三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第三章 異世界だけど、現実的です

68.西への旅路:対面

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 アスピダ一行がミハミズモスから引き揚げて数日後、吸血鬼を除く面々はメテオーロと共に歓楽街を訪れていた。
「娼館の空き部屋とは、またいい御趣味な事で」
 郵便物を受け取る為だけに存在する様な、物置にもならないエフサが拠点となったアスピダ一行が集まれる場所は多くなく、ボスウェリアが用意したのは、彼が経営する娼館の空き部屋だった。
「家賃が払えねぇんだし、多少は堪えてくれ。それに此処はただの娼館じゃねぇ、高級娼婦を抱えた娼館だ。ただ肉欲を満たす為の客はまずこねぇし、娼婦達も同業者かどうか、客かどうかは一目で見抜ける格上の娼婦ばかりだ。無論、客も相手になる娼婦と素人の区別くらいついてる、というか、客の大半は大店の店主や政治家みたいな連中だよ」
 事情を知らないアナスタシアはマントを身に着けずに娼館に来ていたが、明らかに娼館で働く女性達とは身なりが違っていた。
「それで、木を隠すなら森の中よろしく、有象無象を隠す場所に、なんで私を連れてきたわけ?」
「会わせたいやつが居る。この先このギルドで行動出来るかどうか、まずは顔を見てくれ」
 メテオーロが一行を案内した先に有ったのは、娼館らしい過剰な装飾の割に貧相な調度品が据えられた部屋だった。
 中には吸血鬼の男と、一行には見知らぬ二人の人物が座っていた。
「おかけになって下さい」
 吸血鬼に言われるまま、一行は腰を下ろす。
「メテオーロから聞いているでしょうが、卿は此処に居る二人を我々のギルドに加えてはどうかと提案されました」
「後ろ盾とはいえ、随分と強引ね」
「事情が分かれば納得して頂けるでしょう」
 吸血鬼の男は二人の人物を見遣る。すると、フードを被ったまま座っていた一人が立ち上がる。
「お初にお目にかかるのは、そちらのお三方だけでしょう」
 フードを脱いだその人物は、白金の様に輝きを帯びた生糸にも似た銀髪の青年だった。
「……まさか、あの時の!」
 メテオーロの言葉に、一同の視線が彼へと注がれる。
「その節は失礼いたした。私の名はトーマ、暁ヶ淵のクロガネの息子だ」
 その奇妙な名乗りにアナスタシアとオルド、そしてジーナは怪訝に表情を曇らせる。
「彼は長らく中州の中ほどを放浪していた野伏で、東国との不正貿易に絡んで我々に目を付けたそうです……とはいえ、憲兵隊が各地に拠点を増設している流れから、中州の野伏の殆どは散り散りになったと」
「それで、その野伏が一体どうして」
 アナスタシアはトーマを睨む様に見つめる。しかし、トーマの視線はメテオーロに向けられていた。
「メテオーロ殿、あなたの持つその腕輪です……それはある種の呪いを受けている物であり、オークを引き寄せている」
 事情を知らない者はメテオーロを凝視する。
「その様だな……」
「しかし、それはあなたが持っていなければならぬ物……私はその腕輪とその主を守らなければならない」
「……話は後で聞かせてくれ。それで、お前さんは何が出来る」
 メテオーロはトーマを凝視する。
「オークだろうが何だろうが、邪なるものを駆逐する。多少の魔術であれば使う事も出来る」
「……そういうわけです。おそらく、野伏の戦いを見ていれば想像がつくでしょう」
 吸血鬼の男は目を伏せて呟く。
「でも、私達に害をなそうとした人じゃない、そんな人をどうして」
 吸血鬼を睨みつけ、アナスタシアは語気を強める。だが吸血鬼は答えず、トーマが口を開いた。
「事ここに至った以上、あなた方と対立するつもりはない」
「そんな事信じると思ってる?」
「今や私に貴方方と対立する理由は無くなった。野伏の頭領は不正貿易を糾弾していたが、今や私は流浪の者に過ぎぬ」
「アナスタシア。疑いたくなるのも無理は無いが、今は彼を信じてくれ」
 窘められ、アナスタシアはメテオーロを見遣る。
「別にお前さんに危害を加えようとしたわけでもないんだ」
 アナスタシアは舌打ちする様に歯噛みした。
「では、もう一方紹介させて下さい」
 トーマに続いて立ち上がったのは、幾分小柄な人影で、フードの下には鮮血の色をした巻き毛が隠されていた。
「お初にお目にかかります、シダージより参りました、イロハと申します」
 突然現れた女性にアナスタシア達は困惑した。
「そちらに居られるボスウェリア殿が雇われた方にご縁が有り、此処にお招きいただきました。私には、多少なりと魔術の知識があります。おそらく皆様のお役に立てる事でしょうから、是非ともご一緒させていただきたく存じます」
「魔法使い、ねぇ……」
 アナスタシアは怪訝にイロハを見遣る。
「多勢に無勢の状況を打開する時、魔術は有効な手段になります。是非一度、彼女が同魔獣に対処するのかを見てから判断していただけますか」
 アナスタシアは黙って吸血鬼を見遣り、視線を床に落とす。
「早速ですが、卿を通して一件の依頼を保留しています」
 突然の話題に一同は目を丸くする。
「実はミハミズモスの街には鐘楼が有るのですが、線路にほど近い街の外れに有り、夜な夜な魔獣と思しき獣が姿を見せているそうです。鐘楼の近くには研磨に使う石材を採掘していた場所があり、其処の空間に何か巣食っているのではないかと疑われています……其処で、我々にその周辺の調査と、鐘楼の魔獣退治を依頼したいとの事でした」
「つまり……その仕事を引き受けるなら、其処の二人を同行させろ、と?」
「はい」
 アナスタシアは眉を顰める。
「気は進まないけど……報酬はいくらなの?」
「報酬は有りません」
「は?」
「交通費と宿代は卿から借り受けています。ただし、調査する土地は国有地で、鐘楼の魔獣に困っているのは周辺の住民……特定の個人からの依頼ではありません」
「じゃあ無理よ」
「しかし、もし其処に価値の有る魔獣が居るとしたらどうでしょう」
「どういう意味?」
「魔獣の腹には魔獣を魔獣たらしめているオーブが眠っています。そしてそれは魔力を帯びた貴重な品として、一部では高値で取引されています」
 吸血鬼はメテオーロに目配せする。
「あぁ、そのオーブはそれなりの価値になるし、魔獣によってその価値は変わる……この数年、俺はそいつを売って食いつないできたんだ」
 メテオーロの言葉に、アナスタシアは目を伏せる。
「ただ、鐘楼に巣食うのは以前退治したイタチとはまるで異なる物でしょうから、魔術師の力も有るに越した事は有りません」
「……分かった。だけど、その利益の配分はどうするの? 私達はギルド従業員として生活がかかってるし、見ず知らずで正式な従業員でもない人と等分って言うのは腑に落ちないわ」
「ご安心下さい。収入次第ですが、成果が乏しい場合には正式な従業員だけで等分する事をお二人とも了承しています」
「そう……まぁいいわ。公認じゃなくなった以上、えり好みしてられないし」
「では、引き受けるという事でよろしいですね」
 一同から異論は無かった。
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