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一章 幻想世界の郵便局

どこか似ている二つの世界

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「そ、その……これも、信じて貰えないかもしれませんけど……この世界とは別の世界で生きていました。でも、あなたにそっくりな女の人が言うには、車の下敷きになって死んだみたいで……」
「別の世界……ねぇ」
 感慨深そうに呟くと、女はドルイースに口を付ける。
 これ以上会話が続く事は無さそうだと、ソーヤもその甘い汁に口を付けた。
(なんだろうこれ……お汁粉? なんか、お餅みたいなの、入ってるし)
「ねえ」
 黒っぽく甘い汁をまじまじと見ているソーヤに、女は声を掛ける。
「はい?」
「ドルイースに見覚えが?」
「え、あー……その、どるいーすとやらは知らないんですけど……これ、覚えが有るんです。僕の生きてた世界だと、お汁粉っていうんですけど……そう、この白いのは、お餅? お団子? っていうか」
「おしる、こ……聞いた事のない言葉だわ。でも、同じ様な物が有る世界に居たの?」
「はい。その、お汁粉っていうのは、小豆を甘くした汁で、お餅を入れると善哉って言われる事も有ったりして……あぁ、それを言うと、これはお汁粉じゃなくて、善哉ですね。あと、そのお汁粉っていうのは基本的にお餅が入らないので、缶入りで、自動販売機でも売られていました」
「その、おもち、っていうのはもしかして」
「その、この中に入っている白いのとよく似ています」
「ロトンね。これも同じ様なものが有ったのね」
「ろとんっていうんですか、これ……どうやって作るんです?」
「コメを粉にて練るか、蒸した米をこねるかしてるわ」
「へー……そうなんですか。僕の居た世界だと、蒸したお米を吐いて作るのがお餅、粉から作るのはお団子って言ってました」
「なんだか聞いた事のない物が沢山有るわね……まあ、いいわ。いずれ色々聞かせて。とにかく今は人手が必要なの。ところであなた、計算は得意かしら」
「計算……どんな計算でしょうか」
「難しい物じゃないけど、売り上げの合計なんかを整理するだけでいいの。アバカスを使ってくれても構わないし」
「あ……あば」
「アバカス。あなたの居た世界には無かった道具みたいね。大雑把に言うと計算道具よ。細い金属の棒に球を通していて、数字の増減を簡易的に残せるわ」
「あ、それ、僕の世界にもありました。算盤っていうんですけど」
「似た様な物を使った事が有るのね」
「一応」
「そう。本当は自動計算器が有ればいいんだけど、あれは高くて。あぁ、それと、あなた、文字は読めるわよね」
「はい」
「そう。じゃあ、決まり。早速だけど明日から働いてちょうだい」
「あ、ありがとうございますっ」
 勢い良く立ち上がって頭を下げながら声を張り上げるソーヤに、女は目を丸くする。
「ちょ、ちょっと、何してるの? 立ち上がる必要なんてないわ。それに、仕事を押し付けられるのに、なんでお礼なんていうわけ?」
「え、だって、僕、無一文で此処に来て、住む所も無くて困ってたんです、働けるのは本当にありがたい事じゃないですか!」
 目を輝かせるソーヤに女は思わず身を引きかける。
「とにかく座りなさい。それがあなたの世界の常識だとしても、この世界じゃ押し付けられる労働なんて鞭を打たれて渋々やるものなんだから」
「は、はぁ……」
 ソーヤは腰を下ろす。
「ともかく、これを食べたら郵便局の場所を教えるわ。あぁ、大事な事を忘れてたわ。仕事は朝九時から昼の三時か四時くらい、お客と荷物の様子を見て適当に切り上げてるわ。当分は積まれてる荷物と小包の仕分けをしてもらうとして、日当は銀銅貨五枚。宿と食事はそっちでどうにかして欲しいんだけど、支度金は出すわ。そのみすぼらしい格好も何とかしてもらわなきゃいけないし」
「え……」
 ソーヤは思わず自分の服をまじまじと見つめ、女の姿を見る。煤けた様なシャツとパンツがこの世界の基準だと思っていた彼は、漸く自分の身なりがみすぼらしいのだと思い知った。女のシャツは十分に白く、仕立ての良さそうな上着には擦り切れた様子もないのだ。
(案外この世界の文明は、進んでいるんだ……信号機のからくりだけじゃなく、繊維産業や、洗濯洗剤も、きっと……)
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