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第一章 The war ain't over!
2-1 積み木崩し(2021年春)
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世界中がまだ混乱の中に在った頃、混乱の中に在ってもなお首都東京は一大イベントを控えて忙しない空気に包まれていた。その春先のある日、ハリーは貸しスペースに呼び出されていた。
其処は駅からほど近く、内部は一人か二人で作業するのに丁度良い個室で、広い机と椅子が備えられている。
「呼び出して悪かった」
先に個室で待っていたルーシーは立ち上がってハリーを出迎える。
「いや、別にいいんだが……一体どうした、わざわざこんな所借りてよ」
「面と向かって話したい事が有る」
「なんだ、事務所じゃまずい話か?」
空いている椅子に腰を下ろしながら、ハリーはルーシーを見遣る。
「あぁ、マキタ君にしか話せない」
ハリーは眉を顰め、ルーシーに視線を定める。その表情はマスクに隠れているが、平素は堂々として相手を見ているかれの伏し目がちな視線に、明るい話題では無い事を悟った。
「はっきり言うよ、最近、音楽に対するモチベーションが無いんだ」
「そう、か……その、やっぱり、こう、ライブも出来ないからか?」
ハリーは首を傾げて見せるが、ルーシーは動かない。
「いや、この数年、段々とやる気が無くなってきた」
「燃え尽き症候群ってやつか?」
「多分、燃え尽きているのはアマミ君だ」
「どういう意味だ?」
「僕はアマミ君が本当に救い様の無い人間である事を承知の上で、それでも彼の才能に力を貸す価値が有ると思って今日まで付き合ってきた。けど、それももう限界だ。最近の彼には、力を貸すだけの価値が無い」
元よりルーシーははっきりと物を言う。時としてそれは無遠慮で、場合によっては実力行使すら辞さないが、ハリーはそれに何年も付き合っている。だが、この時ばかりはその発言に耳を疑わざるを得なかった。
「おいおい、こりゃまた辛辣だな……まさか、喧嘩でもしたか?」
「あのアルバムを聴けば分かる。マキタ君はもう聴いたか?」
ルーシーの視線がはっきりとハリーに向けられた。
「アルバム……アマミのソロアルバムか?」
「あれは聴くに堪えない。売れ筋の曲を作る事も才能ではあるが、あまりにも流行に媚びて品行方正、潔癖な世情を鑑みてもなお色気の欠片もなければ、曲自体にも面白みが感じられない。あれじゃあもう付いて行けない。僕は……彼の内に秘め切らない猥雑な感性、貞操観念のぶっ壊れた愛欲の苦悩や身勝手でも人間臭い愛情から生まれる作品が好きだった。そして、古臭く、時に海外を見るにはあまりにも内向きな歌謡曲じみたセンスも、それをレトロフューチャー的に駆使出来るコンポーザーであると思っていた。だが、あのアルバムは完全に内向きでアイドル的、ウェンブリーを目指したロックスターとは思えない仕上りに聴こえた」
ハリーは黙り込むしかなかった。
其処は駅からほど近く、内部は一人か二人で作業するのに丁度良い個室で、広い机と椅子が備えられている。
「呼び出して悪かった」
先に個室で待っていたルーシーは立ち上がってハリーを出迎える。
「いや、別にいいんだが……一体どうした、わざわざこんな所借りてよ」
「面と向かって話したい事が有る」
「なんだ、事務所じゃまずい話か?」
空いている椅子に腰を下ろしながら、ハリーはルーシーを見遣る。
「あぁ、マキタ君にしか話せない」
ハリーは眉を顰め、ルーシーに視線を定める。その表情はマスクに隠れているが、平素は堂々として相手を見ているかれの伏し目がちな視線に、明るい話題では無い事を悟った。
「はっきり言うよ、最近、音楽に対するモチベーションが無いんだ」
「そう、か……その、やっぱり、こう、ライブも出来ないからか?」
ハリーは首を傾げて見せるが、ルーシーは動かない。
「いや、この数年、段々とやる気が無くなってきた」
「燃え尽き症候群ってやつか?」
「多分、燃え尽きているのはアマミ君だ」
「どういう意味だ?」
「僕はアマミ君が本当に救い様の無い人間である事を承知の上で、それでも彼の才能に力を貸す価値が有ると思って今日まで付き合ってきた。けど、それももう限界だ。最近の彼には、力を貸すだけの価値が無い」
元よりルーシーははっきりと物を言う。時としてそれは無遠慮で、場合によっては実力行使すら辞さないが、ハリーはそれに何年も付き合っている。だが、この時ばかりはその発言に耳を疑わざるを得なかった。
「おいおい、こりゃまた辛辣だな……まさか、喧嘩でもしたか?」
「あのアルバムを聴けば分かる。マキタ君はもう聴いたか?」
ルーシーの視線がはっきりとハリーに向けられた。
「アルバム……アマミのソロアルバムか?」
「あれは聴くに堪えない。売れ筋の曲を作る事も才能ではあるが、あまりにも流行に媚びて品行方正、潔癖な世情を鑑みてもなお色気の欠片もなければ、曲自体にも面白みが感じられない。あれじゃあもう付いて行けない。僕は……彼の内に秘め切らない猥雑な感性、貞操観念のぶっ壊れた愛欲の苦悩や身勝手でも人間臭い愛情から生まれる作品が好きだった。そして、古臭く、時に海外を見るにはあまりにも内向きな歌謡曲じみたセンスも、それをレトロフューチャー的に駆使出来るコンポーザーであると思っていた。だが、あのアルバムは完全に内向きでアイドル的、ウェンブリーを目指したロックスターとは思えない仕上りに聴こえた」
ハリーは黙り込むしかなかった。
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