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第三章 異世界だけど、現実的です
67.西への旅路:名もなき出会い
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駅馬車でシダージを絶ったイロハは渡し船の船着き場へと向かい、北上する列車でカリキへと接近する。
カリキまでは駅から更に乗合馬車を待つ事になるが、既に夕刻が近く、イロハは徒歩で向かえる限界であるカヴァロを目指して歩き始めた。
同じころ、東方面で試験運行が始まり、大河の中ほどから船着き場の近辺までを走るようになった列車から船を経て大陸中央に到着したその男は狼に跨り、カリキへと向かっていた。
男は大陸中央を拠点とする野伏の集団に属していたが、度重なるオークの出現と、関係性の高かった村に憲兵が拠点を構える将来に活動の継続を断念し、集団は散会となった。中でも大陸北部、東側の川に掛けられたドワーフの橋の先にある小さな村に憲兵が拠点を整備し始めた事は彼等にとっての死活問題だった。東側の町の多くは帝都政権に批判的で、山賊や魔獣から自分達を守った野伏に対する信頼が高かったのだ。
カリキへと向かうこの男は仲間のシコンと共に大陸北東に有るヴァルトシュタットへと引き上げ、足袋の装備を整えると再び小屋を離れた。彼はこの二十数年間安住の地を持たず、なおも離れられない故郷を見下ろすヴァルトシュタットの小屋に僅かな荷物を残し、野伏の一員として生きていた。
単身、相棒の白い魔狼とともに再び大陸中央の原野を掛けていると、不穏な気配が感じられた。
「うそでしょ……」
男が魔狼と共にその原野を駆けている頃、同じく原野を進んでいたイロハは突然現れたオークと対峙した。
〔アフトクラートラス……〕
イロハは知っていた。自分が負わされたその呪いを。彼女は意を決して刀を引き抜き、柄を握りしめる。
魔力を帯びた一撃が命中すれば、兜越しにも頭は割れる。だが、その魔力が途切れてしまえば、オークの腕力に刀を折られるのは明白だった。
〔アフトクラートラス……〕
歪んだ声が紡ぐのは、渇望。短い剣を抜き、オークは力任せに振りかぶった。
その刹那、オークは真横から飛び出してきた狼と、その乗り手になぎ倒される。
イロハは目を瞠って塊となった三体が突っ込んだ方を見る。すると、狼の乗り手はオークの手から離れた黒い剣を、持ち主の首に突き刺した。
『何処に行くんだ?』
立ち上がった男はイロハを見た。
『……カリキ』
『ならついて来い。丁度用が有る』
『そう……それじゃあ、そうさせてもらうわ』
イロハは抜いた刀を鞘に納め、狼を連れた男と歩いた。そしてカヴァロの乗合馬車の停留所に就き、思わず顔を見合わせた。
カヴァロとカリキを結ぶ短距離の乗合馬車は、馬車とは呼べないほど貧相な物で、屋根どころか座席すらも無いただの荷車に人を乗せて運ぶ物でしかなかった。
『歩こう。歩けん距離ではない』
『でももう明るくない、灯りは持っているの?』
『あぁ、行くぞ』
二人はカヴァロを発ち、カリキへと進む。
イロハはランプに火を灯し、男は一本の杖を取り出した。その杖の先端には白い石が取り付けられている。
『魔除けとしてはこの上ないわね』
『武器にもなる』
二人がカリキに到着したのは、すっかり暗くなってからの事だった。
『通行手形が無いんで此処で足止めだ』
『そう、それは残念だわ……そうだ、お礼と言っちゃあなんだけど、これを差し上げるわ』
イロハは懐に手を入れ、数珠玉細工を一つ取り出した。
『指輪よ。小さな数珠玉で編んで作ったの、大地の守護のまじないを掛けてある』
男は手のひらにそれを受け取った。
『女の中指くらいの大きさだから、男のあなたには少し小さいかもしれないけれど、持っているだけでも効果はあるはずよ……それじゃあ』
