4 / 4
神様不在のクリスマス
しおりを挟む
すっかり日が暮れ、冷え込みも強まってきた頃、二人で使うには狭い机の上には、方や一膳の箸、方や一揃いのカトラリーが用意されていた。
「言葉もそうだけど、お箸の使い方も慣れておかないと何かと不便よ……動画を見るのもいいけれど、練習用の玩具を古道具屋かマーケットプレイスで探してみるといいわ」
「う、うん……」
ミヒャエルは出された皿を見て首を傾げた。
「鳥のソテー?」
「えぇ。クリスマスに便乗して、近所のスーパーに沢山並んでたの。クリスマスが何の日か、本来の意味を大分無視してる国だから、何でも有りよ」
リディアは信仰らしい信仰を持たず、クリスマスの記憶には、まだ父親と母親が一緒に居た幼い頃に食べたシュトーレンと、母親が母親らしかったその頃、一緒に作った|お菓子の家〈ヘクセンハウス〉しか残っていない。
「そういや、高速道路の途中に在ったパーキングも、なんか賑やかだった」
「クリスマスっていうのは、年末の大売り出しみたいな物だからね……まあ、私みたいに、これといって何も信じていない人間にとっては、こういういい加減な宗教観の国っていうのは、とてもありがたいわ」
「確かに……」
しかし、ミヒャエルにとってリディアは無神論者ではなかった。神様ではなく食材そのものへの感謝を食前と食後の挨拶に込める日本の文化に倣うリディアの姿は、彼にしてみれば一種のアニミズムの様な信仰を持っている様に見えるのだ。
「ところで……お父さんはこっちに住んでるんだよね」
ミヒャエルはふと気になり、尋ねてみた。
「そうね……でも、パパは私がドイツに戻った後、日本人の女の人と結婚して、今は別の家庭を持ってるから……私が日本に来た事、パパには言わなかったの」
「そっか……」
「それに……もし、会ってしまったら……あのバカ女の子供と同じ様に、私はきっと恨んでしまうと思うの。パパの事は恨んでなんて無いし、私がハイスクールを出るまで結婚せずに居てくれたけれど……今更年の離れた兄弟がいるっていうのも奇妙だし、彼らも私を受け入れはしないだろうし……何より、私を散々不幸にしておいて、今更幸せになるなんて許せるわけがないの。私、イエス様じゃないから」
「別に許さなくていいと思うけどな」
「え?」
「極貧生活して倒れから見たって、君は不幸だよ。少なくとも、俺はまだ保護者が必要な歳の間は、ちゃんとその監督下にあって、危ない国に連れて行かれたり、学校に通えなかったりなんていう事は無かった」
「ミヒャエル……」
「だからかな。俺は……どうしても君の事が気になって、傍に居たくて、出来る事なら……守りたいと思うのは」
リディアは目を瞠った。
この男は、何を言っているのか、と。
「今となっては……親からは見放されて、バンドのリーダーの座も無くなってしまったけど……それでも俺は、まだ幸せだと思ってる」
リディアは首を傾げた。
「何に縛られる事も無く、君の傍に居ていいんだから」
二人は真顔で見つめ合った。そして、無言でリディアは其処に有った沢庵をひと切れ、ミヒャエルの顔に投げつけた。
「時差ボケしてんじゃないわよ」
顔に張り付いた沢庵を剥がしながら、ミヒャエルは思った。
クリスマスも何も関係なく、彼女と二人、ただ当たり前の日々が続くなら、それが何処であろうと構わない、と。
「……俺、決めたよ」
リディアは再び首を傾げる。
「君は……ドイツに戻った事後悔してるかもしれないけど……俺は、君がドイツに戻ってこなかったら君に出会えなかった。だから……ドイツに戻った事、後悔しなくていいくらい、君の事を幸せに」
幸せにする。そう言い切る前に、ミヒャエルの口には沢庵が押し込まれた。
それはザワークラウトよりは酸っぱくなく、サラミの様にしょっぱかった。
「言葉もそうだけど、お箸の使い方も慣れておかないと何かと不便よ……動画を見るのもいいけれど、練習用の玩具を古道具屋かマーケットプレイスで探してみるといいわ」
「う、うん……」
ミヒャエルは出された皿を見て首を傾げた。
「鳥のソテー?」
「えぇ。クリスマスに便乗して、近所のスーパーに沢山並んでたの。クリスマスが何の日か、本来の意味を大分無視してる国だから、何でも有りよ」
リディアは信仰らしい信仰を持たず、クリスマスの記憶には、まだ父親と母親が一緒に居た幼い頃に食べたシュトーレンと、母親が母親らしかったその頃、一緒に作った|お菓子の家〈ヘクセンハウス〉しか残っていない。
「そういや、高速道路の途中に在ったパーキングも、なんか賑やかだった」
「クリスマスっていうのは、年末の大売り出しみたいな物だからね……まあ、私みたいに、これといって何も信じていない人間にとっては、こういういい加減な宗教観の国っていうのは、とてもありがたいわ」
「確かに……」
しかし、ミヒャエルにとってリディアは無神論者ではなかった。神様ではなく食材そのものへの感謝を食前と食後の挨拶に込める日本の文化に倣うリディアの姿は、彼にしてみれば一種のアニミズムの様な信仰を持っている様に見えるのだ。
「ところで……お父さんはこっちに住んでるんだよね」
ミヒャエルはふと気になり、尋ねてみた。
「そうね……でも、パパは私がドイツに戻った後、日本人の女の人と結婚して、今は別の家庭を持ってるから……私が日本に来た事、パパには言わなかったの」
「そっか……」
「それに……もし、会ってしまったら……あのバカ女の子供と同じ様に、私はきっと恨んでしまうと思うの。パパの事は恨んでなんて無いし、私がハイスクールを出るまで結婚せずに居てくれたけれど……今更年の離れた兄弟がいるっていうのも奇妙だし、彼らも私を受け入れはしないだろうし……何より、私を散々不幸にしておいて、今更幸せになるなんて許せるわけがないの。私、イエス様じゃないから」
「別に許さなくていいと思うけどな」
「え?」
「極貧生活して倒れから見たって、君は不幸だよ。少なくとも、俺はまだ保護者が必要な歳の間は、ちゃんとその監督下にあって、危ない国に連れて行かれたり、学校に通えなかったりなんていう事は無かった」
「ミヒャエル……」
「だからかな。俺は……どうしても君の事が気になって、傍に居たくて、出来る事なら……守りたいと思うのは」
リディアは目を瞠った。
この男は、何を言っているのか、と。
「今となっては……親からは見放されて、バンドのリーダーの座も無くなってしまったけど……それでも俺は、まだ幸せだと思ってる」
リディアは首を傾げた。
「何に縛られる事も無く、君の傍に居ていいんだから」
二人は真顔で見つめ合った。そして、無言でリディアは其処に有った沢庵をひと切れ、ミヒャエルの顔に投げつけた。
「時差ボケしてんじゃないわよ」
顔に張り付いた沢庵を剥がしながら、ミヒャエルは思った。
クリスマスも何も関係なく、彼女と二人、ただ当たり前の日々が続くなら、それが何処であろうと構わない、と。
「……俺、決めたよ」
リディアは再び首を傾げる。
「君は……ドイツに戻った事後悔してるかもしれないけど……俺は、君がドイツに戻ってこなかったら君に出会えなかった。だから……ドイツに戻った事、後悔しなくていいくらい、君の事を幸せに」
幸せにする。そう言い切る前に、ミヒャエルの口には沢庵が押し込まれた。
それはザワークラウトよりは酸っぱくなく、サラミの様にしょっぱかった。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

