幸せな人生を目指して

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第1章 新しい世界

5 お買い物

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「ルカ~、街に行きたいです。一緒に来てください」

「はい。ではディラン様には僕からお伝えしますね」

「お願いします」

彼が屋敷に来てから数日。もう愛称で呼べるまでに仲良くなっていた。

ルーカスだからルカ。
ちなみに前世で私が好きだった小説に同じ名前のキャラクターがいて、一番好きなキャラクターでもあるのだ。
この世界に漫画や小説がないのは残念だけど、こうして生前に読んだ小説の内容を振り返ったりするのは意外と楽しいのだった。

ちょっと話が逸れたけど、それよりも今私には楽しみな事があった。
それは家族とも訪れた事がなかった街に、これからルカと一緒に買い物に行くのだ。
外出をあまりしない為、心が躍る。
それに街へ行けば沢山の店舗が立ち並んでおり、食料や衣類は勿論、貴族も訪れる宝石店等も軒を連ねる。
それだけでも興味をそそるのだが、更にオルデシア王国は他国よりも活気が良く栄えているそうで。他国では見られない珍しい品もあるのだとか。
ようやく父様からも外出許可が下りたところで、天気も良い本日に早速出発だ。

そして現在。
荷物を纏め出発の準備は万端。
と言っても小ぶりのポシェットにお金と女子の嗜みグッズ、と言う具合に本当に必要最低限のものだけだけど。
遠出をするわけではないし、近場ならやっぱり身軽が良い。
そんな訳で準備が終わって降りて行くと、ちょうどタイミング良くルカと遭遇する。

「準備は終わったようですね。ではエル様行きましょうか」

「はい」

爽やかな笑みを称えるその表情は、とても人当たりの良い少年感を醸し出す。
だけど自分より年上の人に様付けで呼ばれ、しかも敬語で話されるのはどうも違和感がある。
貴族社会では普通の事なんだろうけど私はむず痒い。前世の記憶が残っているからと言うのもあるのだろう。
まあその事を誰にいう事も無理な話なので、私は黙って用意された馬車に乗り込んだ。

とは言え、ゆっくり走る馬車の中では談笑をしたり、魔法について早速話をしてくれたりと、ルカの配慮のお陰で私は退屈する事なく、街に着くまで寧ろ楽しい時間を過ごせたのだった。

第一印象は物静かな人。だったのが今では私が困っていると気づいてくれて、さり気なく気遣いまでしてくれる優しい人。その場の空気を素早く読み対応する冷静沈着な人。と言った印象が追加された。
当たり前に見えて結構出来ない人が多いそれを、そつなくこなしてしまう器用さも持っている。

そして何より魔法の才が凄い事。
先日、その実力を見させてもらったけど、それはもう圧巻としか言いようがなかった。
本当に十二歳なの?年齢偽っていない?って疑ってしまうくらいには。
人の事言えないけど、ルカもある意味規格外な人物だなと再確認した瞬間だった。


色々過去の事を思い返していると馬車が停車する。
ドアが開き、ルカが先に降りそれに続き私も降りて行く。そして顔を上げると目の前には私の知らない未知の世界が広がっていた。
まるでお伽話の世界みたい、と子供じみた感想が頭に浮かぶが、強ち間違ってはいないだろう。
王都の街とうだけあり、建物が沢山連なり、露店などもそこかしこに見られる。お店の人だけでなく、大通りを歩く人々も活気にあふれ各々の買い物を楽しんでいた。

「凄い賑わいですね!」

「そうですね。栄えている王都には生活で必要な物から、物珍しい品物まで揃いますからね。それに気軽に立ち寄れる場所なので、貴族の方々も頻繁に訪れているようですよ」

ルカの説明に私は感心しながら周りを見回す。
確かに見たことがない品物も露店に並んでいたりする。自分の身分も忘れて高価そう、なんて思うくらいにはね。

それにしてもルカの下調べは凄い、と言うより私が世間を知らない箱入り娘なだけかもしれませんね……。


そんなこんなでルカと歩き回っていると、少し先にあったある看板に目が留まる。

「ルカ、あのお店に寄ってみましょう」

気になったら行くしかない、と言わんばかりに他のお店に目を触れる事なくそのお店に一直線。
私が急に足を速めたものだからルカも慌てて追いかけてきて、それはちょっと申し訳なく思った。


