幸せな人生を目指して

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第4章 追憶~過ぎ去った日~

2 幼き日

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僕の名前はクラウス・リード。それなりに裕福な家庭に生まれ、不自由することも余りなくごく普通の村でごく普通の生活を送っていた。
父、母と三人暮らしで仕事を手伝ったりして大変な毎日だったけど、それでも僕にとっては平和で幸せなかけがえのない毎日だったんだ。

誰しもが思う。この在り来たりな些細な幸せがずっと続けばいいのにと。

……それなのに僕の幸せは儚くも散ることになった。

ある豪雨の日。商人だった僕の両親が事故で死んだ。急ぎの荷物を馬車で届けていた最中に土砂崩れが起こり、運悪く下敷きになってしまったのだと後から聞いた。

僕はそれを呆然としながら聞いていた。突然の両親の死。それは僕が十歳になったばかりの事だった。

仲の良い家族と周りからも評判で、勿論僕も両親の事は大好きだった。時には厳しく怒られたりもするけど、仕事が上手く出来たときは凄く褒めてくれたり、裕福な方だったと言っても毎日贅沢な食事がとれるとかそう言う事ではないけど、僕の誕生日、お祝いの日にはその頃、普段なら食べられないような高級なお肉を祝いの席で振舞ってくれて。今でも昨日の事のように思い出せる。
辛い日の方が多かったけど、両親が居てくれたおかげでそれを乗り越えられてきたのだと思う。
何も高望みなんてしていなかった。それなのにどうして……。

絶望のはずなのにやけに冷静な自分がいるけどその理由はすぐに分かった。
全てが唐突過ぎて理解が追い付いていないだけだと言う事に。


数日経つ頃にはこれは本当に現実なんだ、と少しずつ受け入れて行っていた気がする。いや、受け入れるしかなかった。二人の死を受け入れたくない。けれど現実は時に残酷で。
知らず知らず涙が溢れてきて、次から次へと流れては消えていく。止める気も起きずずっと一人、誰も居ない家で静かに泣き続けた。
三人でいた頃は活気があり、とても暖かく感じたたくさんの思い出が詰まった家なのにそれが今は広くて、寒くて、寂しいものに感じてしまう。

……これが現実でなければいいのに……。何度そう思ったのかももう分からない。

明るい性格だったと思う僕でも前向きな事なんて考えられない。思うことは自ら自分を陥れるような否定的な事ばかりで、それも相まってか一時は自分も死のうとまで思った事もある。

だってそうだろう?十歳の子どもがこれから先、どうに生きて行くって言うんだ。知り合いなんていない。友達もいない。頼れる人も勿論いない。
仕事をしていくのにも無理がある。手伝い程度してこなかった僕が商売をして、更に一人で店を繁盛させられるほどこの仕事は甘くない。


ははは……、あまりにも現実離れし過ぎてもはや笑えてくるな……。一人だけ、この世界に取り残されてしまったような気がするよ。

僕も一緒に付いて行けば良かった。どうせなら僕も一緒にそっちに行きたかったな……。



この頃の僕は両親の突然の死に打ちひしがれて立ち直ることが出来ず、何もすることなく唯々毎日が過ぎていくのを見ているだけだった。
そしてもう一度死を考えていた時、ある人との出会いによって僕は救われた。
今でも忘れはしない。僕を絶望のどん底から救ってくれたあの人との出会いの事を――。



両親の死を悲しんでいた村人達も時間が経つにつれて無くしていた活気を取り戻し始めていた。

僕の世界はこんなにも変わってしまったのに世界は変わらず動き続ける。何もしていなくても次の日がやってくる。
その日は朝からずっと雨が降り続き、時間が経っても雨は弱まることなく寧ろ強くなっていった。

僕は誰もいない家で一人その様子を窓際に座ってぼんやりと眺めていた。あの日と同じ雨。
とうに涙は枯れ瞳から溢れるものはない。代わりにこの雨が今の僕の気持ちを代弁してくれているみたいだった。


それからどれほど経っただろう。特に理由はないけど何となく家を出てみる事にした。雨が降っているにも関わらず、傘もささずに目的なく外を歩き、勿論ずぶ濡れになったけど気になんかならなかった。

活気が戻った村でも今日は酷い雨のせいもあって人通りが少なく、店も早めに閉め、皆足早と家族の待つ家へと帰って行く。

それをぼんやりと見つめて、それからどんよりとした空を見上げ、そして目を閉じてみる。暗闇と冷たい雨が体と心を冷やして行くがそれすらも今の僕には心地の良いものに感じられた。
そうして意味もなく暫く立ち尽くしていた時。突然に、けれど必然の出会いをした。

「おいお前、こんな雨の中傘もささずに何をしているんだ」

近くでぶっきらぼうな、それでいて雨の中でも通る凛とした声が聞こえて、僕は閉じていた目をゆっくりと開けた。

「……君は」

目の前には僕よりも背が低く小柄な少女が一人立ってこちらを見ていた。傘をささずに、と言う少女も僕と同じく雨でずぶ濡れなのだが。

この村では初めて見る顔。とても綺麗な女の子で、それに初めて見る赤の髪に赤の瞳。身なりも良く見れば高価そうで、何もかもが別世界の人のような不思議な雰囲気をした少女。

「妾はルリアーナ、お前は?」

「……僕はクラウス・リード」

先に名乗りを上げる少女に僕は迷った挙句自分の名前を教えた。するとルリアーナと名乗った少女は満足そうに微笑みを浮かべて見せた。

目を見張るほどに美しい。そんな感想を抱いてしまった事を今でも覚えている。

これが後に紅の姫と呼ばれる少女との最初の出会いだった――――
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