夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第一章 The war ain't over!

14-1 封建社会も真っ青な指定制marrige

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 鍵を交換した翌朝、午前九時にそれはやってきた。
「では確認します、原則として売却可能な物は全て残すので、食品と、売却不可能な衣類だけは即処分という事ですね」
 家屋の清掃を請け負う業者の作業員は、レインの父親に作業工程の確認をする。
「はい。こちらで大まかに指示を出したいので、作業開始を少し待って下さると幸いです」
「分かりました。では、比較的お荷物多いケースが多いので、台所から案内していただけますか?」
「はい」
 レインの父親は鍵を開けて扉を開き、目を瞠った。
「なんでお前が居るんだ!」
 玄関扉の向こう、上がり框に立っていたのは、この世の憾みと絶望をかき集めたかのような表情をしたレインだった。
「なんでって、俺、此処に住んでるし」
「お前に住む権利はない、さっさと出て行け!」
「持ち分の変更した覚えは無いし、固定資産税払ってるの俺なんだけど」
 扉を開けるなり始まる親子間の修羅場に、清掃業者の作業員達は顔を見合わせ、困惑する。
「あと、車の車輪止めしたのもとーさんだよね」
「あれは俺が買った物だろうが!」
「借用書は作ってるし、年間の返済は間違いないよね? もう半分以上返してるよね? しかもあれは仕事用、社長から苦情が入ったらどうする? 今すぐ鍵を開けてくれないかな、一応今朝まで待ってたんだけど!」
「お前は車を持っていい人間じゃない、あれは売却先が決まってるんだ!」
「名義人は俺だよ? 勝手に委任状作ったら犯罪だ」
「お前はそんなに家も車も欲しいのか!」
「車は無いと仕事にならない、家は持ち分が有って固定資産税も負担している。適正な家賃を払う事には同意するとして、業者を呼んでまで家財を処分されるのはおかしいよ。ていうか、パソコンのモニターは弁償してもらわなきゃ、あれは俺が買った物であって、とーさんに壊していい権利はないんだよ」
「屁理屈ばっかり言いやがって!」
「屁理屈じゃない! 全部常識! 無責任に生きるっていう事は、それだけ知識が無いと生きていけないって事なんだよ!」
 レインは肚の底から声を張り上げ、作業員達は身を縮ませる。
「大体、全部屁理屈だってねじ伏せられると思ったら大間違いなんだよ! 世の中知らないのはどっちだ!」
「うるせえ! あぁ、面倒だ、だったらお前が家も車も手に入れられる方法を教えてやる! 今すぐ結婚しろ! 田中さんところのお嬢さんならいいだろうが! 子供達もパパは誰だっていいと言っているんだ!」
 突然の事に、レインは目を瞠った。

「この家はリナちゃんに月五万で貸す約束をした、車はお前と籍を入れたら名義をリナちゃんにする、それまでは俺のものだ!」
「ちょっと待て、結婚とか滅茶苦茶だよ! 何時の時代の条件だ!」
 レインが声を上げるのにも構わず、父親は振り返って清掃業者の作業員達を見る。
「あぁ、すみません御見苦しい所を。遅くなって申し訳ないが、掃除を始めて下さい」
 父親は強引に清掃を始めさせようとするが、作業員の一人が首を振った。
「す、すみません。現在住んでおられる方の同意が無いと、中には」
「こいつは居座っているだけなので気にしないで下さい」
「居座っているとしても、同意無しでは」
「あぁ、分かりました、では買取だけお願いします」
 言うと父親は目を泳がせる作業員達を残し、レインを押しのけて土足のまま家に上がり込んだ。
「ちょっと、何を!」
 父親はかつての応接間に入り、机の下からパソコンの筐体を引っ張り出し、キャビネットの前にあったギターケースを掴んだ。
 レインは床が砂だらけになるのを眉を顰めて眺めるまま、何も言わなかった。
「そうか、諦めたか。ならいい。こんな下らん事は止めて真面目に働け。最初は工場でも漁船でも構わんぞ」
 父親は勝ち誇った様に言い捨て、途方に暮れる清掃業者にそれらを押し付ける。
「作業賃の足しにして下さい」
「で、ですが」
「いいから引き取って下さい!」
「は、はぃ……」
 押し付けられた物は後から返せばいい。責任者の若い男性は諦めた様にそれを受け取り、そそくさと車に積み込む。
「や、ヤマさん……」
「大丈夫、一旦、保管で……」
 心配する作業員に、責任者の若い男性は冷静を装いながら言葉を返し、父親へ今日の作業は中止でよいかと尋ね、撤収の指示を出した。
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