近くへ来てみると看板だけでなく、お店の外装もシンプルだが上品で多店舗と比べ一際際立っていた。

「何のお店でしょうか?」

「ジュエリーを扱うお店のようですね。看板にも書いてありますし」

そう言われて看板に目を向けるとジュエリーの文字が確かにある。
アクセサリーか。あまり普段付けないけど、折角来たんだし見てみるのも良いかも。

「入ってみましょう」

ちょっとした好奇心を抱き、扉を開けると来客を知らせる鈴の音が店内に響く。
しかし店員が出て来る気配はなく、何か作業をしているのかな?なんて思いながら店内を見て回る。
店内にはキラキラしたネックレスやブレスレット、指輪等女性に喜ばれること間違いなしの品物が綺麗に陳列されていた。
シンプルなデザインの物から宝石がふんだんにあしらわれたような物まであり、色の種類も豊富である為、他の品物に目移りしてしまい中々決められなくなりそうだ。
だがこれだけ品揃えが良ければ客足は途絶えないだろう。今日は人がいないが、それも偶々で普段は賑わっているのかもしれない。

「わあ。凄い……」

見慣れない品々とその数に思わず声が漏れる。ちらりとルカの方を伺うが、同じく数多くのジュエリーに目を奪われている様子。
つい引き込まれそうになる。普段アクセサリーをあまり付けない私でさえ、良いなと思ってしまう。そんな魅力を秘めたジュエリー。


「いらっしゃい」

品物に目を奪われていると後ろから声が掛かり、振り返ればいつの間にか店主らしい女性が立っていた。
茶色の髪をサイドで一つに纏め、髪と同じ色の瞳は目尻が少し吊り上がり気味だが、怖い感じはせず寧ろ人当たりのよさそうな印象を受ける。

「気づかなくてごめんよ。奥で作業をしていたもんでね」

「いえ、大丈夫です。あの、もしかして事前に予約をしないと来れないお店とかでは……」

「ああ、大丈夫。いつでも来てくれて構わないさ。ところであんたら貴族かい?」

「え、はい、そうですが」

言葉遣いも砕けた話し方をするけど嫌な感じはしない。が、貴族なのかと急に聞かれて私は質問の意図が分からず首を傾げる。
しかし私の様子に構う事なく彼女はやっぱりそうかい、と言い更に笑みを深めた。

「やっぱり?」

「最近はそう言う人達が多くてね。それにお嬢ちゃん達の服装、素材の良いものを使っているだろう。だからすぐに分かったのさ。だたお嬢ちゃんくらいの年のお客さんは初めてだったから少し驚いたんだよ」

急に悪いね、と言いつつも彼女は言葉の通り、私達を興味津々な眼差しで見つめる。
そして暫し見つめた後、あっと思い出したように口を開いた。

「ああ、そうだ。自己紹介をしてなかったね。あたしはカレン。この店の店主さ」

忘れていたと言って名乗る店主――カレンさんに私達も挨拶を返す。

「初めまして。私はエルシア・シェフィールドです」

「僕はルーカスと申します」

自己紹介をすると、エルシア嬢ちゃんとルーカス坊ちゃんだね、と益々嬉しそうな表情を見せる。良く分からないけど、何か気に入れられている?
もしかして私達みたいに若い人がジュエリーに興味を持ってくれたのが嬉しいのかな?

「シェフィールド…ってあのシェフィールド侯爵家かい?こりゃ随分と有名なお客さんが来たもんだっ!」

あれ?更にご機嫌な様子。
それに流石名家だ。貴族ではない人にもその名が知れ渡っている。
それに今侯爵家の人間だって事が分かったわけだけど、彼女は私達が貴族だと知ってもその態度を変えないでいてくれる。普通は畏まった態度になるところだけど、私はそういうの気にしないから逆に嬉しい反応だった。
まあ単に私達が年端も行かない子供、って言うのもあるのかもしれないけれど。

「大分話が逸れたね。それで、何か欲しいものがあるのかい?」

脱線した話を戻し、店主の顔に戻ったカレンさんは改めて私達にそう尋ねる。

正直このお店には興味本位で入っただけで、元から欲しいものがあったわけではない。でもそれを正直言うのは憚られるので、

「えっと……、お勧めの商品とか聞きたいです。色々あるし、それにお恥ずかしながらこういった物に詳しくないので……」

と差し当たりない返答をした。すると彼女はそうだね、と考える素振りをしてから、近くにあった商品を手に取って私に見せる。

「これなんかどうだい?お嬢ちゃんに似合うと思うよ」

そう言い見せてくれたのはワンポイントでシンプルなデザインのシルバーのネックレス。

「ネックレス自体はシンプルだが、そもそもお嬢ちゃんが綺麗だからこのネックレスも見栄えすると思うよ。まあお嬢ちゃんならどんな物でも似合うだろうけどね」

彼女の性格からしてお世辞ではないのだろう言葉の数々に、照れ臭くなりながらもそのネックレスを受け取る首につけてみる。ついでにカレンさんが鏡を用意してくれたのでそれを覗き込んでみる。とそれに映る自分の姿に、う~ん、確かにネックレス自体は綺麗なんだけど……。子どもの私が付けても…ね。となんとも言えない気持ちになったのだった。
選んでくれた彼女には申し訳ないけど、これはもっと大人の女性が付けるべきな気がする。

「カレンさんすみません。ネックレスはとても綺麗ですけど、子共の私にはまだ早いかなと」

申し訳なく思いつつ、私は首にかけていたネックレスを外し彼女に手渡す。

「そうかい?でも似合っていたし、それお嬢ちゃんにあげるよ」

「えっ!?」

「今はまだ早いって言うなら大人になってから付けてみたらどうだい?」

「いや、でも……」

無償であげると言う彼女に私は思わず声が大きくなる。お店の商品をしかも高級そうな品物を、こんな良く分かっていない子供にあげるなんて……駄目ですよ?
それにお金はちゃんとあるし、高級品でも私のお小遣いで何とか買えるかな……?

「あたしが作った物だし気にしないでくれ。それに侯爵家の人間が興味を持ってくれたってだけでもこちらとしては利益があるよ。宣伝にもなるし。だからこれはそのお礼って事で貰っておくれよ」

渋る私に更に畳みかけてくるカレンさん。その勢いに押されて私の方が折れた。

「……では、お言葉に甘えさせて頂きますね」

本当に良いのかな?という気持ちがまだある中渋々了承すると、丁寧に品物を包装し渡してくれた。

「ありがとうございます」

「こっちこそ。それとそっちの坊っちゃんにもサービスするよ」

「えっ、いえ…、僕は」

様子を伺っていたルカも矛先が自分に向くとは思っていなかったようで、話を振られて戸惑いを見せる。

私は話の矛先が自分から逸れた事に少しほっとしているのだけど。そして自分から逸れたのを良い事に、カレンさんの話に乗る事にしたのだった。

「ルカ、これなんかどうですか?」

そうして私が選んだのは青色のピアス。ルカの髪と瞳と同じ色で、小振りな宝石が一つ付いたデザインもシンプルな物。
付けてみて欲しいなと思い早速ピアスを渡す。とそこである事に気が付いた。
ルカってそもそもピアスホール開いているの?

「おや、坊っちゃん穴開いてないね。もしよければ今開けて行くかい?」

「あ、そうですね。お願い出来ますか」

思った通り穴開いてなかった。それなのに進めて何か恥ずかしい……。
と言うか今話の流れで穴を開ける事になってない?そんな簡単に返事できるものかな……?
世間話をするくらいのテンションで話が進んでいき、どこから突っ込んで良いのやら……。
……いや、でも、良く考えれば私と同い年の女の子達はもうピアスしてたな。これは普通の事か。

一人悶々と考えていると、その間にどうやら終わった模様で。

「どうでしょうか?」

なんてルカに聞かれ、私は数秒ぽかんと固まってしまった。
だって少し考え事をしていただけなのにその間にもう開けたの?
でも確かにルカの耳を見ると先程私が選んだ青いピアスがその存在を主張していた。髪色で目立たなくなるかと思いきや、ふとした時に覗く青が良い感じだ。

「良く似合ってると思います」

「良いね、似合っているじゃないか」

素直に賞賛するとルカは嬉しそうにはにかんだ。

どうやって開けたのか分からないけど、もしかして魔法で開けたのだとしたら見たかったな、と何とも残念な気持ちになったのだった。


「ではこれを」

「気に入るものがあってよかったよ」

ルカは耳にある青色のピアスに触れながらそうに言った。その様子を見ていたカレンさんも満足そうだ。

「これはエル様から、と言う事で受け取りますね」

「はい。大切にして下さいね」

「ありがとうございます。大切にします」

ルカがいつにもまして嬉しそうにするのでもう何でもいいや。

そう思っているとやり取りを見ていたカレンさんが口を開いた。

「良かったらまたうちに来ておくれ。歓迎するよ」

ニヤリと彼女は悪戯っぽく笑う。
そんな彼女にお礼を告げて、私達はお店を後にした。
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