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一章 幻想世界の郵便局

魔王の世界

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「後は中つ国宛だけね」
 配送料金の値上がりで再計算となった郵便物と小包の山は残すところあと一つだったが、暦は四番の月一週目も焔の日になっていた。
「中つ国宛は荷物が多いですね、っていうか、なんか大きいですけど」
「あー、それ、ね……」
 女は呆れた様に溜息を吐いた。
「中つ国は人間の国、本来私達と交わる事は無かったんだけど……何を思い上がったか、人間どもは訳も分からず魔王を倒して英雄になろうと蜂起したがっているのよ」
 ソーヤは呆気に取られた様に女を見た。
「で、強い武器を取り寄せて、荒野を進んで魔王の城を目指す、と……物知らずにも程が有るけど、奴らは底なしの愚か者。だからその先に何が有るのかも知らず、無駄に高い道具ばかり揃えたがるのよ」
 返す言葉が見つからず、ソーヤは立ち尽くす。
「そこら辺の大きな包みは大抵愚か者の荷物だから放っておいて。今日は商人宛の手紙の再計算を急いで頂戴」
「は、はぁ……あの、ところで、この世界にも、その、何か強大な王様を倒す英雄譚みたいな物って流行しているんですか?」
「え?」
「あ、いえ、その……僕が居た世界でも、邪悪なる魔王を打倒して英雄になるっていう物語はすごく人気があって」
「あら、面白い偶然ね。でも、ひとつだけ教えておくわ。この世界の魔王っていうのは、別に邪悪な王でもなんでもないの」
 ソーヤは首を傾げた。
「そもそもこの世界は降り注ぐ星から生まれた最初の民によって開拓され、深い闇に蠢く成り損ないからオークと吸血鬼が生まれ、邪悪ならざるオークは人間や獣人の祖となり、吸血鬼は人間でも最初の民でもない魔族の祖となったとも言われている」
「魔族……だから、魔王」
「そう。そもそも魔王はこの世界の統治者であり、世界が広がるにつれ、分家を作って土地を管理させた。でも、中つ国は唯一人間が支配する国なの。元は東の魔王の領地だったけれども、土地が痩せていて水もあまりない場所だったから、魔王の支配を脱したいという連中の流刑地に使っていた。でも、東の国が栄えるにつれて魔王は荒野に興味を失い、独立支持の王子を統治者とした中つ国を作らせた。とはいえ人間どもは王子が長である事を嫌がり、やがて力で王子を殺して独立を宣言した。だから、中つ国の人間は魔王を倒す事で英雄になれると思い込んでいるの。そんな事、出来る訳が無いのに」
「じゃあ、その、この荷物の届け先の人は……」
「まあ、居もしない魔獣の討伐を目指して滑稽な旅をして、王都観光をして帰るでしょうね。仮に魔王に直接相まみえたところで、その力の前には無用の長物よ」
 女は剣が包まれていると思しき長い小包の入った木箱を蹴った。
「ぅえぇえ?」
 素っ頓狂な声を上げるソーヤを見て女は邪な微笑を浮かべた。
「魔王に楯突こうなんて考えない方がいいわ。本当に邪悪な魔王が生まれた時には、私達が成敗するだけよ。さ、あなたは其処の手紙をお願いね」
 ソーヤは眉を顰めつつ、前日と同じく送料の再計算に取り掛かる。
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