
ローレンス――。この名を忘れた事は今日まで一度もなかった。
これは偶然か、それとも必然なのか――。
「クラウス。これは最早、偶然と言っては言られないな」
「そうだね」
「妾は覚悟を決めたぞ。……これは妾が話さなくてはならない事だな」
「リア……。本当に良いの?」
ある事を覚悟した妾だが、正直不安がない訳ではない。そんな妾を心配するようにクラウスが声をかけてくる。
その優しさに胸が温かくなるが、もう心配はいらない。心は決まったし迷いもない。
「エルシア、そしてレヴィ。この二人に手紙を書いてくれ。話があると」
「分かった。リアが決めたならもう僕は止めないよ」
妾の言いたい事を全て理解しているクラウスは、真剣な妾を見てどこかほっとした様子を見せた。
そしてそれ以上は何も言わず、静かに部屋を出て行く。
出て行くクラウスを見送った後、ふと窓の外を見る。すっかり日が落ちて暗くなり、月の光だけが窓から差し込み部屋を照らしている様子がどこか儚く、いつかの日を思い出させた。
――エル、そしてレヴィ。
ついにこの時がやって来てしまった。
だがもう話しても良いだろう。話すと決めたんだ。
あの日からずっと心の内にしまい、話す事のなかった秘密。妾が隠していた「彼ら」の秘密を――。
アインフェルト王国の一画に佇む王城。その一室。
物音一つしない静まり返ったその部屋に沈黙を破る声が響いた。
「クラウス……。いや、何でもない」
その声の主は妾の側近である少年、クラウス。
そしてクラウスの主であり、この城の今の所有者であるのが妾、ルリアーナだ。
「何でもない訳ないでしょう。私が報告した事が気になって仕方ないご様子」
椅子に深々と座り自分でも驚く程心ここに有らず、と言うくらいぼーっとしていた妾を、クラウスは面白いものを見たと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。
確かに考え事はしていた。前々から気にはなっていた事だが、先日クラウスからの報告を聞いて更に気にかかるようになってしまった。
妾の考えが正しければ恐らく……。
だが、その答えを出す前に、だ。
「それもそうだがクラウス、今は妾とお前の二人きりだ。その堅苦しい話し方はよせ」
そう指摘をすると驚いた顔を一瞬したが、直ぐにいつもの笑みを彼は浮かべて見せた。
だがこれが普段周りの者達に見せている表情とは少し違う事に妾は気づいた。この顔は妾と二人きりの時にしか見せない顔だ。
「そうだね。つい、いつもの癖で」
そしてようやく砕けた口調で話し出した彼。
話しやすくなったが、しかし何年経っても毎回のように妾が指摘しなければ口調を崩さないんだクラウスは。
あの時から姿形は変わらないのに、どこか距離が離れてしまったように感じて何だか胸が痛むような気までしてくる。こんな気持ちになったのはクラウスに初めて会った時以来だな。
「全く本当に律儀な奴だな。そんな事で疲れんのか」
いつもと変わらず他愛もない話をしたいと思うのだが、どうしても棘のある言い方を妾もしてしまう。
最近特に自分の気持ち、感情がコントロール出来ていない気がしてならない。それもこれも彼のせいだ、多分、恐らく……。
二人きりになるといつもこうなのだが、それでも決まってクラウスは気を悪くした様子は見せない。
ただ笑って拗ねている子どもを宥めるかのような態度をとる。
ほら、今日も同じだ。
「疲れないよ。だって君といる時間だけが僕の幸福なんだ。僕の事でこんなに色々な表情を見せてくれる君を見ているのは楽しいし、飽きない。それにこの話し方をするのは君の前でだけ。それと同じように君が見せてくれる様々な表情は僕の前でだけ、でしょ?」
「なんだ、それは……。それと先程から気になっているんだが、妾の事を「君」としか呼んでいないだろう」
更に頬を膨らませて思い切り不機嫌さを出すと冷静な彼も流石に慌てていた。
「ごめん、機嫌を直してよ。ね?リア」
ようやく呼んでくれた名前。この名前はクラウスしか呼ばないし他の者には呼ばせない。
特別な呼び名だ。
ようやく呼ばれた事に自分でもおかしいくらい嬉しくなり、単純だが機嫌も一瞬にして直ってしまった。
「仕方がないな」
そう妾が呟けばクラウスも嬉しそうに笑い、それを見ていると妾まで釣られて笑いそうになってしまうのだから不思議なものだ。
と言うか、我ながらなんだこの会話は!と突っ込みたくなるな。何と言うか、恥ずかしく感じているのは妾だけなのか?
と、そんな気持ちを抱いておきながら、それとは反対に妾もこの時間が幸せで、ずっと続けば良いと思っている。国を背負う女王と言う立場を忘れさせてくれる、そんな一時。
あの日のように、一人の少女としていられる一時だから。
「それで、例の件だけど……」
「ああ、分かっている」
その穏やかな雰囲気は惜しくも終わりを告げ、場にまた緊張が走った。
クラウスの言う例の件、とは先日行われた魔法乱舞での出来事の事。
魔法乱舞は隣国であるオルデシア王国随一の魔法学院、エスワール魔法学院で一年に一度開催される行事であり、本来なら妾はその魔法乱舞へと足を運ぶ予定だった。
それが事情により叶わなくなり、クラウスにその代わりを頼んでいたと言う訳だ。
妾がその行事に足を運ぼうとした理由は、他国の伝統行事を偵察しに行くなどと言う大それたものではなく、参加するであろう我が友人の応援のためだった。
妾が人間でないと知ってもなお傍にいて、友人だと言ってくれた少女、エルシア。
そのエルの友人であるユキ。
二人の姿を一目見ようと思っていたんだが、多忙を極める日々は甘くはなかった。
結局のところ行く事は叶わず、ならばせめてもと思い、二人が元気にしているかだけでも見てくるようにとクラウスに頼んだんだ。
顔に出さないが、きっとクラウスも彼女達に会いたがっていると思うから。
そして当日。
クラウスは魔法乱舞の開催される隣国、オルデシア王国へと向かって行き、妾は山積みにされた書類を片付けていた。
クラウスが戻ってきてエル達の様子が聞ける事だけを楽しみに、仕事に精を出していた。
だが、数日後帰って来たクラウスから聞いた話は妾を驚愕させるには十分な事だった。
その日、クラウスは魔法乱舞に参加していた一人の少年を見た。
少年を見た瞬間クラウスは目を疑ったと言う。
それはその少年の容姿が妾とクラウスの良く知る人物とあまりにも酷似しているからだった。
彼は今この世界でも珍しいとされる紫の髪と金の瞳を持った凛とした眼差しの少年。
それだけでも驚きの事実なのだが、更にクラウスを驚かせたのは彼の名前だった。
彼の名前はレヴィ・ローレンス。ローレンス侯爵家の次男だ。
ローレンス――。この名を忘れた事は今日まで一度もなかった。
これは偶然か、それとも必然なのか――。
「クラウス。これは最早、偶然と言っては言られないな」
「そうだね」
「妾は覚悟を決めたぞ。……これは妾が話さなくてはならない事だな」
「リア……。本当に良いの?」
ある事を覚悟した妾だが、正直不安がない訳ではない。そんな妾を心配するようにクラウスが声をかけてくる。
その優しさに胸が温かくなるが、もう心配はいらない。心は決まったし迷いもない。
「エルシア、そしてレヴィ。この二人に手紙を書いてくれ。話があると」
「分かった。リアが決めたならもう僕は止めないよ」
妾の言いたい事を全て理解しているクラウスは、真剣な妾を見てどこかほっとした様子を見せた。
そしてそれ以上は何も言わず、静かに部屋を出て行く。
出て行くクラウスを見送った後、ふと窓の外を見る。すっかり日が落ちて暗くなり、月の光だけが窓から差し込み部屋を照らしている様子がどこか儚く、いつかの日を思い出させた。
――エル、そしてレヴィ。
ついにこの時がやって来てしまった。
だがもう話しても良いだろう。話すと決めたんだ。
あの日からずっと心の内にしまい、話す事のなかった秘密。妾が隠していた「彼ら」の秘密を――。
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