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第三章 異世界だけど、現実的です
63.対魔獣警備:不愛想な酒場
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オークと交戦した現場は帝都に近かったが、一行は帝都には向かわず、ほど近い船着き場の村にある海軍の宿舎へと向かった。しかし、魔獣退治屋の一行は軍施設への立ち入りが出来ず、オークと交戦した事で浴びたオークの臭いが、更なるオークや魔獣を呼び込むと警戒した宿からは尽く宿泊と断られた。
「どうするの? 野営の準備もしてないのよ? 公儀の仕事なら、憲兵の詰め所くらいには止めて貰えないかしら」
「それも掛け合ってきましたが、オークの臭いがするのはお断りだ、と」
「そんな!」
アナスタシアは憤りを隠さなかった。
「魔獣退治屋の扱いなんざそんなもんだよ……確かこの近くに公衆水道がある。洗濯用の石灰くらいは有るだろうから、洗えるもんだけ洗って、酒場にでも行こうぜ」
「そうですね」
理不尽に憤るアナスタシアとは異なり、吸血鬼の男はそれがさも当たり前といった風に答える。
「ちょっと!」
「……我々人外、いや、私を含む吸血鬼は、長い間人間から疎まれてきましたからね、殺されないだけましですよ」
公衆水道へと歩き出すメテオーロと男に、アナスタシアは悪態を吐きたくなっていた。
「アナスタシアさん……ひとまず、手を洗いましょうよ」
「オルド……」
言われ、アナスタシアはオルドに続いて歩き始めた。
公衆水道は洗濯場を兼ねており、風呂に入れない放浪の旅人が体を流す事も不可能では無かった。しかし、すっかり陽の落ちた公衆水道を訪れる者はまばらで、殆どは手を洗うか口をゆすぐか、飲用水の給水所に用の有る者だった。
「なんで警備隊の私達が、こんな浮浪者と同じ思いをしなきゃならないのかしら……」
アナスタシアは不満をこぼしつつ、汚れた指を洗う。
水道の要を済ませた一行は再び町の通りに出た。
「ちょっと店を探してくる、待っててくれ」
メテオーロは大通りから枝分かれする路地に入り、一軒の酒場を探す。其処は野伏や魔獣退治屋が夜を明かす事も多い店だった。
(まだ残ってたか、助かったぜ)
メテオーロは一度大通りに引き返し、彼を待っていた一行を連れて酒場へと向かう。アナスタシアは深夜の酒場に女性を連れて行くとは何事かと反対したが、下心のある人間などいないとメテオーロに押し切られ、渋々付き従った。
一行が店に入っても店主も女給も客を出迎える素振りは無く、客はフードを被って顔を隠している。
「此処は何?」
異様な雰囲気にアナスタシアは眉を顰めるが、メテオーロは黙って店の奥へと進み、一行を着席させる。
「ねぇ、この店は」
「夜明けまで開いてる、黙って座ってろ」
「ちょっと……」
メテオーロはアナスタシアのマントのフードを掴み、強引にそれを被らせる。
(もー……何なのよ……)
アナスタシアは内心悪態を吐きながら、一人だけかカウンターの席に腰掛けた吸血鬼の男にも不満を抱く。
「お決まり?」
愛想が無いどころか、明らかに短剣を提げて武装している女給が一行の席に注文を取りにやってくる。
「ソーダ水と干し肉、ビスコッティを人数分」
女給は黙って厨房へと向かう。
オルドは吸血鬼の男に連れられてカリキでも同じ様な酒場に来た事が有り、この店がどういった性質の物かはおよそ理解していたが、旅人が夜をどう過ごしているのかを知らないアナスタシアにとって、身元を隠した客と不愛想な女給しかいない店の中は酷く居心地の悪い物だった。
メテオーロが注文した品はすぐに準備されたが、女給は無言でそれを机に並べて去ってゆく。
「その水、変わった口当たりをしているが、腐った物では無いから安心しろ」
グラスに手を伸ばすジーナにメテオーロはそれが何かを伝える。
ジーナは初めて口にしたソーダ水に目を丸くするが、腐っているわけでは無いというメテオーロの言葉を信じて飲み下す。そのジーナの隣でオルドは漸く水分を取り、現実に引き戻された気分になっていた。
