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第四章 ゲームなら、絶対悪質チーターです
72.ミハミズモスの鐘楼:白骨
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魔獣が嫌う薬草の詰め込まれた発煙筒に火が点され、導火線の焦げる臭いが立つ。吸血鬼が地下貯蔵庫の入り口に転がした発煙筒は、二段ほど階段を転がり落ちた。
「おそらく地下は水没しているでしょう。飛び出してくるというよりは、這い出して来る者の方が多いかもしれません」
「だろうな」
トーマは先端に水晶を抱えた杖を握り、その先端を貯蔵庫の入り口に向ける。程無くして湿った砂利がこすれ合うような音を立てながら、一匹の蛇が這い出してきた。
「売れるか?」
「売れませんね」
「そうか」
杖の先から放たれた一筋の光が、蛇の頭と胴体を分かつ。その間に吸血鬼の男は小さな足音が近づくのを察知する。
「魔獣かどうかはわかりませんが……害獣という害獣が沸いているようですね」
「疫病は御免だ、焼き払う」
トーマは杖を構え直す。程無くして階段を駆け上がってきた数匹の鼠が姿を現した。それは肥えているというよりは巨大化したという大きさで、禍々しい邪気を帯びていた。
「思ったより少ないですね……ん?」
吸血鬼は奇妙な音を聞いた。それは、何か硬い物が石の階段に触れたような音だった。
「何か来る……」
トーマは人型の何かを相手にするような構えをとった。
硬い音を立てながら二人の前に現れたのは、人骨。
「野盗のなれの果てですか……」
髑髏に瞳は無いが、明らかにそれは二人を認識し、骨だけにもかかわらず、その手には野伏が持つのと同じ様な短刀を持っている。
吸血鬼は両刃の重い剣を引き抜いた。
「叩き壊せ」
吸血鬼の低い声に続いたのは、白骨が振り下ろす短剣が風を切る音。
吸血鬼とトーマはその一撃を交わし、白骨に強い打撃を与えようとする。トーマはむき出しの白骨を砕こうとするが、一切の筋肉を持たないにもかかわらず白骨は俊敏だった。他方、その背後に回り込んだ吸血鬼は白骨の背骨を断ち切ろうと試みる。彼の剣は生身の人間の首を刎ねるだけの威力を持っていた。
白骨がトーマに狙いを定めている間に吸血鬼はその背骨を分断する。だが、下半身だけになった白骨は不気味に走り回った。
「気色悪ぃ!」
トーマの杖の先からは強い浄化の魔力を帯びた光が放たれるが、体の下半分だけで走り回る白骨には効果が無い。
「こちらですよ!」
吸血鬼は暴れる上半身の肩を踏み割りながら叫んだ。
トーマは走り回る骨盤から吸血鬼に視線を移す。すると、吸血鬼は勢いよく髑髏を踏みつけて粉砕した。トーマはその光景に息を呑んだ。本来なら脳髄が詰まっているはずの頭蓋骨の中に有ったのは、丁度、脳髄と同じほどの大きさがある光る石。だが、それは何か粘液質の物に覆われてその大きさになっているようだった。
「浄化魔法を」
吸血鬼は粘液質の何かに覆われたそれを、トーマの足元へと放り投げる。
相変わらず骨盤が乾いた音を立てて走り回る中、トーマは気色の悪い物体に浄化魔法の光を浴びせる。すると、粘液質の物体は干上がって塵の様になり、トーマの拳よりは一回りほど小さな光る石が姿を現す。そして、トーマの周りで音を立てていた骨盤は、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ち、禍々しい気配も消え失せた。
「これは一体……起き上がりか?」
崩れ落ちた白骨を見回しながら、トーマは吸血鬼に問う。
「不死鬼は死ぬ間際、あるいは死んで程無くの死体に邪気が憑りついた者ですから、起き上がりとはいえませんね……」
「それじゃあ、死んでから何かに憑依されたとか?」
「かもしれません。先程頭蓋骨の中から出てきたのは、不浄な物の塊が、何らかの魔力を帯びた物体と混ざり合って出来る下等な魔物によく似ていました……おそらく、死後しばらく経ってから、死肉食の下等な魔物がこの者の死肉を貪り、結果的に憑依したのでしょう……そのナイフは野伏が好んで持つ物でしょうから、この者も同じ様に放浪していたのではないでしょうか」
トーマは転がるナイフを見遣る。
「そうだな……しかし、その光る石、魔獣の腹から稀に見つかる物ではあるが、正体を知っているのか?」
「詳しくは分りませんが……魔王の宝石がある様に、魔族は磨くと光る石を用いて自らの魔力を増幅させたり、魔力を持たない者に力を貸す事が有ります。その研磨で生じた粉塵が、石の帯びた魔力で再び結晶となった物ではないでしょうか。ただ、その魔力は主の制御を離れていますから、こうして下等魔獣に変ずるのでしょう……尤も、魔王の力が有った頃はこうした些末な魔力は問題にならなかったのですが」
「だが、そうだとするなら魔法の石を研磨した魔族が責められる事になるだろう」
「確かにそうですね。しかしながら、魔族は長い間石の研磨をして、その多くは魔力を持った石として加工されてきました。そして人間の手に渡った物は魔力を失い、ただの宝石になっていきます……魔族が長い間、石を研磨してもこの様な魔物が生まれなかったのは、魔王の力が有ったからです。それだけ魔王の力は、全ての魔力を持つ者を統率する事が出来ていたのです」
「そうか……」
「……忌避剤はもう燃え尽きたようですね」
「その様だな」
薬草の燃えた刺激臭はまだ立ち込めているが、魔獣と思しき生物は出てこない。
「魔獣の駆除が終わったら、地下に溜まっている水の抜き取りをさせなければなりませんね」
「そうだな……地下からこれ以上出てきそうにないなら、上に行くか」
「えぇ。皆さんを呼んできましょう」
吸血鬼は剣を収め、周辺に散った一行を呼び寄せるべく外へ出た。
「おそらく地下は水没しているでしょう。飛び出してくるというよりは、這い出して来る者の方が多いかもしれません」
「だろうな」
トーマは先端に水晶を抱えた杖を握り、その先端を貯蔵庫の入り口に向ける。程無くして湿った砂利がこすれ合うような音を立てながら、一匹の蛇が這い出してきた。
「売れるか?」
「売れませんね」
「そうか」
杖の先から放たれた一筋の光が、蛇の頭と胴体を分かつ。その間に吸血鬼の男は小さな足音が近づくのを察知する。
「魔獣かどうかはわかりませんが……害獣という害獣が沸いているようですね」
「疫病は御免だ、焼き払う」
トーマは杖を構え直す。程無くして階段を駆け上がってきた数匹の鼠が姿を現した。それは肥えているというよりは巨大化したという大きさで、禍々しい邪気を帯びていた。
「思ったより少ないですね……ん?」
吸血鬼は奇妙な音を聞いた。それは、何か硬い物が石の階段に触れたような音だった。
「何か来る……」
トーマは人型の何かを相手にするような構えをとった。
硬い音を立てながら二人の前に現れたのは、人骨。
「野盗のなれの果てですか……」
髑髏に瞳は無いが、明らかにそれは二人を認識し、骨だけにもかかわらず、その手には野伏が持つのと同じ様な短刀を持っている。
吸血鬼は両刃の重い剣を引き抜いた。
「叩き壊せ」
吸血鬼の低い声に続いたのは、白骨が振り下ろす短剣が風を切る音。
吸血鬼とトーマはその一撃を交わし、白骨に強い打撃を与えようとする。トーマはむき出しの白骨を砕こうとするが、一切の筋肉を持たないにもかかわらず白骨は俊敏だった。他方、その背後に回り込んだ吸血鬼は白骨の背骨を断ち切ろうと試みる。彼の剣は生身の人間の首を刎ねるだけの威力を持っていた。
