夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第一章 The war ain't over!

9-3  思い込みは暴走の燃料

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 数日間あばら家で作業を続けたレインだったが、五月二日の午前、ブラストバスター社に連絡する事だけは忘れていなかった。
 連休の谷間となったこの日、レインはイエロー・リリー・ブーケへの復帰が絶対にありえないと伝えた。仮に親子関係を破壊したゴシップに対する対応が不十分になったとしても、この期に及んでなお非難されたバンドへ再加入する事など、一度限りの競演でもあり得ないのだ。
 事務的な連絡を片付け、レインは漸く日常へと帰還する。一方、レインの絶望を煮詰めた音源を聴いたランはこれからが仕事である。
 レインは全ての楽器を一人で賄えるマルチプレイヤーであるが、ドラムの演奏に関しては打ち込み音源に頼っているが、ランはドラムの演奏にも慣れている。
 現実の日常から隔絶された状況で作曲に没頭するレインとは対照的に、アレンジを行うランは日常の中でその作業を進めていく。時間がかかる為、都心への買い出しなどは出来なくなるが、レインに買い物を頼んで作業をしつつ、やや不規則になっても食事の支度などはこなしていく。
 そうしたランの作業に続くレインの作業は、当初の作曲から比べるとまだ日常と現実の中で行われていた。

 集中的な作業を終えた五月四日、子供向けのイベントがそれなりに活気づく中でレインとランは買い出しへと向かった。購入するのは食料品といくつかの消耗品で、店先の資源回収に不用品を放り込んで片付けつつ、戻る途中でレインの自宅に立ち寄り、ミカが作った梅干しを取り分けて戻る算段だった。
 最寄りのスーパーマーケットは多少人出があるものの、子供向けのキャンペーンは翌日とあって想定よりは落ち着いた様子であった。買い出しを終えた道中、レインは梅干しの使い道を尋ねようとミカに電話を掛ける。しかし、通話の音が途切れ途切れになり、ミカはメールを送れと言い通話を切った。幸い回線の問題ではなく、文字情報の受信は正常だった。
「ヤバイ、大喧嘩した時に投げられた所為で壊れたかも。連休明けたら携帯変えなきゃ……ガラホ、在庫あるかなー……あー、電話もかけるなって言っておかなきゃ……」
 レインは連絡が必要な関係各所に対し、機体の故障で携帯電話での通話が出来ない旨を伝えたが、両親には何も言わなかった、既に縁は切られたものとして。

 五月五日、リアルツーディー所属の配信者が集まってのコラボ放送が行われる為、ランは通信環境の良いレインの自宅に向かった。通常の配信ではコメントの管理やフォローを行うモデレーターをレインが務めているが、この日の配信は事務所スタッフが担当するため、レインはあばら家で作業を続けていた。
 週刊誌やキュレーションメディアの巡回は佐伯に任せ、余分な情報を入れずに作業を続けるレインはこの数日間に起こった出来事の大半を無視しており、近くで起こった事件さえ知らない。
 彼が作業に没頭していた数日の間に、あばら家からそう遠くない山中で変わり果てた遺体が発見されていた。現場の状況から、遺体は自ら可燃性の物質を被って着火したとみられるが、身元の特定が出来ていない。骨格から判明している情報は、身長175センチから180センチ程度、20代から50代の成人男性である事だけ。
 マスメディアは世界的混乱の経済的低迷がこうした悲劇を増長させていると騒ぎ立て、見るものの不安を煽っていた。 
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