神様のいない冬
詩方夢那
ライト文芸
ロクな事の無かったミュージシャン達が、またクリスマス・パーティーを開こうというお話。
『パーティー会場は密室だった』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/835588464/597445029)の流れにあるお話ですが、これだけでも楽しめます。
そして、こちらにもヘヴィメタルが好きな方にはちょっと分かるかもしれないネタが混ぜ込まれております。前作と同じく、本格的な文芸作品でもないので、さくっとお楽しみいただければと思います。
原案執筆:令和元年十二月。完成:令和二年十二月。

パーティー会場は密室だった
詩方夢那
ライト文芸
ミュージシャンの若者達がクリスマス・パーティーを開こうと準備をしていたその夜、戸締りしたはずの貸倉庫の中が酷く荒らされていた。それはいったい誰の仕業だったのか……。
ヘヴィメタルが好きな人なら何となく笑ってくれそうなネタを仕込んだ、ミステリーの様なコメディ短編。
キャラ文芸というほど濃くもないけど、真面目な文学というわけでもないので気軽にお楽しみいただければと思います。
平成三十年十二月執筆、令和元年六月改稿。

魅了魔法にかかって婚約者を死なせた俺の後悔と聖夜の夢
鍋
恋愛
『スカーレット、貴様のような悪女を王太子妃にするわけにはいかん!今日をもって、婚約を破棄するっ!!』
王太子スティーヴンは宮中舞踏会で婚約者であるスカーレット・ランドルーフに婚約の破棄を宣言した。
この、お話は魅了魔法に掛かって大好きな婚約者との婚約を破棄した王太子のその後のお話。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※魔法のある異世界ですが、クリスマスはあります。
※ご都合主義でゆるい設定です。

【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。
BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。
だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。
女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね?
けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる