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第一章 The war ain't over!
3-2 崩壊寸前カウントダウン(2021年晩秋)
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年末のイベントについて話し合うはずが、鷲塚と鴇田はコリーの今後に関する残務処理の為の面談を準備する事となり、打ち合わせはそのまま散会となった。
これを機にバンド活動が本格的に再開されると期待していたハリーは失意に打ちひしがれるまま、オフィスビルのエントランスでタクシーを待つ。
「やっぱり、俺達じゃダメなのか……」
白い壁に凭れかかりながら、ハリーは呟いた。
「僕達が駄目なんじゃない。彼は最近結婚をして野心的になっていた、ただそれだけだ。もし彼に信念があって、イエロー・リリー・ブーケの名前に誇りを持っていたのなら、脱退なんて言い出しはしなかっただろう……彼は目先の栄光に目が眩んだんだ。確かに、シゲ剣崎は日本ロック界の重鎮、ツアーファイナルは今でも武道館を埋めるだけの求心力がある歌手だ。だが、バンドに対する愛着、ケリーに対する愛情というものが有れば、切り捨てはしなかっただろう」
「武道館、なぁ……」
冷淡なルーシーに対し、ハリーは感傷的で、この二十年余り憧れ続けて未だ届かぬ武道館の名に思わず溜息を吐く。
「……後任、アテは有るのか」
ルーシーは落とした視線をハリーの靴の先に向ける。
「分らん。ギタリストとなれば、アマミとの相性が最優先だ。すぐには決められんだろうな」
「じゃあ、アマミ君とその周囲で探すか?」
「そうなるだろうな。ソロのサポートに入ったギタリストに声を掛けるかもしれない。まあ、俺もフリーのギタリストや有望株の新人が居るなら話が回ってくるだろうし、心には留めておく」
「分ったよ。あぁ、そういえば、キミのバンドはどうするんだ? 最近、何も聞かなかったけど」
ルーシーは顔を上げ、ハリーを見た。
「ん、あぁ……実のところ、今レコーディングしててな……なかなか全員一緒とはいかないから、プロデューサーと俺で少しずつ進めて、年明け発売の予定だよ」
「そうか。ツアーには出るのか」
「ツアーってほどは出来ねえだろうな。こう、酒飲みながら気楽に聴くってのはまだ難しいだろうし、誰かが熱を出したってなるとキャンセルにもなるから、春先に間を開けながら何本か回れたらと思ってるよ。とはいえ、本数が少ないのはちと寂しいし、カメラを入れて後から映像を出そうかって話で進めてる」
「そうか」
「なあ、ウメ。お前さんはどうしたいんだ。コリーは、辞めちまうけどよ」
ハリーは感情の窺えないルーシーの横顔を見る。
「そうだな、今も、一抹の期待をしているよ。アマミ君がアマミ君にしか作れない物を作ってくれるなら、まだついて行きたいという期待を。でも、レコーディングの機会は遠のいた。こうなると……辞める事になるかもしれない」
「またどうして」
「今でさえ、随分間が空いてしまったし、品行方正に付き合い過ぎて、僕自身の感性が鈍ってしまったかもしれない。そうなったら廃業するつもりだ」
「え?」
唐突な言葉に、ハリーは目を丸くし、凭れていた壁から離れる。
「僕自身が彼のあるべき感性に応えられないなら、その時は身を引く。無様な物は作りたくない」
「おいおい……お前さんからドラムを取ったら、一体何が残るってんだ?」
「考えたよ、辞めた後の事も。一応、今は地下アイドルのプロデュースの様な事もさせて貰ってはいるけど、これもバンドのネームバリューがあってこその仕事だし、辞めたら普通に就職するよ」
「なんかアテかコネがあんのか?」
「夜間の施設警備でも、食品の出前でもいい。それに、部屋も引き払うさ。流石に、今日日都内で四万円台の物件は厳しいだろうから、トイレとシャワー付きで五万円台の物件でも探して大人しく暮らすよ」
「……ウメ、お前さん、それでいいのか?」
「元々バンドで食べていけるとは思ってなかった、今の方がおかしいんだ」
「ウメ……」
