幻想世界の配達人 ～転生者だけど地図内蔵のチーターです～

一章 幻想世界の郵便局

職場環境は最低です

　窓口の奥に広がる事務所は手紙の保管場所を兼ねていたが、其処には無造作に積まれた箱や荷物が散乱していた。
「早速で悪いんだけど、あなたにはあの箱や袋に入ってる手紙を宛先別に仕分ける仕事をして欲しいの。最初に確かめるのは国の内外……この国は東西南北の四つの地域と、中つ国、そして最果ての国という六つの地域に分れているの。その中で此処の郵便局から配達出来るのは東の国の国内に宛てられた物だけ。とはいえ、普通の配達が出来ない地域が少しあるから、それを振り分ける必要があるの」
「そ、それで……」
「其処に広げてある箱は、別の国に送る手紙と荷物。引き取りの対象になっている郵便局までは国内で輸送するから、分けるだけは分けているわ。で、こっちの壁の棚が国内の郵便で、フーニスを含む東地域、王都のある西地域、沿岸部の南地域、川沿いの北地域とそれぞれ列を決めてある。もし、東地域よりも東、エルフの森に運ぶものや、棚に町や村の名前が無い物が有ればそれは別便だから別の箱に入れてちょうだい。後、荷物は地域ごとに箱に入れておいて」
「分かりました……」
「私は国外に出す物に国内便が混ざってないか確かめてるから、何かあったら教えて」
「はい」
　ソーヤは壁一面に並ぶ棚と地名に溜息を吐きながら、雑多に物が放り込まれた箱を一つ棚の前に下ろす。
（郵便番号が有れば、すぐに識別できるのになぁ……）
　一通ずつ地名を確かめながら、棚を探して仕分けていく。その地道な作業は酷く単調だった。
「……あのぉ」
　静けさと単調さに耐えかね、ソーヤは思わず口を開いた。
「こんな事、聴いていいのか分からないんですけど……どんな手紙が多いんです？」
「あー、そうねぇ……此処は麻紐を中心に、麻繊維の産業が盛んだから、特に繊維の材料を売り買いする商人が多くてね。春になると各地の商売が活気付くから、今年の発注をどうするとか、去年一年分の決算から出資者に対する返戻金がいくらになったとか、商売の親書が多いわね。それと、今の時期は住民登録されている人間に対する人頭税の告知とか、役所からの手紙も多くて……それが今日、山の様に来るの。尤も、それは全部国内向けだから振り分ける必要は無いんだけど……如何せん、出資者への返礼云々は各地に散らばってるから、その仕分けが面倒で……」
「仕分け作業は局長さんしかしないんですか？」
「人を雇おうにも、此処ってあんまり定住してる働き手が居なくて……アレに頼んだところで、滅茶苦茶にしてくれるのは目に見えてるし」
　女は苦々しい顔で窓口の方を見遣る。
「……そんなに酷いんですか？」
「責任感が無いのよ。口は達者だけど仕事は適当でね……だから獣人は嫌いなの」
　女は溜息を吐き、国外宛の箱を一つ台車へとかわした。
　そうして二人が沈黙の中で仕分け作業をしていると、通話機の呼び鈴が鳴る。
「はい、こちらフーニス郵便局局長です……え？　えぇ……あー……分かりました……」
　受話器を下ろし、女は盛大に溜息を吐く。
「……局長？」
「ん、あぁ……国外向けの発送、また値上がりしたのよ。しかも今月分からだって。引き受けちゃった分、再計算して不足を払わなきゃいけないわ……」
（送料って、いきなり変わるものなのか？　この世界、なんかヤバそう）
　女は肩を落としながら、一枚の紙に料金の変更を書き記す。
「ソーヤ、悪いんだけど、窓口のディージャにこれを渡してきて。引き受け料金が値上がりしたわ。あと、引き受け済みの荷物も対象で、不足分はこっち負担だから、再計算は私がやるとも言っておいて」
「はい」
　ソーヤは紙を受け取って窓口に向かう。幸いにして客は居なかった。
「失礼します、あのー、ディージャさん、これ」
「ん？　あ？　何よこれ」
　ソーヤから紙を受け取ったディージャは表情を曇らせる。
「送料が値上がりしたそうです。あと、既に引き受けた分も値上がりするそうなので、その再計算は局長さんが」
「はーっぁ」
　ディージャは殊更に大きく溜息を吐いて見せる。
「まーたサボるんですか、局長……私の仕事、大変になるばっかりだわ」
　ディージャは肩を竦めると同時に頭頂部にある小さな獣の耳を内向きにする。
「僕も頑張って手伝います」
「あなたも大変ねー、上司がカスで」
　何を言っていいか分からないソーヤは曖昧な苦笑を浮かべ、そそくさと奥に戻った。