夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

文字の大きさ
上 下
59 / 84
第二章 Gambling with the Devil

2-7-3  Summer's glory

しおりを挟む
 ミカの自宅に一泊し、レインは車を借りて国道へと出て行った。
 車載カメラで景色を録画しながら、草の生い茂る休耕田の脇や鬱蒼とした山の谷間を抜け、港を目指す。
「カメラには映ってるかな? さっきの脇道が、古い精神病院に続いてた道。今は診療やめて廃墟らしいんだけど、少し前までは現役だった」
「山の中の病院?」
「ううん、山の上。少し前まで、其処から出るに出られない人も居たわ」
「そっか」
「大体、病院の名前言って、其処に入ったといえばお察し、みたいな歴史よ」
「戦前の小説みたいだね」
「そうね」
 薄気味悪い湿度のこもった山の谷間を抜けると、沿岸らしい開けた低地に入る。
「一気に明るくなったね」
「海抜低すぎて高潮来るけどね」
 車は国道の端に向けて走るが、終点に向かうのが目的ではない。
「商店街の先のコンビニで曲がって、駅の裏の駐車場ね」
 ミカの大雑把な案内と適当なカーナビを頼りにレインは駅の裏手へと回る。

「あー、満車みたいだ」
「Uターンは出来る? 引き返してショッピングモールに行こ」
「おっけー」
 飛び込みで駐車出来る場所は無く、レインは駐車場で車を回して国道へと戻る。
「ナビは郵便局を目安に進めば道に入れると思う」
「はーい」
 旅客船の港の雰囲気だけを感じながら、レインは中心地へと引き返し、目的の交差点でウインカーを出した。
「インは奥にあるから、看板を目印に交差点を曲がって、速度落として少し奥まで」
 ミカの案内通りに駐車場に入ったはいいが、一階の平面駐車場は既に満車の合図が出ている。 
「屋上はいつも空いてるから、入ったらちょっと左手のスロープに。一気に上がったら屋上、勾配だけ気を付けて」
 少しばかり急なスロープを越え、レインは屋上の駐車スペースへと辿り着く。
 車を降りるとそこはかとなく潮風が感じられるが、混凝土は既に焼け付いていた。
「屋上ってこうなってたんだね」
「うん、海は見えないけど、風は気持ちがいい」
 一年数カ月前、レインは世間の混乱を掻い潜る様に訪れた事はあるが、駅から徒歩で訪れた為、屋上の景色を見るのは初めてだった。

 二人の入ったショッピングモールは地域で最大の商業施設だが、取り立てて見るべき物は無く、廃止された公共施設機能が移設されている為にテナントも多くは無い。ただ、生活に必要な物を買う上での需要はそれなりに残されている。
 それでもレインにとっては、初めてミカと顔を合わせた印象深い建物であった。
 まだ世間の混乱は著しく、東京から地方へ誰かが来たと分かれば後ろ指を差されかねない時期、ミカは施設の一角を借りて個展という名のオフ会を開いた。
 ミカとレインが出会ったのは二年余り前、創作物の公開が出来るサービス上の事だった。
 ミカは決して人気のあるクリエイターではなかったが、偶然にその作品を見つけたレインはミカの作品に興味を持ち、作者に並々ならぬ関心を持ってしまった。
 だが、用心深いミカは実際にファンと会う事には消極的で、なおかつ、世間は混乱の真っただ中に在り、とても面会が出来る様な情勢ではなかった。
 しかし、レインのミカに対する興味関心は留まる所を知らなかった。

 レインの熱意に対し、それなりの誠意を見せようと思案したミカはクラウドファウンディングで資金を募っての個展という形式でレインと会う事を承諾し、支援者はレイン一人という奇妙な結果でそれを実現させた。
 個展会場とする講義室を借りた時間は約三時間、バーチャル個展の撮影を名目にし、額装したイラストの展示やアクセサリーの即売会風の飾りつけを行ってミカはカメラを回した。
 レインが会場となった講義室に着いたのは借り上げ時間が残り一時間となった頃、手土産も無ければ互いにマスクを外す事も無いままだったが、ミカの作品にまつわる話からレインの音楽に関する話題まで、撤収が始まっても会話は終わらなかった。
 結局、運搬の手伝いとミカの送迎の為にやってきた父親とレインが顔を合わせる事となり、ミカは直接会うまで来客である相手の性別は知らなかったと白を切り通した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サイデュームの宝石 転生したら悪役令嬢でした

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった人達のお話です。 せつない話を書きたくて書きました。 以前かいた短編をまとめた短編集です。 更に続きの番外編をこちらで連載中です。 ルビーの憂鬱で出てくるパイロープ王国の国王は『断罪される前に婚約破棄しようとしたら、手籠にされました』の王太子殿下です。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

処理中です...