幸せな人生を目指して

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第4章 追憶~過ぎ去った日~

5 後悔と覚悟

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長く振り続けた雨は止み、漸く温かい光が地上へ降り注ぐ。

その日村はとても賑わっていた。何か特別な日と言う訳ではないけど、皆久々の晴天に気持ちも高まるのだろう。

そんな中、僕はずっと閉めていた店を思い切って再開させようとしていた。
ルリアーナと出会う前は家に引きこもり、外との関わりを避けた生活を送っていたけど、彼女と出会って言葉を交わしてからもう一度だけ頑張ってみようと思えるようになった。

僕は単純だなと思う。彼女と話しただけなのにこんなにも前向きになれるなんて思ってもみなかったから。でも単純で良かった。僕はまだやれる、終わってないと気づかされたから。

とは言っても頑張ると決めたのは良いけど、何をどう頑張るってはっきりした目標はない。ただせめて次に彼女と会える日までには、店を開け、前向きに生きている僕の姿を見てほしいと思った。

そう決意を決めて数か月。

僕一人では無理だった商売は、今は村の人達に支えてもらい、繁盛とまではいかないけど何とかやって行ける程には軌道に乗ってきていた。

初めの内は僕が自ら進んで村の人達に頭を下げてお願いした。難しい顔をする人もいたし、自分の店を持つ人が多いいこの村では、いくら仲が良くても他人の事までも手伝えるほど余裕がある人はそうはいない。
でもそれを分かった上で僕はお願いした。結果的に無理だとしても何もしないで諦めたくはなかった。後悔することになっても何もしないで後悔するより、出来る事を全部やってから後悔したい。

その気持ちが功を奏したのか、初めの内は渋々手を貸してくれた人や親を亡くした可哀そうな子どもと思って同情で手を貸してくれた人が多かった。けれど最近では僕の努力する姿を見て力になりたいと率先して来てくれる人が増えた。
僕の努力が認められ、その嬉しさを今は原動力にして仕事に精を出す毎日だ。

前のように両親は居なくてそれが寂しくもあるけど、あの頃のような忙しく大変な、それでも楽しかった日々が戻ってきた。今は両親に代わって心優しい村の人達が僕を支えてくれている。

僕の第二の人生がスタートした。


そんな時、あの出来事が起こった。輝かしい未来を信じて前を向いた僕をあざ笑うかのように既にこの時その影はすぐ傍まで迫ってきていた。



その日は昼間は天気が良かったのに夕方になるにつれ雲加減が怪しくなってきた。また激しく雨が降るかもしれないとの事で皆が早々と店を閉めるために慌ただしくしていた。そして僕も今日は早めに店を閉めようと思い、手伝いに来てくれていた人達にもお礼とお礼の品を渡して家に帰るように促して、皆が帰って行くのを僕は外で見送り、一人になると外に掲げていた看板を片付けようと動く。


すると、何処からか誰かの叫び声のような音が聞こえた気がした。驚いて辺りを見回すが特に変わった様子もなく、人々が行き交っているだけ。それに風も強くなってきてその音がそう聞こえたのかもしれない。
空耳か、と思い作業に戻ろうとしたその時。


「きゃーーー!!」

……っ!!

耳をつんざく様な悲鳴が今度ははっきりと聞こえた。それも近くから。
見れば村の人達もその声に驚き振り返っている。

そして伝染していくかのように次々と更なる悲鳴があちらこちらから上がる。


「な、なんだっ!何が起こった!!」

「きゃーっ!」

「あれはなんだっ!!」

「まずいっ!みんな逃げろっ!!」

混乱した人々の声。焦ったような叫び声。四方から届き現状が掴めていない人もパニックを起こし、逃げ出そうと慌てて走り出す。我先にと急ぐ村人は押し倒し、踏みつけようが気にしない。ただその場から逃げ出そうと必死だ。


押し寄せる人込みで何も見えないが、間違いなく何か恐ろしいことが起こったと言う事だけは理解出来る。

僕は勢い良く押し寄せる人達とは反対方向へと歩き出す。逃げた方が良い事は十分分かっているけど、どうしても何が起きたのかこの目で確かめたい。それだけの想いでつまずきながらも足を動かした。



そして……、人込みの隙間から――見えたもの。

その光景に僕は息を呑んだ。いや、息をするのを忘れてしまうほどの光景だった。

その場所は地面が赤く染まっていた。一面赤一色。とてもこの世のものとは思えない光景。

赤い血の海、その周りには無数の村人達の……、死体。

そしてその赤い血を全身に浴びて、真っ赤になっている人物。全てが赤く染まり、佇む一人の男。


……なんだ……この光景は……。あれは……一体……。

あまりの惨状に声が出ない。何なんだこれは……!

惨状から目を離せないでいると、不意に背を向けていた男が振り向いた。

その視線は僕を捉えた。僕を見つめる赤い瞳。薄っすら開いた口からは牙のようなものが二つ見え、それを伝い流れる赤い液体。

……あれは、血っ!それにあいつが掴んでいるのは……。

男の手には若い女性が捕らわれていた。細く白い首をしっかりと掴み、まるで捕えた獲物を逃がさないようにしているような、異様な光景。死んでいるのか生きているのかさえ分からないほどに女性はぐったりとしていた。
そして一瞬見えた女性の首には噛まれたような赤い傷が二つあり、そこから血が流れだしているのを見た。

まさか……あいつは、ヴァンパイアっ!?

赤い瞳、鋭い牙、首に二つの傷、血をすする男。それを目の当たりにした僕はある種族を思い浮かべ、驚愕した。

ヴァンパイア。そう言った人間以外の種族がいることは知識としては知っていたが、この目で見たことがないため、その存在は誰かの作り出したもので、伝説の中の存在なのではと思うようになっていたが。

でもその考えは間違っていた。今まさにそう思っていた存在が目の前にいる。

そう考えた瞬間、今になって未知の生物が目の前にいると言う現実に恐怖し、あまりの迫力に僕はその場から動けなくなってしまった。
すると男は女性の首から手を離し、落下し倒れて動かない女性には目もくれず、新たに僕を標的としたのかゆっくりとこちらに近づいて来る。獲物を狙う獣のように瞳を赤く光らせながら。


……ど、どうしよう……は、早く、逃げないと……っ!!
そう思うのに足が動かない。あの男から目が離せない。

殺される……!!

後数メートルで手が届くという距離まで男が迫ったその時だった。

突然、ガシャンっ!と大きな音が辺りに響く。

それに驚いた僕は瞬時に周りを見回し、男も音につられて視線を移したが人の姿は見当たらなかった。

しかし良く見ると少し離れた場所に粉々になったガラスの破片が地面に散らばっているのが目に入り、それにその先の狭い路地には、大人では通れないような狭い場所だがそこには小さな子どもの姿があった。

恐怖のあまり震えてその場に座り込んでしまっているようだ。足元には誤って落としてしまったのか、粉々になったガラスの破片が散らばっていた。

どうしてここにっ!逃げ遅れたのか。それにあの子はっ!

うずくまるその子は、僕の店を手伝いに来てくれる人達の中で、特に親身になって僕を支えてくれていた夫婦の娘、アンナだった。

あの割れてしまっているガラスも手伝いに来てくれたお礼にと、親子が帰る際に渡した物だ。

人見知りで自分から言葉を発さない為、僕も話した事はなかったが、いつも見せてくれる笑顔が疲れた皆を癒してくれていた。

そんな彼女が何故ここに?彼女を見る限り一人だけど夫婦は何処に?夫婦は一人娘であるアンナをとても可愛がり大切にしていた。そんな夫婦が娘を置いて逃げてしまったとは考えにくい。

あの人混みではぐれてしまったのか、考えたくはないが、もしかしたら……。

最悪の考えを思い浮かべてしまい、僕はそんな事はないと否定するように頭を振った。

あの子を助けないと。さっきまで動かなかった足が軽くなっているのに気づき僕自身も驚いた。恐怖心はあるけどそれより彼女を助けなければと言う気持ちの方が勝っていた。

僕が助けに行こうとすると、男は新たに現れた少女を目に捉え、あろうことか僕ではなくアンナの方へと向かって行ってしまった。

くそっ!

それに僕は慌てて、未だに震えてうずくまるアンナの元へと走った。僕は何の力も持たないただの子ども。

それでも目の前の女の子を絶対にこいつから助け出すと覚悟を決めた。

それはあの日、両親を助けることが出来なかった後悔。目の前で大切な人が居なくなるのはもう嫌だと言う気持ち。

その後悔が今の僕を奮い立たせていたのかもしれない。
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