夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-4-1  馬子にも衣裳は選ばせて

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 ギターすら持たずに事務所内のスタジオへ向かったレインは鴇田が手配した機材をざっと見回す。
「理想的な設定にしてあります、エフェクターには触らないように。アンプの音量は適宜調節して下さい」
「はーい……」
 レインは用意されたギターを手に取った。有名な製造元のそれは申し分ないが、ストラップだけはどうにもならない。
「あのー、ストラップ変えていいですか」
「は?」
「いつもデニム地のストラップ使ってるんで、そっちのがいいんです」
「別に構いませんが」
 鴇田は怪訝に眉を顰めながら、レインがストラップを付け替えるのを待った。
「布製は珍しいな」
「そうですね、有るにはあるんですけど……ま、これは自作ですが」
「は?」
「木綿のストラップってあんまりないんで、友達に手伝ってもらって自分で作ったんです」
「そうか……まあ、あまり派手な物でなければ何でもいいですよ。後は音を出して確認して下さい」
 言われるまま、レインは適当な音を出した。彼の好みではないが、バンドの音作りとしては適切な調整がされている。
「コリーのギターテックがそのままウチに残ってくれていたのが幸いでした……ギターの方は問題ありませんか」
「えぇ、良いギターですね、ブランド相応に」
「それじゃあ、次はこちらに来て下さい」
 レインは首を傾げる。
「衣装合わせですよ。あなたの分を作るわけではありませんが、小物程度は用意しますから」
「はぁ……」

 事務所内の小さな会議室にはケリー達メンバーが集められており、衣装合わせを終わらせていた。
「あ、お待ちしてました。わたし、スタイリストの吉岡です」
 人懐こい笑顔を浮かべた女性が鴇田とレインを出迎える。
「早速なんですけど、こちらが当日着用していただくお衣装になります。全部はご用意が無いので、当日は襟のある黒いシャツと、雰囲気に合った感じのパンツを用意してくださいね」
 吉岡が用意していたのは、シルバーのグリッター生地で仕立てたジレとボウタイだった。
 レインは思わず鴇田を見遣る。
「採寸の方が出来てないので、大まかなサイズ感はルーシーさんにお伺いしました。既製品のLサイズ相当ですよ」
「……どうも」
 このド派手な代物を着こなすのは無理だと思いつつ、レインは適当に言葉を濁す。
「それと、靴の方は鴇田さんからサイズをお聞きしてご用意しました。今回の衣装コンセプトはアマビエ様、うろこのきらきらとした雰囲気をイメージしています」
 吉岡はシルバーのグリッターレザーのブーツをレインに手渡す。
「試着していただいて構いません」
「は、はあ……」
 レインは渋々スニーカーを脱ぎ、ブーツに足を突っ込んだ。
「あ、無理です」
「え」
 吉岡が目を丸くする間にレインはブーツから足を引き抜いた。
「申し訳ないけど、ワイズが狭くて無理です」
「え、でも、靴のサイズは」
「革靴を履かない生活の所為か、足の幅が少し広がったみたいで……このブーツのワイズは」
「えっと……」
 靴を確認する吉岡に、レインは重ねて訪ねる。
「その靴、海外製?」
「あ、はい。アメリカのメーカーの物です」
「あぁ、それで……だったらワイズ、Dくらい?」
「そう、ですね」
「じゃ無理です。ワイズ2Eでぎりぎりなんですから」
「分りました……」
 吉岡は困ったように鴇田を見遣る。
「仕方ありませんね……私の確認不足でした。当日はそれなりに見栄えのいい革靴を用意してください」
「はあ」
 気の抜けた返答に舌打ちしたいのを堪えながら言葉を続ける。
「それはそうと、ヘアスタイルの方はどうでしょうか、当日は田島さんがメイクに入りますが」
「そうですねー」
 背中に流れる長い黒髪を覗き込み、吉岡はレインの前に戻る。
「セットしづらいですし、出来たらカットしてきていただきたいです。ミディアムロングくらいだとアレンジしやすいですね。後は田島先生のセンスにお任せします」
「分かりました……レイン」
 鴇田はレインに髪を切る様にと言おうとしたが、レインは先回りして口を開く。
「カットは断りします。後、ヘアスプレーも勘弁していただきたいです。必要ならフルウィッグでどうにかするんで」
 吉岡とレインは思わず顔を見合わせ、吉岡は表情を歪める。
「その、長さでフルウィッグですか?」
「ヘアネットに押し込めばどうにかなりますよ。俺の知り合い、コスプレするんですけど、わざわざ詰め物して整える事も有るそうですから」
「はぁ……それじゃあ、その、長さはミディアムロングくらいで、色は黒か、暗めのブラウンくらいで何かご用意します」
「結構です。ウィッグくらい自分で用意しますので」
 吉岡は再び困ったように鴇田を見遣る。
「ウィッグ程度は用意していただきましょう。費用は実費で融通します」
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