三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

文字の大きさ
上 下
65 / 77
第三章 異世界だけど、現実的です

64.対魔獣警備:不吉な者

しおりを挟む
 不機嫌を隠さなかったアナスタシアさえも疲労に負けて睡魔に連れ去られた頃、一人の客が酒場に入った。
 その客は灰色のマントを被った旅人風で、その容貌は伺い知れない。
「麦酒を」
 吸血鬼の男の隣に腰を下ろした男は麦酒を頼み、鉄銭と蝋銭を出す。その蝋銭を見た吸血鬼はフードの下で眉を顰めた。
(シダージの蝋銭……あの野伏か)
 暫くの間得体の知れない男は黙って麦酒を飲んでいたが、やがて呟いた。
「関わったからには教えてやろう……都の洞窟、あれは今や邪の巣窟だ。しかし、其処に巣食う四つ足はあまりにも多く、得体の知れぬものも多い。二つ足は新たな巣を探して走るだろう……悪い事は言わん、早めに手を引け。特別なものを幾つも抱えて戦えるほど生易しくは無い。近くのの民はいずこかの壁の中へと去る。そうなった時、使い潰されたくなければな」
 男は麦酒を飲み干して席を立つ。
 吸血鬼は深追いせず、葡萄酒を一口飲み下す。
(あれは東国のエルフ……野伏に身をやつしているからには、一族はもう居ないか)
 吸血鬼の男が生まれてからというもの、人間の台頭にこの世での生を倦んだエルフの多くが西方へと去るか、あるいは堕落していった。メテオーロもまたそうした中で一族と別れ、この大陸に残った一人である。
 夜明けまで少しの猶予がある頃、眠るでもなく目を閉じていた吸血鬼はただならぬ気配に目を開けた。
(オーク、いや、半オーク……違う、それよりも薄い)
 それは夜明け前に尋ねてきた一人の客だった。他の客と同じく顔を隠しているが、その体には生気がない。かといって、不死鬼の様な狂気も無い。
(あぁ、そうか、穢れた血は、オーク)
 吸血鬼はカリキでの出来事を思い返しながら、メテオーロの肩を叩いた。 
『ディシオノスだ。此処を出るぞ』
 メテオーロは目を瞠り、アナスタシアを起こす。
 吸血鬼もまたオルドとジーナを起こすが、目覚めるなり不機嫌そうなアナスタシアと、疲労のまま動けるかどうかも怪しいオルドを連れて移動する事は困難だと二人は悟る。
『間に合わん』
 振り返ったメテオーロは短く呟き、吸血鬼は短剣を引き抜いた。
 カウンター席に着いていた生気の無い客は席を立ち、一行の席へと近付いている。だが、他の客どころか、女給すらもその事に関心は持たない。
〔アフトクラートラス……〕
 歪んだ声が言葉を紡ぎ、メテオーロは息を呑んだ。
 席を立っていないメテオーロになす術は無く、吸血鬼は短剣を構えるが、重厚な手袋に守られた魔の手は刃事それを奪い取った。
『逃げろ!』
 メテオーロが叫んだ時、何者かの呪文が店の中に響いた。
 メテオーロはその叫びの方を見た。其処に立っていたのは白い光を纏った人影。
『貴様の居場所は冥府だ!』
 光を纏った人影は叫び、白い杖から放たれる光を生気のない人影に向ける。それは酷くまばゆい物で、メテオーロも吸血鬼も目を伏せる。その刹那、湿り気のある鈍い音が立ち、息の詰まるようなうめき声と共に生気の無い人物は前のめりに倒れ込み、メテオーロに覆いかぶさる。
 メテオーロは息絶えたそれを払いのけた。
『星降谷の末裔、あまりにも迂闊だ』
 返す言葉の無いメテオーロは目を伏せる。
『あなたは何者なのですか』
 強い光が消え、吸血鬼は漸く直視出来るようになった人物を見る。
『悪い事は言わん、手を引け。街に戻ったなら、今度こそ名乗ろう……悪いが私は大体の事を知っている』
『おい!』
 メテオーロはその人物を制止しようとするが、その人物は遂に絶命した不審な人物の骸を引き摺りながら店を出て行ってしまう。
「な……なんだったのよ!」
 騒動にすっかり目の覚めたアナスタシアは顔を歪めて悲鳴を上げた。しかし、それに答える者は誰も居なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

処理中です...