イロハはフードを深くかぶり、カリキ東側の門へと向かった。
男はその指輪を懐に収め、白い狼に縄をかける。
『さて、行こうか』
カリキまでは駅から更に乗合馬車を待つ事になるが、既に夕刻が近く、イロハは徒歩で向かえる限界であるカヴァロを目指して歩き始めた。
同じころ、東方面で試験運行が始まり、大河の中ほどから船着き場の近辺までを走るようになった列車から船を経て大陸中央に到着したその男は狼に跨り、カリキへと向かっていた。
男は大陸中央を拠点とする野伏の集団に属していたが、度重なるオークの出現と、関係性の高かった村に憲兵が拠点を構える将来に活動の継続を断念し、集団は散会となった。中でも大陸北部、東側の川に掛けられたドワーフの橋の先にある小さな村に憲兵が拠点を整備し始めた事は彼等にとっての死活問題だった。東側の町の多くは帝都政権に批判的で、山賊や魔獣から自分達を守った野伏に対する信頼が高かったのだ。
カリキへと向かうこの男は仲間のシコンと共に大陸北東に有るヴァルトシュタットへと引き上げ、足袋の装備を整えると再び小屋を離れた。彼はこの二十数年間安住の地を持たず、なおも離れられない故郷を見下ろすヴァルトシュタットの小屋に僅かな荷物を残し、野伏の一員として生きていた。
単身、相棒の白い魔狼とともに再び大陸中央の原野を掛けていると、不穏な気配が感じられた。
「うそでしょ……」
男が魔狼と共にその原野を駆けている頃、同じく原野を進んでいたイロハは突然現れたオークと対峙した。
〔アフトクラートラス……〕
イロハは知っていた。自分が負わされたその呪いを。彼女は意を決して刀を引き抜き、柄を握りしめる。
魔力を帯びた一撃が命中すれば、兜越しにも頭は割れる。だが、その魔力が途切れてしまえば、オークの腕力に刀を折られるのは明白だった。
〔アフトクラートラス……〕
歪んだ声が紡ぐのは、渇望。短い剣を抜き、オークは力任せに振りかぶった。
その刹那、オークは真横から飛び出してきた狼と、その乗り手になぎ倒される。
イロハは目を瞠って塊となった三体が突っ込んだ方を見る。すると、狼の乗り手はオークの手から離れた黒い剣を、持ち主の首に突き刺した。
『何処に行くんだ?』
立ち上がった男はイロハを見た。
『……カリキ』
『ならついて来い。丁度用が有る』
『そう……それじゃあ、そうさせてもらうわ』
イロハは抜いた刀を鞘に納め、狼を連れた男と歩いた。そしてカヴァロの乗合馬車の停留所に就き、思わず顔を見合わせた。
カヴァロとカリキを結ぶ短距離の乗合馬車は、馬車とは呼べないほど貧相な物で、屋根どころか座席すらも無いただの荷車に人を乗せて運ぶ物でしかなかった。
『歩こう。歩けん距離ではない』
『でももう明るくない、灯りは持っているの?』
『あぁ、行くぞ』
二人はカヴァロを発ち、カリキへと進む。
イロハはランプに火を灯し、男は一本の杖を取り出した。その杖の先端には白い石が取り付けられている。
『魔除けとしてはこの上ないわね』
『武器にもなる』
二人がカリキに到着したのは、すっかり暗くなってからの事だった。
『通行手形が無いんで此処で足止めだ』
『そう、それは残念だわ……そうだ、お礼と言っちゃあなんだけど、これを差し上げるわ』
イロハは懐に手を入れ、数珠玉細工を一つ取り出した。
『指輪よ。小さな数珠玉で編んで作ったの、大地の守護のまじないを掛けてある』
男は手のひらにそれを受け取った。
『女の中指くらいの大きさだから、男のあなたには少し小さいかもしれないけれど、持っているだけでも効果はあるはずよ……それじゃあ』
イロハはフードを深くかぶり、カリキ東側の門へと向かった。
男はその指輪を懐に収め、白い狼に縄をかける。
『さて、行こうか』
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