夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第一章 The war ain't over!

7-2  グラインド・ゴシップⅡ

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「例の席だよ」
 降りてきたレインに白北は声を掛けるが、レインは先走る様に客席の奥へ進む。
「ああ、会えてよかったよ、ユウキくん」
 仕立ての良い背広をカジュアルに着こなした中年男性、芸能事務所・ブラストバスター社長の鷲塚はレインを待ちわびていた。
「……どういうおつもりですか。家にまで押しかけてくるなんて」
 レインは光の失せた眸で鷲塚を見据え、怒りに歯軋りする様に声を絞り出す。
「こうでもしないと会えないと思ってな、すまない。その、座らな」
「社長直々に来て下さったところで、大変申し訳ありませんが、何をどう乞われてもバンドには戻りません。此処まで生きて来たのに、今更親より先に死ぬような事をしたくありません」
 自分が一瞬でも有名なバンドのメンバーであった事実を知らず、知ったとしても今の自分の方が好きだと言ってくれたミカを巻き込んだ事に、レインの怒りは煮え滾っている。

「ユウキ君……君が戻りたくないというのは百も承知だよ。だが、これをどう思う?」
 中年男性は傍らの鞄から何枚かの印刷物を引っ張り出す。それはこの数日で拡散された、レインを巡るあらぬ憶測をまとめた記事の数々。
「君に関する事実無根な憶測が、この数日で一気に噴出している……止める方法を考えてみた。手っ取り早く、そして最も証明になる手段といえば、君が公の場に出る事だ。そうは思わないかね?」
「思いません。イエロー・リリー・ブーケのレインは死んだんです。今更墓穴から這い出す事はありません。心苦しくはありますが、もし、今もまだ生きているイエロー・リリー・ブーケに類が及んでいるというのなら、生きている側の方々にお任せするしかありません」
「勿論、こちらとしても事実無根かつ、今の活動に悪影響の出る内容は看過出来ない。しかし……此処まで派手に騒がれたのは今回が初めてとはいえ、今までもあらぬ憶測は流れ続けていた。そして私もメンバーも、皆苦々しく思っていた。せめてコメントだけでも出して欲しいと何度も接触しようとしたんだ」
 レインは鷲塚を見つめたまま、訝しげに眉を顰める。
「印税に関しては代理人を通して欲しいと言っていたから、その代理人を通して何度も話をしたんだが……知らなかったのか」
「ええ、初耳です。おそらく、代理人に指定したのが父の伝でお願いした会計事務所の方ですから、両親に話が回されたのでしょう。両親はバンドでの活動を好意的に捉えていませんでしたので、今更関わるなという事だと思います」
「そう、か……まあ、直接接触しなかった私達の落ち度も有るといえばそうだな。とはいえ、今回ばかりはそうも言っていられない。流石に違法薬物に関与したというのは法的にも争える内容だが、司法的な潔白を証明するには君本人に来てもらわなければならない」
「だったら裁判所からの呼び出しでも何でもして下さい、流石に司法や警察からの要請は断りませんので」

 鷲塚は溜息を吐いた。
「ユウキ君……そう事務的に対応しないでくれよ。君だって一刻も早くこの出鱈目な報道を止めたいだろう? 私達にも影響が出かねないんだ、警察や裁判所に呼ばれるより先に、私達に協力して潔白を証明して欲しい」
「そんな義務は有りません。勝手な事を書き立てているのは芸能ライターどもじゃないですか。大体、イエロー・リリー・ブーケのレインはとっくに死んでるんですから、出られるわけもないんです」
「ユウキ君……」
 鷲塚は悲しげに眉根を寄せる。
「大変申し訳ありませんが、人間の想像力には限度が有りません。その際限ない妄想が被害を産む時、その都度それを潰していく以外に出来る事はないんです……せめてエゴサーチはしないように心がけます」
「ユウキ君」
「今回のゴシップの件は、今お世話になっている芸能事務所とそちらで紹介してもらった弁護士の先生、それと、厚意で証拠保全を手伝ってくれている音楽仲間に任せます。レインは死んでしまったのですから、直接異議を申し立てられません。それに、俺自身も都心にはそう行きませんし、必要なら今の相棒が持て余している郊外のあばら家にでも引き込みます」
「奥さんを残していくつもりか?」
「結婚はしていません。彼女は実家に戻しますので、ご心配なく」
 鷲塚は諦めた様に息を吐いた。
「申し訳ありませんが、しかるべき令状が無い限り、ご協力する事は出来ません……失礼します」
 レインは一礼すると鷲塚に背を向け、二階の作業部屋へと戻った。
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