「え……」
オルドのグラスが空になると同時に、彼の対角に居るアナスタシアは自分のグラスを差し出した。
「私は結構よ」
アナスタシアは横目に睨む様な眼でメテオーロを見遣った。
「どうするの? 野営の準備もしてないのよ? 公儀の仕事なら、憲兵の詰め所くらいには止めて貰えないかしら」
「それも掛け合ってきましたが、オークの臭いがするのはお断りだ、と」
「そんな!」
アナスタシアは憤りを隠さなかった。
「魔獣退治屋の扱いなんざそんなもんだよ……確かこの近くに公衆水道がある。洗濯用の石灰くらいは有るだろうから、洗えるもんだけ洗って、酒場にでも行こうぜ」
「そうですね」
理不尽に憤るアナスタシアとは異なり、吸血鬼の男はそれがさも当たり前といった風に答える。
「ちょっと!」
「……我々人外、いや、私を含む吸血鬼は、長い間人間から疎まれてきましたからね、殺されないだけましですよ」
公衆水道へと歩き出すメテオーロと男に、アナスタシアは悪態を吐きたくなっていた。
「アナスタシアさん……ひとまず、手を洗いましょうよ」
「オルド……」
言われ、アナスタシアはオルドに続いて歩き始めた。
公衆水道は洗濯場を兼ねており、風呂に入れない放浪の旅人が体を流す事も不可能では無かった。しかし、すっかり陽の落ちた公衆水道を訪れる者はまばらで、殆どは手を洗うか口をゆすぐか、飲用水の給水所に用の有る者だった。
「なんで警備隊の私達が、こんな浮浪者と同じ思いをしなきゃならないのかしら……」
アナスタシアは不満をこぼしつつ、汚れた指を洗う。
水道の要を済ませた一行は再び町の通りに出た。
「ちょっと店を探してくる、待っててくれ」
メテオーロは大通りから枝分かれする路地に入り、一軒の酒場を探す。其処は野伏や魔獣退治屋が夜を明かす事も多い店だった。
(まだ残ってたか、助かったぜ)
メテオーロは一度大通りに引き返し、彼を待っていた一行を連れて酒場へと向かう。アナスタシアは深夜の酒場に女性を連れて行くとは何事かと反対したが、下心のある人間などいないとメテオーロに押し切られ、渋々付き従った。
一行が店に入っても店主も女給も客を出迎える素振りは無く、客はフードを被って顔を隠している。
「此処は何?」
異様な雰囲気にアナスタシアは眉を顰めるが、メテオーロは黙って店の奥へと進み、一行を着席させる。
「ねぇ、この店は」
「夜明けまで開いてる、黙って座ってろ」
「ちょっと……」
メテオーロはアナスタシアのマントのフードを掴み、強引にそれを被らせる。
(もー……何なのよ……)
アナスタシアは内心悪態を吐きながら、一人だけかカウンターの席に腰掛けた吸血鬼の男にも不満を抱く。
「お決まり?」
愛想が無いどころか、明らかに短剣を提げて武装している女給が一行の席に注文を取りにやってくる。
「ソーダ水と干し肉、ビスコッティを人数分」
女給は黙って厨房へと向かう。
オルドは吸血鬼の男に連れられてカリキでも同じ様な酒場に来た事が有り、この店がどういった性質の物かはおよそ理解していたが、旅人が夜をどう過ごしているのかを知らないアナスタシアにとって、身元を隠した客と不愛想な女給しかいない店の中は酷く居心地の悪い物だった。
メテオーロが注文した品はすぐに準備されたが、女給は無言でそれを机に並べて去ってゆく。
「その水、変わった口当たりをしているが、腐った物では無いから安心しろ」
グラスに手を伸ばすジーナにメテオーロはそれが何かを伝える。
ジーナは初めて口にしたソーダ水に目を丸くするが、腐っているわけでは無いというメテオーロの言葉を信じて飲み下す。そのジーナの隣でオルドは漸く水分を取り、現実に引き戻された気分になっていた。
「え……」
オルドのグラスが空になると同時に、彼の対角に居るアナスタシアは自分のグラスを差し出した。
「私は結構よ」
アナスタシアは横目に睨む様な眼でメテオーロを見遣った。
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