夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第一章 The war ain't over!

12-2 負け犬的ジレンマ

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 そのまま夜が更けた頃、再び憂鬱のベルが鳴る。
「……もしもし」
 実家からの電話に、レインは声を絞り出した。相手は父親で、先日よりは冷静な様子だった。だが、その冷静さは鋭い刃となり、彼に襲い掛かった。
 父親曰く、数年前に土地と建物の持ち分の一部を譲渡した件について、それを撤回し、彼の自宅を借家にするとの事だった。だが、改修費用や固定資産税は既にレインが払っており、仕事の都合で所有する自動車の置き場所にもなっている自宅を離れろというのは仕事にも影響の出る事である。
「確かに、駐車場付きの一軒家なんて贅沢かもしれないけど、何でいきなり」
「そもそも、そんな贅沢な物件をお前に譲ったのがやっぱり間違いだった、甘やかすべきではなかったんだ。だがな、俺達も鬼じゃない、一ヶ月十五万の家賃を払うなら別に問題はない、本来はそのくらいで貸してもいい物件なんだ」
 月額十五万円を家賃に出来るほど、レインの収入は高くない。

「十五万……ちょっと吹っ掛け過ぎだよ。築年数は俺と同等なんだから、十二、三万ってとこだろ?」
 落ち着いてくれとの期待を込めレインは必死に言葉を捻り出した。だが、父親は改修改築をすればそれだけの価値があると言う。
「リフォームって、それって結局俺に出て行けって言ってるのと同じ事にならないか? そもそも水回りは俺が費用出して多少なり直したし、屋根の修繕だって俺が出す事になってるんだ、別にこれ以上いじる事はないだろ?」
「だったら屋根の修繕はこちらで負担してやる、その分お前は十五万を払え、これはもう決定事項だ、今月分から振り込みが無ければ追い出し屋を使ってでも追い出すからな!」
 あぁ、この人は何も冷静になどなっていない。レインは肚の底からの絶望を生まれて初めて体験した。
「……いやさ、ちょっと落ち着いて、その、家賃を払うなら、ちゃんと契約書を作らなきゃならないよな? 家賃収入は不動産所得にもなるわけだし……税務署に開業届を出して、青色申告の届け出をした方がいい。もし、今は使っていない口座が有るなら、それを一旦空にして、不動産所得専用口座で届け出て、帳簿つけて、十万円の控除を受けないと、無用に税金がかかってくる。それに、固定資産税の割り振りもどうするのか、あれは経費になるんだ、どう扱うかを税務署に言って相談してきた方がいい。それと修繕費は大きいし、物によっては減価償却の必要がある、こうなると一度税理士事務所の相談に行った方がいい。もし今月分の家賃相当が必要だというなら、それは後から、敷金礼金の類で清算すればいいだろう?」

 レインは生まれて初めて無責任に生きてきた事が役に立ったと感じた。全てを自分自身で会計処理しているわけではないが、一般人に関わりある税の知識が有るだけでこれだけ戦える、と。
 しかし、その考えは甘かった。長年会社員として自分で税金を計算した事のなかった父親は、不動産所得が何たるかも、青色申告がどれほど得になるのかも分っていないし、理解しようともしなかった。
「屁理屈を言うな! それ以上屁理屈を言うなら、今すぐ出て行け! 火を点けてでも追い出すからな!」
 怒号を最後に、通話は切れてしまった。
 このままでは父親が現住建造物放火までやりかねない。しかも、あの住宅はそれなりに隣家との距離が有るとはいえ、火災になれば延焼は不可避である。この状況では自宅に戻れないとレインは絶望の底に沈んだ。
「あー、もう、何なんだ、何なんだよ、畜生!」
 レインは叫び、ショートメールの画面を開いた。そして、今月分の家賃十五万円を月末までに振り込む故、振込先の口座を教えて欲しいと送信した。すると程無くして電話が鳴り、電話口の向こうから、そんな物は送ってこいと怒鳴り声が響いた。
(今日日現金書留で十五万なんて、詐欺疑われるっつーの!)
 電話を投げ出すと、レインはこの先に起こるであろう税務処理にも頭を抱えた。土地建物の持ち分はそれぞれ二割であるが、それでも控除の範囲を超えた部分には税金がかかっていた。もし、譲渡の撤回による再譲渡となれば、また税金が発生する。そしておそらく、それは自分が払う事になる。本来は受け取った側が支払う税金であるが、その理屈が父親に通用するとは思わない。
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