白骨がトーマに狙いを定めている間に吸血鬼はその背骨を分断する。だが、下半身だけになった白骨は不気味に走り回った。
「気色悪ぃ!」
トーマの杖の先からは強い浄化の魔力を帯びた光が放たれるが、体の下半分だけで走り回る白骨には効果が無い。
「こちらですよ!」
吸血鬼は暴れる上半身の肩を踏み割りながら叫んだ。
トーマは走り回る骨盤から吸血鬼に視線を移す。すると、吸血鬼は勢いよく髑髏を踏みつけて粉砕した。トーマはその光景に息を呑んだ。本来なら脳髄が詰まっているはずの頭蓋骨の中に有ったのは、丁度、脳髄と同じほどの大きさがある光る石。だが、それは何か粘液質の物に覆われてその大きさになっているようだった。
「浄化魔法を」
吸血鬼は粘液質の何かに覆われたそれを、トーマの足元へと放り投げる。
相変わらず骨盤が乾いた音を立てて走り回る中、トーマは気色の悪い物体に浄化魔法の光を浴びせる。すると、粘液質の物体は干上がって塵の様になり、トーマの拳よりは一回りほど小さな光る石が姿を現す。そして、トーマの周りで音を立てていた骨盤は、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ち、禍々しい気配も消え失せた。
「これは一体……起き上がりか?」
崩れ落ちた白骨を見回しながら、トーマは吸血鬼に問う。
「不死鬼は死ぬ間際、あるいは死んで程無くの死体に邪気が憑りついた者ですから、起き上がりとはいえませんね……」
「それじゃあ、死んでから何かに憑依されたとか?」
「かもしれません。先程頭蓋骨の中から出てきたのは、不浄な物の塊が、何らかの魔力を帯びた物体と混ざり合って出来る下等な魔物によく似ていました……おそらく、死後しばらく経ってから、死肉食の下等な魔物がこの者の死肉を貪り、結果的に憑依したのでしょう……そのナイフは野伏が好んで持つ物でしょうから、この者も同じ様に放浪していたのではないでしょうか」
トーマは転がるナイフを見遣る。
「そうだな……しかし、その光る石、魔獣の腹から稀に見つかる物ではあるが、正体を知っているのか?」
「詳しくは分りませんが……魔王の宝石がある様に、魔族は磨くと光る石を用いて自らの魔力を増幅させたり、魔力を持たない者に力を貸す事が有ります。その研磨で生じた粉塵が、石の帯びた魔力で再び結晶となった物ではないでしょうか。ただ、その魔力は主の制御を離れていますから、こうして下等魔獣に変ずるのでしょう……尤も、魔王の力が有った頃はこうした些末な魔力は問題にならなかったのですが」
「だが、そうだとするなら魔法の石を研磨した魔族が責められる事になるだろう」
「確かにそうですね。しかしながら、魔族は長い間石の研磨をして、その多くは魔力を持った石として加工されてきました。そして人間の手に渡った物は魔力を失い、ただの宝石になっていきます……魔族が長い間、石を研磨してもこの様な魔物が生まれなかったのは、魔王の力が有ったからです。それだけ魔王の力は、全ての魔力を持つ者を統率する事が出来ていたのです」
「そうか……」
「……忌避剤はもう燃え尽きたようですね」
「その様だな」
薬草の燃えた刺激臭はまだ立ち込めているが、魔獣と思しき生物は出てこない。
「魔獣の駆除が終わったら、地下に溜まっている水の抜き取りをさせなければなりませんね」
「そうだな……地下からこれ以上出てきそうにないなら、上に行くか」
「えぇ。皆さんを呼んできましょう」
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※他サイトにも掲載中

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