幸せな人生を目指して

える

文字の大きさ
上 下
18 / 226
第1章 新しい世界

12 アルフレッドside

しおりを挟む
初めは迷惑がかかるだろうと思いエルに会いに行くのを我慢していた。
しかし私は彼女の優しさに甘えて、ことごとく屋敷を尋ねては、他愛ない話をして心躍らせる。
そしてそんな事を繰り返し、気が付けば一年が過ぎていた。



そんなある日、私は舞姫のレッスンを行っているという彼女の応援の為に駆け付けた。
舞姫は毎年行われる祝祭で舞を披露する者を指す。それを今年はエルとその姉、アメリアの二人が担う事になったのだった。
元々舞姫の役は一人と決まっていたが、今回は異例で姉妹二人でという事に決まり、その事を公表すると、今までにない決定に多少の戸惑いが見られたが、しかしそれもすぐに収まった。
何せ舞姫役の二人が上流階級の侯爵家の人間という理由もあってなのだが、そうでなくとも余程の事がない限り、文句言う者はいないだろうし、言わせるつもりもないが。



いつも通り護衛を屋敷の前で待たせて一人先を進むと、使用人には最早見慣れた光景なのか、慣れた手つきで客室に案内される。
私の突然の来訪にも驚かれる事なく、それどころか笑顔で迎え入れてくれる者達ばかりで、勝手とは分かっているが正直とても居心地が良く、そして助かっていた。

身分を知られると直ぐに態度を変える連中が多い社会の中で、それでも態度変われずに今まで通り接してくれる人々がいる事がどれだけ有難い事なのか、それを再度思い知らされるのだった。


「失礼します」

使用人が入れてくれた紅茶を嗜んでいると、客室の扉をノックする音と共に良く知った声がかかる。入るように促すと扉が開き、綺麗な金髪を揺らしながら待ち人、エルシアが顔を覗かせた。

「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」

「殿下…」

椅子から立ち上がる私を見て、何と言うか良くないものを見てしまったというような反応をされる。それに少し顔をむくれさせた。

「また護衛の方を置いて一人で来られたんですね?駄目だと何度言って――」

「置いてきたのではない。侯爵邸の前で待たせているだけだ。安全と分かっている屋敷の中まで連れてくることはないだろう」

毎度の事ながら会いに来る度、何度同じ事を言われたか最早分からない。エルも飽きもせず、まるで母親のように遠慮なく私を叱るのだった。

自分と同じ年のはずの少女が、この時ばかりは年上に大人びて見える。それに私の母上ですらそんな言い方はしないのに。エルは怒りん坊だな。

何て事を思っていたのが悪いのか、呆れたような溜息が聞こえてくる。

「もう…貴方って人は……」

いつものエルではなく少し大人びた態度を取る彼女には何となく次の言葉が紡げない。
少し気持ちも沈み出す。

「それで、今回はどういった用事で来られたのですか?」

ジトっと疑うような目は変わらずだが、それでも少し態度が和らいだ気がする。それに少し肩に力を抜く。


エルは私と初めて会った時こそ、粗相のないようにと礼儀を尽くしていたが、今では友人に対する態度で接してくれるようになった。ただ今のように私が頭を上げられなくなるくらい容赦がない時もあるのだが。しかしそこも実は気に入っているところだった。


身分を気にして畏まる者、王子というだけで群がってくる貴族達。
それは貴族社会では当たり前の事なのだが、心の中ではいつも嫌気がさしていた。
それに私には兄弟がいない為、気軽に話しを出来る者もいないくて、その分寂しい気持ちを無意識に抱いていたのかもしれない。

そんな時にエルに出会った。
初めは礼儀を尽くす彼女も他の令嬢と同じか、と思ったのだが、話をしている内に彼女の裏表のない性格に私は惹かれていっていた。
公の場で礼儀作法はしっかりしているものの、それでも他の娘と違い着飾ったり、見栄を張ったりしない彼女。しかしそれでも私にはその姿が新鮮で輝いて見えたのだ。

それからは早いもので、私の方から彼女に友人になってくれないかと申し出、彼女は快くそれを承諾してくれた。
それからというもの、大層彼女の事を気に入った私は、エルの話を父上達にも良く話すようになり、話を聞いて父上も彼女を気に入ったしまったようだった。


自分の事を大した人間ではないと謙遜する彼女。
しかし私はそんな事は露ほども思わない。寧ろ彼女のような人物がこの国には必要だとくらいには思っている。
彼女が困っている時には助けたいとも思い、この時初めて自身の身分と権力に感謝したものだ。何はともあれ友人として彼女の力になれれば嬉しい限りなのだ。



「あぁ。今祝祭で披露する舞の稽古中なのだろう?そう聞いて様子を見にこうして来たというわけだ」

今まで考えていた事を頭の隅に追いやり意識を現実に戻すと、視界にまだ不満そうな表情を浮かべるエルの姿が映る。

「ま、まあ、誰から聞いたのかは何となく分かるので良いとして……。それだけの為に態々いらしたのですか?」

「まあな。それで成果はどうなんだ?」

「ま、まあそれなりですね。まだ始めたばかりなので」

そう言って苦笑いを浮かべる彼女。
ん?何だか様子が可笑しいような…?気のせいか?

「そうなのか。だが器用なエルの事だ。直ぐものにしてしまうだろうな。今から祝祭当日が楽しみだ」

「…精進します」

何かを言いたそうなエルをじっと見つめる。しかし彼女は苦笑を浮かべるだけだった。
そしてその顔が薄っすらと赤みを帯びているように見えるのだが、先程まで稽古をいていたようだし、そのせいか。いや、彼女に負担をかけているのは私だな。
そう思ったら早かった。

「突然来てしまってすまなかったな。稽古中だったのだろう?
これ以上は更に迷惑をかけてしまうだろうから、私はそろそろ失礼する」

無理せず励むんだぞと言って、これ以上彼女の負担にならないようにと早々に退散する事にしたのだった。
そして伝えたい事を伝えたので部屋を出ようとすると、後ろから声が掛けられる。

「殿下――」

しかしそれが最後まで言葉になる事はなかった。



不思議に思い振り返ると彼女の身体が傾いたのだ。

「エル……っ!?」

力なく倒れていく彼女を床に倒れる前に抱きとめる。私は尋常ではない彼女の様子に焦りながら名前を呼んだ。

「急にどうしたんだっ!体調が悪かったのなら先に言えっ!」

閉じられていた目が薄っすらと開くが、私の言葉が聞こえているかは定かではない。顔色も先ほどよりも悪い。頬が赤くなり、額をそっと触れば熱い。どうやら熱も出てきてしまったようだ。

……っ!

熱を確認していると突然エルがふにゃりと笑う。しかも普段はしないようなとろけた笑みで私を見ている。
状態を確認する為に覗き込んでいた私は、それを至近距離で見てしまい、思わぬ不意打ちに度肝を抜かれそうになる。今の状態の彼女の破壊力は半端ない。

無意識に自分の頬を触ると、彼女の熱が移ってしまったかのように熱を持っていた。それをぼーっと見ていたエルが、次に何を思ったのか手を伸ばしたかと思うと私の頬に触れてきて――。

こんな事をしている場合ではないのに、体が動かない。更に顔の熱が上がるのを感じるが、目を逸らす事しか出来ないでいた。


そんな時、幸か不幸か部屋の外が騒がしくなっており、私は唐突に我に返った。
扉が叩かれる。

「失礼します。何か大きな声が聞こえて――、エルシア様っ!」

慌ただしく入ってきたのは使用人の女性。
私の必死な声を聞いたのだろう。異変を感じて様子を見に来てくれたようだが今回ばかりは本当に助かった。

「見ての通りエルが倒れた。熱もあるようだ。すまないがローザを呼んで来てくれないか」

「は、はいっ」

慌てたのは一瞬、使用人はすぐに冷静になり、状況を把握すると私の言葉に頷き直ぐに部屋を出ていく。
それを見送り今一度腕の中でぐったりとしているエルを見る。

ローザが来るまで私が何か出来れば良いのだが……。

既に意識はないようで、しかし熱い息を吐いて苦しそうなエル。

それを見てしまったら何もしないなど出来るはずもなかった。
効くかどうかは分からないがやるだけやってみるか。

私は片手で彼女の頭を支え、もう片方の手を彼女の額に手を乗せると短い呪文を唱える。

「ヒール」

それに魔力が反応し、掌から優しい癒しの光が彼女の額へと降り注いでいく。
程なくして光は吸収されていきそれを見届け額から手をどけると、もう一度彼女の顔色を窺う。すると、若干ではあるが先程よりかは顔色が良くなったように見える。
そこまで魔法を上手く使えない私でも少しは役に立つ事が出来たのだと、安堵と嬉しい気持ちになった。


「失礼しますわ」

そしてその時、タイミングを見計らったかのように良く知った人物の声が聞こえてくる。そちらに視線を向ければエルとは違った翠の長髪を揺らして部屋に入って来る彼女の母親、ローザの姿があった。彼女は私の元まで来るとゆっくりと膝を付き、オレンジ色の美しい瞳で私を見て優しく微笑む。

「殿下、ありがとうございます。この子に治癒魔法を施して下さったのでしょう?」

「私の力は大したものではない。あまり力になれず申し訳ない」

微笑むローザに私は申し訳ない気持ちが込み上げてくる。しかし彼女は優しく言った。

「いいえ、十分な程ですわ。殿下の施した治癒でこの子も随分楽になったでしょう」

ありがとうございます、とまたお礼を言われ、何処までも優しい彼女に私は泣きたくなる。
そんな私にまた彼女は優しく上品に微笑むと、今度は先程私がしたのと同じようにエルの額に手を当てた。

「ヒール」

そして同じく唱えられた呪文。すると眩しく目が開けていられない程の光が溢れ出した。それは私のものとは比べ物にならないくらいのもので。私はその光景に固唾を呑んだのだった。

ローザは治癒魔法のエキスパート。王国でもその名が知れている程で、その腕前も今でも衰えず健在だ。

微力な力しかない私に比べたらなんと頼りになる事だろう。


そんな事を考えながら様子を静かに見守っていると、暫くして光が弱まり完全に消えると彼女はエルから手を離した。

「もう大丈夫ですよ」

「……そうか、良かった」

彼女からの一言に緊張が抜け、私は心底安堵しエルの顔を覗く。確かに顔色がかなり良くなり、規則正しい息遣いが聞こえてくる。

「エルを部屋に運びたいのだが良いだろうか?」

「殿下、しかしそれは」

それは申し訳ないと言いたげに眉を下げるローザに私は更に続ける。

「良い。私のせいで疲れさせてしまったのだ。私に出来る事はこれくらいしかないが、出来る事はしてやりたい」

そう言いエルの身体を横向きにゆっくりと抱き上げる。そして思っていたよりも軽く驚いてしまった。
普段から細い方だと思っていたが、こうして抱き上げてみるとそれが更に良く分かってしまい、しっかり食べているのだろうかと不安を煽る。

「殿下、ありがとうございます。部屋にご案内しますわ」

私の気持ちが伝わったのか、ローザは微笑ましそうな笑みを浮かべて私を促す。その事に今一度私は感謝すると、彼女に続き、エルの部屋に向かった。

それからエルを寝台に寝かせ、長居は無用と最後にエルの顔を見てから静かに部屋を出る。

そして帰り際、見送りに来てくれたローザにお大事にとだけ伝えると、今度こそ侯爵邸を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ
恋愛
子爵令嬢アシュリリスは、次期当主の従兄弟の傍若無人ぶりに振り回されていた。 そんなある日、突然「公爵」が現れ、婚約者として公爵家の屋敷で暮らすことに! 屋敷での暮らしに慣れ始めた頃、別の女性が「離れ」に迎え入れられる。 そして、婚約者と「特別な客人(愛妾)」を伴い、夜会に出席すると言われた。 だが、屋敷の執事を意識している彼女は、少しも気に留めていない。 それよりも、執事の彼の言葉に、胸を高鳴らせていた。 「私でよろしければ、1曲お願いできますでしょうか」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_4 他サイトでも掲載しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...