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第4章 追憶~過ぎ去った日~

9 禁忌を犯す者…ルリアーナside

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一撃で終わらせるつもりだった。相手に対して慈悲はなく、とにかく早くこの争いを終わらせることに必死だった。

一度の跳躍で立ち尽くしている男の元まで迫り、鋭い爪を男の首目掛け振り下ろす。

そして前の二人と同じように倒せた――――はずだった。

「なっ!」

それは惜しくも男が持っていた剣によって阻まれてしまった。

剣を咄嗟にかざし妾の一撃を受け止めたのだ。そしてそのまま物凄い力で剣を薙ぎ払われ、寸ででその攻撃をかわすと一度後ろに下がり間合いを取った。

一瞬だけ、動揺した。この妾が。

こいつは他の二人とは違う動きをする。

理性がなく血を貪るだけの化け物。ヴァンパイアの成れの果て。

そのはずだが、この男はもしかしたらまだ少しだけ理性が残っているのかもしれないが、それでも本能の方が勝っている状態と言う事か。

本能が妾を危険と判断し、その身体を動かしているのか。

それにあの剣。
忘れていたが、あの剣身にはヴァンパイアの攻撃を跳ね返すという力。魔法がかかっているのだと聞いたことがある。

妾の攻撃が弾かれたのはその魔法の効力によるものなのだろう。剣さえなければあの男を容易く倒せるのだが。

剣だけを一瞬でいい、どうにか出来ればその隙に奴を仕留めることが可能だ。

剣に魔法がかかっていると言うなら、こちらも魔法で対処するのみだ。


魔法には魔法を。

多くの魔法を使える程得意ではないが、一瞬の隙をつくるくらいなら……。

チャンスは一度。それを逃せばクラウスがもたないからな。

彼は必ず助けるっ!どんな手段を使ってでもっ!!


大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出す。左手を前にかざし、集中した。

男は剣を右手で持つと構えのような姿勢をとった。

今だっ!!

それを見た瞬間に妾は心の中で叫び走り出す。男も構えた剣を妾の首に目掛けて振り下ろそうとしていた。

あと少しで首に届く、その一瞬。

「レジスタンスっ!!」

素早く呪文を唱え、魔力の集まった左手を剣身に打ち込んだ。

妾が使ったのは剣と同じ効果を持つ、攻撃を跳ね返すと言う魔法だ。同じ効果を持つ魔法がぶつかり合ったらどうなるか。

答えは簡単。どちらも弾かれる、だ。

「くっ!」

思ったよりも強い力がぶつかり合い、その弾かれた時の衝撃も強かった。

だとしてもここで怯むわけにはいかない。

「ダブルシールドっ!」

相手に向けてではなく自分の背後、空中にシールドを二重にして素早く展開させる。

瞬時に体をひねって空中で後ろに一回転し、シールドを足場にするとそれを思いっきり蹴る。

男は弾みで体制を崩しており十分な隙が出来ていた。そこまで出来れば残り、狙うのは首だけ。

「これで終わりだっ!」

懐から取り出した短剣を男の首に向かって切り下ろした。感触はしっかりあり、これで終わりだと分かった。

体制を立て直し、片足で地面に着地し後ろを振り返って見ると、狙い通りに男は倒れていて動くことはなかった。

きっとすぐにでも灰になってしまうだろう。

それを確認した妾は、ぐったりとしたままのクラウスの元へと急いで近づくと、その場に膝をついて彼の名前を必死に呼んでいた。

「クラウス!クラウスっ!」

今にも泣きだしそうな震えた声が自分の口から無意識に零れた。それに気が付いた時にはもう涙は溢れてしまっていたのだが。

クラウスの顔を覗き込むと、目は薄っすらと開いていたが妾を認識することなく虚ろだ。

…………もう助からない。


その言葉が頭をついてしまい、途端に絶望してしまいそうになる。

そんな時だった。拳を固く握りしめていた手に温もりを感じたのは。

「……っ!」

ゆっくりと見ると、妾の手にクラウスがそっと手を重ねていたのだ。

もう目が見えていないのだろうに、力も入らないはずなのに、それでも手を伸ばしてくれていた。

泣くなと言われている気がしたが、どうしても涙は次から次へと溢れて止まらない。


だが妾はその手を空いていた手で握り返すと一つの決断を、ある覚悟を決めた。

この決断でクラウスが生きるか死ぬか決まるのだ。迷っていたが、今の彼を見てしまったら覚悟を決めるしかない。

それに必ず救うとも言った。ならば何でも良い、救える方法があるのならそれに縋ってやる。


そしてこれが最後の手段だ。


彼の手を離すとそっと下ろし、次に自分の右手の手首に思い切り噛みついた。そこから溢れる血を自身の口に含む。

少しして手首から口を離すと溢れた血が滴り落ちて地面を赤く染めた。

それを気にする事なく血を口に含んだまま、反対の手で彼の頭を少し持ち上げしっかり支えると、ゆっくりと顔を近づけていった。

彼の少し開いたままだった唇に自身のものを合わせると、舌を使い押し込むようにして血を流し込んでいく。

暫くすると飲み込んだ音がして妾は唇を離した。そして付いてしまった血を指で拭ってやる。

改めて彼の顔を覗き込むと先程よりも穏やかな表情で眠りについたようだった。

それを見てひとまず安心した。これで助かる、はずだ。


妾が行ったのは人間をヴァンパイア化させる行為。方法は簡単で、ヴァンパイアが人間に己の血を与えれば良いだけ。

本来は禁忌とされている行為なのだ。一部の者を除いては。


人間同様、ヴァンパイアにも爵位と言うものがある。この禁忌の行為を特別に許されているのは王族と公爵の上位ヴァンパイアだけだ。

妾のような王族、そして王族から枝分かれした、公爵の階級を持つヴァンパイアは純血種と呼ばれ、一切人間の血が混ざっていない一族だ。

その上位な彼らに禁忌の行為が許されてはいるが、余程の事がない限り、自ら進んで血を差し出す事はしない。人間を嫌うものも多く、ヴァンパイアと人間のハーフを生み出そうという物好きもそうはいない。
それに上位のヴァンパイアの血は人間には強すぎる。一滴摂取しただけでも死に至ってしまう事も稀ではないのだ。

そう言った理由から行われなくなった方法。

それでも妾はこれに賭ける事にした。今のクラウスを助けられるのはこれしかない。ヴァンパイアの超再生、治癒能力しか彼の命を繋げる方法はない。

彼に血を分け与えた時、瀕死の彼には一滴では足りないと判断しいくらか多めに血を与えてしまった。後悔はないが、もうこれで妾に出来ることはない。ただ見守る事しか。

後は彼の体力、そして妾の血に適応出来るかどうか。だが妾は信じる。根拠はないが、クラウスならば乗り越えられると。


眠りについたクラウスを傷にさわらないようそっと抱き上げる。落ち着いて眠っている彼を早く安全な場所へと連れて行きたかったのだ。

村のこの惨事をそのままにしておくのは心苦しいが、もうすぐ城の者が来る。ここは彼らに任せるしかない。そしてあの剣も今は部下に任せよう。

そう思い剣も置いて、クラウスだけをしっかりと抱きかかえると城に急いで向かった。


次に彼が目覚めた時には彼はもう人間ではなくなっている……。そして無事に目が覚め事の結末を彼が聞いた時、もしも彼に恨まれる事があったとしても、妾は…………。

……妾は決してお前の傍を離れない、この先ずっとお前を守らせてほしい。傍に居ることをどうか許してほしい。

それだけを妾は願っている――――。
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