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一章 幻想世界の郵便局

甘い汁には裏が無かった

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 フーニスの職業紹介所は郵便局から歩いて十五分余りの距離にある。
 責任者が来るまで待つようにと伝えられ所在なく座っていたソーヤの前に女が姿を現したのは、官吏が何処かに連絡をしてから二十分も経たない頃の事だった。
「郵便局で働きたいってのはあなたかしら」
 ソーヤは目を瞠った。目前に経っているのは、この世界に来て最初に出会ったのと同じ橙色の巻き毛の女である。
「え、あ……は、はい」
「話を聞かせて欲しいの、一緒に来て」
「え……」
「局の中は荷物と手紙で滅茶苦茶なの、近くの喫茶にでも行きましょう」
「は、はぁ……」
 ソーヤは言われるまま女の後に付き従った。
(なんだろう、これ、なんというか、ホストの面接かな……)
 二人が向かったのは職業紹介所の裏手にある小さな喫茶店だった。
「ロトン入りのドルイースを二つ」
 不愛想な店主の男性に同じく不愛想な様子で女は注文を入れ、適当な席に腰掛ける。
「さて、と。名前、ソーヤさんと聞いてるけど、間違いないわね」
「はい」
「ご出身は?」
「え……」
 言葉に詰まるソーヤの様子に、女は何かを感じ取る。
「此処に来る前は何処に?」
「え、えぇと……パルースです」
「その前は?」
「ヘンプロープ」
「その前は」
 ソーヤは返す言葉が無くなり俯いた。
「何か有ったのよね?」
 沈黙の合間に不愛想な店主が注文の品を机に届ける。
(もし、あの人の言う事が本当で、あれが本当に神様でだとしたら、この人は……)
「そのー……信じてもらえないかもしれませんけど、気が付いたら、何処か広い場所に居て、あなたにそっくりな女の人に連れられて、ヘンプロープに行ったんです」
「ほぅ」
「その、もっと、信じて貰えないかもしれませんが、その女の人は、これから出会ういちばん大切な人と同じ姿をしているとか言って、ヘンプロープに着くなり、消えて……って、やっぱり信じてもらえませんよね」
 この仕事は無理だと見限ったかの様にソーヤは立ち上がろうとする。
「待ちなさい。とりあえずそこのドルイースを食べてからになさいよ。有り得ない話でもないと思うの、それ」
(もしかして、この人、何か知ってる?)
 ソーヤは居住まいを正し、ドルイースの器に手を伸ばす。
「その昔、星から生まれた存在は、この世界に存在する魂は形を変えながら存在し続けると言った」
 前置きなく語り始める女に、ソーヤは器へ伸ばした手をそのままに女の顔を見る。
「しかし、星から生まれた存在はその果てしない時間に倦み、魂もろとも永遠の安息を求めてこの地を去ったという。そして新しい時代の存在は考えた、死を迎えず永遠に存在し続ける魂がこの世界から消えたとして、それは何処へ行くのか、と……もしかしたら、あなたは他の世界に旅立った魂が戻ってきた存在かもしれないわね」
 ソーヤは眉根を寄せた。彼には女の言葉の意味が分かっていなかった。
「……ねえ、此処に来る前の事、何か覚えてる?」
 獣の様な黄金色の眸に見据えられ、ソーヤは思わず息を呑んだ。
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