2 / 84
第一章 The war ain't over!
1-2 トラウマ掘削機(2022年晩冬)
しおりを挟む
「……まあ、そう言わずに少し聞いてくれ」
ハリーはコーヒーに口を付け、此処に至る経緯を語り始めた。
「もしかしたら、そのゴシップのトピックで知っていたかもしれないが、半年ほど前からウメは無期限休養中。実態は脱退するかしないかの猶予期間に入っている。どうも最近のアマミは品行方正で、やる気が無くなった、とな。次のレコーディング準備に入ったら決められるかと思ったんだが、今度はコリーがシゲ剣崎のサポートに専念したいと言い出したんだ。一応、慰留は試みたんだが、まあ、無理だったよ。もっと大きなステージで演奏したいっていうのは理解出来るし、シゲ剣崎のサポートという経歴は、それを辞めてからもきっと役に立つだろうからな」
黒髪の男は特に何の感慨も無い様子で、ただ、ハリーの話を聞いていた。
「そこで後任を探してはいるんだが……レコーディングの感性や、ステージでの掛け合いを考えると適任者はなかなか見つからない。ライブをするにもまだ規制は続くし、オンラインで何かするとなると、気心知れた相手の方がいいに決まってる。それでウメと少し話をしたんだが……どう考えても今すぐ見つかる最適解は、レイン、お前さんを呼び戻す事になっちまったんだよ」
黒髪の男、レインは盛大に溜息を吐き、ソーダを一息に吸い上げた。
「……あのさあ、短絡的だと思わないんですか。隆君は俺の身内ですから、俺を推挙すると思います。だからってハル兄までそれに乗らないで下さい」
「だが、バンドを辞めてから、海外レコーディングや海外レーベルからのデビューをしたんだろ?」
白い指先が、黒髪を抱え込んだ。
「……彼から何を聞いたか知りませんけど、それ、きっと認識が違います」
「どういう事だ?」
「その海外レコーディング、何処で何をしたと?」
「え、あ……細かい事までは聞いてなかったな」
「じゃあ、どういうイメージです?」
「え……そ、そりゃ、アメリカ、いや、お前さんの場合は……イギリスか? とにかく、向こうのスタジオでアルバム作ったんだろ?」
レインは深い溜息を吐き、机に就いた肘に頭を任せる。
「行先はフィンランドの森の中、スタジオはお手製の小屋、レコーディングエンジニアはレーベルの社長、何故か標準装備のサウナに引き摺り込まれて、そこで焼いたソーセージを食わされる、それが俺の海外レコーディングですよ」
「え……」
ハリーには想像がつかなかった。フィンランドの森の中も、サウナで焼かれるソーセージも。
「後、海外レーベルとは言いますけど、会社は独立零細マニア向けのレーベルで、費用は全面自力作業でぎりぎり黒字、商品は海外拠点の通販で細々売っただけですよ」
「通販……何枚くらい売ったんだ?」
「海外レコーディングしたプロジェクトは百枚、デビューアルバムは五十枚」
「ご、ごじゅう?」
ハリーは思わず声を大にする。
「現物は五十。後からデジタル配信やストリーミングが始まったので、収益はそれ以上に出ましたけど」
「同人レベルじゃねえかよ……なんだって海外から」
「デモテープを送った縁です。零細インディーズですけど、それ故、社長が出すといえば話は決まりです」
「はぁ……で、国内でどのくらい売れたんだ」
「さあ、十枚も流通してないんじゃないですか? そもそもデプレッシブ・ブラックメタルの市場は母数が小さいですし」
「で、でぷ……」
「デプレッシブ・ブラックメタル。興味があれば調べてみて下さい、メジャーなロックシーンには縁の無い暗黒が広がっていますから」
ハリーはコーヒーに口を付け、此処に至る経緯を語り始めた。
「もしかしたら、そのゴシップのトピックで知っていたかもしれないが、半年ほど前からウメは無期限休養中。実態は脱退するかしないかの猶予期間に入っている。どうも最近のアマミは品行方正で、やる気が無くなった、とな。次のレコーディング準備に入ったら決められるかと思ったんだが、今度はコリーがシゲ剣崎のサポートに専念したいと言い出したんだ。一応、慰留は試みたんだが、まあ、無理だったよ。もっと大きなステージで演奏したいっていうのは理解出来るし、シゲ剣崎のサポートという経歴は、それを辞めてからもきっと役に立つだろうからな」
黒髪の男は特に何の感慨も無い様子で、ただ、ハリーの話を聞いていた。
「そこで後任を探してはいるんだが……レコーディングの感性や、ステージでの掛け合いを考えると適任者はなかなか見つからない。ライブをするにもまだ規制は続くし、オンラインで何かするとなると、気心知れた相手の方がいいに決まってる。それでウメと少し話をしたんだが……どう考えても今すぐ見つかる最適解は、レイン、お前さんを呼び戻す事になっちまったんだよ」
黒髪の男、レインは盛大に溜息を吐き、ソーダを一息に吸い上げた。
「……あのさあ、短絡的だと思わないんですか。隆君は俺の身内ですから、俺を推挙すると思います。だからってハル兄までそれに乗らないで下さい」
「だが、バンドを辞めてから、海外レコーディングや海外レーベルからのデビューをしたんだろ?」
白い指先が、黒髪を抱え込んだ。
「……彼から何を聞いたか知りませんけど、それ、きっと認識が違います」
「どういう事だ?」
「その海外レコーディング、何処で何をしたと?」
「え、あ……細かい事までは聞いてなかったな」
「じゃあ、どういうイメージです?」
「え……そ、そりゃ、アメリカ、いや、お前さんの場合は……イギリスか? とにかく、向こうのスタジオでアルバム作ったんだろ?」
レインは深い溜息を吐き、机に就いた肘に頭を任せる。
「行先はフィンランドの森の中、スタジオはお手製の小屋、レコーディングエンジニアはレーベルの社長、何故か標準装備のサウナに引き摺り込まれて、そこで焼いたソーセージを食わされる、それが俺の海外レコーディングですよ」
「え……」
ハリーには想像がつかなかった。フィンランドの森の中も、サウナで焼かれるソーセージも。
「後、海外レーベルとは言いますけど、会社は独立零細マニア向けのレーベルで、費用は全面自力作業でぎりぎり黒字、商品は海外拠点の通販で細々売っただけですよ」
「通販……何枚くらい売ったんだ?」
「海外レコーディングしたプロジェクトは百枚、デビューアルバムは五十枚」
「ご、ごじゅう?」
ハリーは思わず声を大にする。
「現物は五十。後からデジタル配信やストリーミングが始まったので、収益はそれ以上に出ましたけど」
「同人レベルじゃねえかよ……なんだって海外から」
「デモテープを送った縁です。零細インディーズですけど、それ故、社長が出すといえば話は決まりです」
「はぁ……で、国内でどのくらい売れたんだ」
「さあ、十枚も流通してないんじゃないですか? そもそもデプレッシブ・ブラックメタルの市場は母数が小さいですし」
「で、でぷ……」
「デプレッシブ・ブラックメタル。興味があれば調べてみて下さい、メジャーなロックシーンには縁の無い暗黒が広がっていますから」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サイデュームの宝石 転生したら悪役令嬢でした
みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった人達のお話です。
せつない話を書きたくて書きました。
以前かいた短編をまとめた短編集です。
更に続きの番外編をこちらで連載中です。
ルビーの憂鬱で出てくるパイロープ王国の国王は『断罪される前に婚約破棄しようとしたら、手籠にされました』の王太子殿下です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる