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一章 幻想世界の郵便局

突然の局長交代

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 二人が黙々と再計算を進めていると、突然通話機の呼び鈴が鳴り出した。
「なにかしら」
 女は立ち上がり、受話器を取る。
「こちらフーニス郵便局……えぇ、私がリテーラよ、あなたは……え? どうして」
 女の表情が急に険しくなる。
「……詳しい事はそっちで聞かせて。今からそっちに戻るわ」
 ソーヤは受話器を下ろした女を見遣るが、女は再び受話器を取り、ダイアルを回す。
「どうも、フーニス郵便局のリテーラです。補佐のイェルバさんに代わって下さる?」
(なんだろう、出張かな?)
「あ、どうも、リテーラよ。実は急用で暫く仕事が出来なくなって、代行をお願いしたいの。ちょっと親戚関係で問題が起こってて、少し王都に行く事になったの、多分、来週いっぱいは帰ってこないし、今すぐ支度しなきゃならなくて。仕事は局長の仕事全部なんだけど、実は三日前から雑用係を一人雇ってるの。送料の再計算は彼に任せているけど、ギモーブの手伝いで配達に出してもいいかも、少なくともフーニスの中は大丈夫よ。後、窓口の違算金が最近おかしいから、其処も見ててほしいわ……あぁ使用人には暇を出すから、あなたは適当な宿を取って。宿代は後から補填するわ。えぇ、それじゃ、急で申し訳ないけど、お願いね。あ、私に何かあったら、実家にお願い」
 再び受話器を下ろし、女はソーヤに振り返る。
「ちょっと色々有ってこれから東の王都に向かう事になったの。再計算は任せたから、時間いっぱい続けて頂戴。後片付けはギモーブに手伝ってもらって、分からない事はディージャに尋ねて。週明けにはロエアーネからイェルバって人が来てくれるから、その人の指示に従って」
「は、はぁ……」
 女は慌ただしげに窓口のディージャに声を掛け、急用で仕事を打ち切り職場を離れる旨を告げる。
「いくらなんでも無責任が過ぎません?」
「あなたの違算金に比べれば些細な事よ。分からない事があればロエアーネの郵便局に尋ねて、来週はそこから補佐のイェルバが来るから、彼女に従って」
「はいはい、もう帰ってこなくても結構ですけどねー」
 ディージャの挑発を無視して女は事務所に戻り、通話機の傍らにある紙片に事の次第を書き記す。
「ソーヤ、ギモーブが戻ってきたらこの通り伝えて。私はナーウィスから鉄道で王都に向かうわ。あぁ、それと」
 女は腰のポーチから数枚の硬貨を取り出し、ソーヤの前に置く。
「こ、これは」
「私が戻るまではあの宿に居て。何か有ったら宿に連絡を入れるわ」
 ソーヤの目の前には使い古された銀貨が二枚。
「宿賃の十日分にはなるかしら。宿に戻ったらそれで泊まれるだけ連泊して。もし金子に困ったらイェルバに相談してちょうだい」
 ソーヤは目を丸くして女を見るが、女はそれを気に留めない。
「後、再計算が途中になってる私の分、その一束だけ引き継いで。申し訳ないけど、このまま此処を離れることになるの、後は頼むわ」
 女は小さな扉を開け、階段を駆け上がってゆく。
(なんだろう、のっぴきならない様子だけど……)
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