ケリーには半ば裏切られた事も有りながら、それでもなお彼の才能を愛し、今もなお期待を捨て切れないでいるルーシーがあっけらかんとして廃業してもいいと考えている。その事実にハリーは混乱したが、考える暇はなかった。
「タクシー、来たみたいだ。じゃあ、僕もこれで」
「お、おぅ……」
ハリーは急ぎ足で手配したタクシーに乗車し、ルーシーはそのまま歩いて最寄り駅を目指す。
(話は、また改めて、か)
これを機にバンド活動が本格的に再開されると期待していたハリーは失意に打ちひしがれるまま、オフィスビルのエントランスでタクシーを待つ。
「やっぱり、俺達じゃダメなのか……」
白い壁に凭れかかりながら、ハリーは呟いた。
「僕達が駄目なんじゃない。彼は最近結婚をして野心的になっていた、ただそれだけだ。もし彼に信念があって、イエロー・リリー・ブーケの名前に誇りを持っていたのなら、脱退なんて言い出しはしなかっただろう……彼は目先の栄光に目が眩んだんだ。確かに、シゲ剣崎は日本ロック界の重鎮、ツアーファイナルは今でも武道館を埋めるだけの求心力がある歌手だ。だが、バンドに対する愛着、ケリーに対する愛情というものが有れば、切り捨てはしなかっただろう」
「武道館、なぁ……」
冷淡なルーシーに対し、ハリーは感傷的で、この二十年余り憧れ続けて未だ届かぬ武道館の名に思わず溜息を吐く。
「……後任、アテは有るのか」
ルーシーは落とした視線をハリーの靴の先に向ける。
「分らん。ギタリストとなれば、アマミとの相性が最優先だ。すぐには決められんだろうな」
「じゃあ、アマミ君とその周囲で探すか?」
「そうなるだろうな。ソロのサポートに入ったギタリストに声を掛けるかもしれない。まあ、俺もフリーのギタリストや有望株の新人が居るなら話が回ってくるだろうし、心には留めておく」
「分ったよ。あぁ、そういえば、キミのバンドはどうするんだ? 最近、何も聞かなかったけど」
ルーシーは顔を上げ、ハリーを見た。
「ん、あぁ……実のところ、今レコーディングしててな……なかなか全員一緒とはいかないから、プロデューサーと俺で少しずつ進めて、年明け発売の予定だよ」
「そうか。ツアーには出るのか」
「ツアーってほどは出来ねえだろうな。こう、酒飲みながら気楽に聴くってのはまだ難しいだろうし、誰かが熱を出したってなるとキャンセルにもなるから、春先に間を開けながら何本か回れたらと思ってるよ。とはいえ、本数が少ないのはちと寂しいし、カメラを入れて後から映像を出そうかって話で進めてる」
「そうか」
「なあ、ウメ。お前さんはどうしたいんだ。コリーは、辞めちまうけどよ」
ハリーは感情の窺えないルーシーの横顔を見る。
「そうだな、今も、一抹の期待をしているよ。アマミ君がアマミ君にしか作れない物を作ってくれるなら、まだついて行きたいという期待を。でも、レコーディングの機会は遠のいた。こうなると……辞める事になるかもしれない」
「またどうして」
「今でさえ、随分間が空いてしまったし、品行方正に付き合い過ぎて、僕自身の感性が鈍ってしまったかもしれない。そうなったら廃業するつもりだ」
「え?」
唐突な言葉に、ハリーは目を丸くし、凭れていた壁から離れる。
「僕自身が彼のあるべき感性に応えられないなら、その時は身を引く。無様な物は作りたくない」
「おいおい……お前さんからドラムを取ったら、一体何が残るってんだ?」
「考えたよ、辞めた後の事も。一応、今は地下アイドルのプロデュースの様な事もさせて貰ってはいるけど、これもバンドのネームバリューがあってこその仕事だし、辞めたら普通に就職するよ」
「なんかアテかコネがあんのか?」
「夜間の施設警備でも、食品の出前でもいい。それに、部屋も引き払うさ。流石に、今日日都内で四万円台の物件は厳しいだろうから、トイレとシャワー付きで五万円台の物件でも探して大人しく暮らすよ」
「……ウメ、お前さん、それでいいのか?」
「元々バンドで食べていけるとは思ってなかった、今の方がおかしいんだ」
「ウメ……」
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「タクシー、来たみたいだ。じゃあ、僕もこれで」
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