54 / 227
第4章 追憶~過ぎ去った日~
2 幼き日
しおりを挟む
僕の名前はクラウス・リード。それなりに裕福な家庭に生まれ、不自由することも余りなくごく普通の村でごく普通の生活を送っていた。
父、母と三人暮らしで仕事を手伝ったりして大変な毎日だったけど、それでも僕にとっては平和で幸せなかけがえのない毎日だったんだ。
誰しもが思う。この在り来たりな些細な幸せがずっと続けばいいのにと。
……それなのに僕の幸せは儚くも散ることになった。
ある豪雨の日。商人だった僕の両親が事故で死んだ。急ぎの荷物を馬車で届けていた最中に土砂崩れが起こり、運悪く下敷きになってしまったのだと後から聞いた。
僕はそれを呆然としながら聞いていた。突然の両親の死。それは僕が十歳になったばかりの事だった。
仲の良い家族と周りからも評判で、勿論僕も両親の事は大好きだった。時には厳しく怒られたりもするけど、仕事が上手く出来たときは凄く褒めてくれたり、裕福な方だったと言っても毎日贅沢な食事がとれるとかそう言う事ではないけど、僕の誕生日、お祝いの日にはその頃、普段なら食べられないような高級なお肉を祝いの席で振舞ってくれて。今でも昨日の事のように思い出せる。
辛い日の方が多かったけど、両親が居てくれたおかげでそれを乗り越えられてきたのだと思う。
何も高望みなんてしていなかった。それなのにどうして……。
絶望のはずなのにやけに冷静な自分がいるけどその理由はすぐに分かった。
全てが唐突過ぎて理解が追い付いていないだけだと言う事に。
数日経つ頃にはこれは本当に現実なんだ、と少しずつ受け入れて行っていた気がする。いや、受け入れるしかなかった。二人の死を受け入れたくない。けれど現実は時に残酷で。
知らず知らず涙が溢れてきて、次から次へと流れては消えていく。止める気も起きずずっと一人、誰も居ない家で静かに泣き続けた。
三人でいた頃は活気があり、とても暖かく感じたたくさんの思い出が詰まった家なのにそれが今は広くて、寒くて、寂しいものに感じてしまう。
……これが現実でなければいいのに……。何度そう思ったのかももう分からない。
明るい性格だったと思う僕でも前向きな事なんて考えられない。思うことは自ら自分を陥れるような否定的な事ばかりで、それも相まってか一時は自分も死のうとまで思った事もある。
だってそうだろう?十歳の子どもがこれから先、どうに生きて行くって言うんだ。知り合いなんていない。友達もいない。頼れる人も勿論いない。
仕事をしていくのにも無理がある。手伝い程度してこなかった僕が商売をして、更に一人で店を繁盛させられるほどこの仕事は甘くない。
ははは……、あまりにも現実離れし過ぎてもはや笑えてくるな……。一人だけ、この世界に取り残されてしまったような気がするよ。
僕も一緒に付いて行けば良かった。どうせなら僕も一緒にそっちに行きたかったな……。
この頃の僕は両親の突然の死に打ちひしがれて立ち直ることが出来ず、何もすることなく唯々毎日が過ぎていくのを見ているだけだった。
そしてもう一度死を考えていた時、ある人との出会いによって僕は救われた。
今でも忘れはしない。僕を絶望のどん底から救ってくれたあの人との出会いの事を――。
両親の死を悲しんでいた村人達も時間が経つにつれて無くしていた活気を取り戻し始めていた。
僕の世界はこんなにも変わってしまったのに世界は変わらず動き続ける。何もしていなくても次の日がやってくる。
その日は朝からずっと雨が降り続き、時間が経っても雨は弱まることなく寧ろ強くなっていった。
僕は誰もいない家で一人その様子を窓際に座ってぼんやりと眺めていた。あの日と同じ雨。
とうに涙は枯れ瞳から溢れるものはない。代わりにこの雨が今の僕の気持ちを代弁してくれているみたいだった。
それからどれほど経っただろう。特に理由はないけど何となく家を出てみる事にした。雨が降っているにも関わらず、傘もささずに目的なく外を歩き、勿論ずぶ濡れになったけど気になんかならなかった。
活気が戻った村でも今日は酷い雨のせいもあって人通りが少なく、店も早めに閉め、皆足早と家族の待つ家へと帰って行く。
それをぼんやりと見つめて、それからどんよりとした空を見上げ、そして目を閉じてみる。暗闇と冷たい雨が体と心を冷やして行くがそれすらも今の僕には心地の良いものに感じられた。
そうして意味もなく暫く立ち尽くしていた時。突然に、けれど必然の出会いをした。
「おいお前、こんな雨の中傘もささずに何をしているんだ」
近くでぶっきらぼうな、それでいて雨の中でも通る凛とした声が聞こえて、僕は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「……君は」
目の前には僕よりも背が低く小柄な少女が一人立ってこちらを見ていた。傘をささずに、と言う少女も僕と同じく雨でずぶ濡れなのだが。
この村では初めて見る顔。とても綺麗な女の子で、それに初めて見る赤の髪に赤の瞳。身なりも良く見れば高価そうで、何もかもが別世界の人のような不思議な雰囲気をした少女。
「妾はルリアーナ、お前は?」
「……僕はクラウス・リード」
先に名乗りを上げる少女に僕は迷った挙句自分の名前を教えた。するとルリアーナと名乗った少女は満足そうに微笑みを浮かべて見せた。
目を見張るほどに美しい。そんな感想を抱いてしまった事を今でも覚えている。
