幸せな人生を目指して

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第4章 追憶~過ぎ去った日~

3 少年と少女

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傘もささずに立ち尽くす二人。でもそれを怪しく思う人は周りには誰も居ない。

「そうかクラウスというのか。良い名だな。それはそうとクラウス。少し雨宿りをしたいのだがどこか良い場所はないか?」

少女、ルリアーナはどうやら雨宿り出来る場所を探して僕に話しかけたらしい。もうずぶ濡れなのだが。

「なら僕の家に来る?今は誰もいないし。君が良ければだけど」

他に言い馬車が思いつかなくてつい自分の家を進めてしまうけど、すぐに後悔した。いきなり女の子を見知らぬ者の家に招くなど失礼な事だったと。

変に思われただろうか……?そう思い彼女の様子を伺う。

「そうか。それなら行くとしよう。感謝するぞ」

僕の提案に彼女は特に気にする様子もなく、寧ろ早く行こうと催促する口ぶりをみせた。そして道も分からないのに踵を返してさっさと歩き出そうとする。

「あっ、待って」

予想だにしない反応に呆気に取られていた僕ははっと我に返ると、反対方向へと向かって行く彼女のあとを急いで追う。

「何だ、早くしないとびしょ濡れだ」

「僕の家知らないでしょ。反対方向だよ。案内するからついてきて」

「そうだったか。すまない、よろしく頼む」

僕の後を彼女は大人しくついてきた。そして僕は見ず知らずの彼女と雨の中、家まで一緒に帰って行った。


「どうぞ入って」

「ほう。ここがお前の家か、中々良いところに住んでいるではないか」

家の中に入ると彼女は興味津々な様子で周りを見回していた。こういった家に初めて入ったかのような反応を見せるあたり、やはりどこかのお嬢様なのだろうと僕は思った。

「何もないけどね。そこの暖炉で温まってて、今タオルを持ってくるから」

「ああ、助かる」

勧めると彼女は暖炉の前にゆっくりと腰を下ろした。帰って一番に付けた暖炉の火はあっという間に大きくなり、冷えきった体と、この家を温めてくれる。彼女が温まっている間、僕は店の奥へ行きまだ使っていない新しいタオルを二つ持つと来た道を戻って行き、温まっている彼女にタオルを手渡す。

「これ使って」

「ありがとう」

タオルで冷たくなった体を伝う水滴を拭い、冷えた体を温めるため、僕は彼女の隣に少し間を開けて座る。
不思議なものだな。誰かと暖炉で温まるなんていつぶりだろう。

僕が小さかった時なんかは暖炉の前で家族三人仲良く座って温まったりもした。僕は真ん中で両親が両隣に座り、包み込むように寄り添っていた。とても温かかったのを昨日の事のように覚えている。


「どうした?」

「え……?」

懐かしむように過去の思い出に浸っていたが、彼女の戸惑った声に我に返り、横を向くと困惑した表情で僕を見つめる彼女が居た。

「何故泣いているんだ?」

「えっ、……泣い……てる?」

何を言われているのか分からず僕は戸惑う。そして彼女に言われて初めて気がついた。瞳からは知らず知らずの内に涙の雫が零れ落ちていた。

「ご、ごめん。昔のことを思い出しちゃったからかな」

「そうか。先ほども泣いていたな」

気づいていたのか。僕でも雨なのか涙なのか良く分からなかったと言うのに。それに何だか恥ずかしさと、女の子の前で泣いてそれを見られてしまった情けなさに、これ以上は見せまいと顔を俯かせる。

「気にすることはない。泣きたいなら泣けばいい。泣けるときに泣いておかないと後で後悔するぞ。初対面の、こんな小さいなりの少女で申し訳ないが、妾が傍にいるから。今だけは意地を張らなくて良い」

その言葉にゆっくりと顔を上げると、彼女は美しい笑みを浮かべてそっと僕を抱きしめる。そしてまるで母親のように優しい手つきで頭を撫でてくれた。

それもあってか更に昔を思い出してしまって僕はみっともなく泣いてしまった。恥ずかしいと思うけどどうしても止まらなかった。それでも彼女は何も言わずに、ただずっと僕を抱きしめ続けてくれていた。



「……ごめん。情けないな……、僕」

それから暫くしてようやく泣き止むと僕は彼女の腕の中からそっと抜け出し、溢れた涙を拭った。

「気にするな。少しはすっきりしたか?」

本当に気にした様子もなく優しい声色でたずねてくて、それにどこかホッとする。

「うん。ありがとう」

「そうか、良かった」

それからは暫く沈黙し、お互いに話す事もなく気まずい空気になり、唯々時間だけが流れていった。

……何を話せば。思い返せば聞きたいことはあるだろうに、今の僕には何も言葉が思い浮かばなかった。

すると唐突に彼女の方から話し掛けられる。

「お前、今辛いのか?」

「え?」

沈黙を破り凛とした彼女の声が響く。

「少しお前の話を聞いても良いか?何があったのか。話したくなければ話さなくてもいいが」

そう言った彼女は何故か悲しそうに微笑んだ。

その時僕は悟った。彼女は何となくでも偶然でもなく、何か理由があって僕に話しかけてくれたのではないか、と。

自分の勝手な想像だが、もしもそうなら今のこの気持ちを彼女に聞いてほしいと思った。言葉をかけて欲しいわけじゃない。ただ聞いてほしいんだ。一人で悩むのにはこの気持ちは辛すぎるから。

「君になら、いや君に聞いてほしい。僕の今の気持ち、そして少しの間の思い出話しを」

「分かった」

彼女の返事聞いてから僕はゆっくりと話し始めた。話している間、彼女は寄り添い、時々相槌を打って話しに耳を傾けてくれていた。

両親との生活、この家で商人として両親の仕事の手伝いをしていたこと、そして事故のこと……。

途中で何度も泣きだしそうになったり、歯切れが悪くなってしまったりしたけど、それでも先を急かす事なく、ただ静かに隣に居てくれたのだった。
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