これが後に紅の姫と呼ばれる少女との最初の出会いだった――――
父、母と三人暮らしで仕事を手伝ったりして大変な毎日だったけど、それでも僕にとっては平和で幸せなかけがえのない毎日だったんだ。
誰しもが思う。この在り来たりな些細な幸せがずっと続けばいいのにと。
……それなのに僕の幸せは儚くも散ることになった。
ある豪雨の日。商人だった僕の両親が事故で死んだ。急ぎの荷物を馬車で届けていた最中に土砂崩れが起こり、運悪く下敷きになってしまったのだと後から聞いた。
僕はそれを呆然としながら聞いていた。突然の両親の死。それは僕が十歳になったばかりの事だった。
仲の良い家族と周りからも評判で、勿論僕も両親の事は大好きだった。時には厳しく怒られたりもするけど、仕事が上手く出来たときは凄く褒めてくれたり、裕福な方だったと言っても毎日贅沢な食事がとれるとかそう言う事ではないけど、僕の誕生日、お祝いの日にはその頃、普段なら食べられないような高級なお肉を祝いの席で振舞ってくれて。今でも昨日の事のように思い出せる。
辛い日の方が多かったけど、両親が居てくれたおかげでそれを乗り越えられてきたのだと思う。
何も高望みなんてしていなかった。それなのにどうして……。
絶望のはずなのにやけに冷静な自分がいるけどその理由はすぐに分かった。
全てが唐突過ぎて理解が追い付いていないだけだと言う事に。
数日経つ頃にはこれは本当に現実なんだ、と少しずつ受け入れて行っていた気がする。いや、受け入れるしかなかった。二人の死を受け入れたくない。けれど現実は時に残酷で。
知らず知らず涙が溢れてきて、次から次へと流れては消えていく。止める気も起きずずっと一人、誰も居ない家で静かに泣き続けた。
三人でいた頃は活気があり、とても暖かく感じたたくさんの思い出が詰まった家なのにそれが今は広くて、寒くて、寂しいものに感じてしまう。
……これが現実でなければいいのに……。何度そう思ったのかももう分からない。
明るい性格だったと思う僕でも前向きな事なんて考えられない。思うことは自ら自分を陥れるような否定的な事ばかりで、それも相まってか一時は自分も死のうとまで思った事もある。
だってそうだろう?十歳の子どもがこれから先、どうに生きて行くって言うんだ。知り合いなんていない。友達もいない。頼れる人も勿論いない。
仕事をしていくのにも無理がある。手伝い程度してこなかった僕が商売をして、更に一人で店を繁盛させられるほどこの仕事は甘くない。
ははは……、あまりにも現実離れし過ぎてもはや笑えてくるな……。一人だけ、この世界に取り残されてしまったような気がするよ。
僕も一緒に付いて行けば良かった。どうせなら僕も一緒にそっちに行きたかったな……。
この頃の僕は両親の突然の死に打ちひしがれて立ち直ることが出来ず、何もすることなく唯々毎日が過ぎていくのを見ているだけだった。
そしてもう一度死を考えていた時、ある人との出会いによって僕は救われた。
今でも忘れはしない。僕を絶望のどん底から救ってくれたあの人との出会いの事を――。
両親の死を悲しんでいた村人達も時間が経つにつれて無くしていた活気を取り戻し始めていた。
僕の世界はこんなにも変わってしまったのに世界は変わらず動き続ける。何もしていなくても次の日がやってくる。
その日は朝からずっと雨が降り続き、時間が経っても雨は弱まることなく寧ろ強くなっていった。
僕は誰もいない家で一人その様子を窓際に座ってぼんやりと眺めていた。あの日と同じ雨。
とうに涙は枯れ瞳から溢れるものはない。代わりにこの雨が今の僕の気持ちを代弁してくれているみたいだった。
それからどれほど経っただろう。特に理由はないけど何となく家を出てみる事にした。雨が降っているにも関わらず、傘もささずに目的なく外を歩き、勿論ずぶ濡れになったけど気になんかならなかった。
活気が戻った村でも今日は酷い雨のせいもあって人通りが少なく、店も早めに閉め、皆足早と家族の待つ家へと帰って行く。
それをぼんやりと見つめて、それからどんよりとした空を見上げ、そして目を閉じてみる。暗闇と冷たい雨が体と心を冷やして行くがそれすらも今の僕には心地の良いものに感じられた。
そうして意味もなく暫く立ち尽くしていた時。突然に、けれど必然の出会いをした。
「おいお前、こんな雨の中傘もささずに何をしているんだ」
近くでぶっきらぼうな、それでいて雨の中でも通る凛とした声が聞こえて、僕は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「……君は」
目の前には僕よりも背が低く小柄な少女が一人立ってこちらを見ていた。傘をささずに、と言う少女も僕と同じく雨でずぶ濡れなのだが。
この村では初めて見る顔。とても綺麗な女の子で、それに初めて見る赤の髪に赤の瞳。身なりも良く見れば高価そうで、何もかもが別世界の人のような不思議な雰囲気をした少女。
「妾はルリアーナ、お前は?」
「……僕はクラウス・リード」
先に名乗りを上げる少女に僕は迷った挙句自分の名前を教えた。するとルリアーナと名乗った少女は満足そうに微笑みを浮かべて見せた。
目を見張るほどに美しい。そんな感想を抱いてしまった事を今でも覚えている。
これが後に紅の姫と呼ばれる少女との最初の出会いだった――――
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる