三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第三章 異世界だけど、現実的です

51.中州の野伏:書類強奪の理由

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 男の手は殊の外指が細く、その指が撫でる毛皮はよく整っている。
「よーし……もう少し、もう少しだ」
 背の高い草の陰に身を潜め、男はその瞬間を待った。
 男の視線の先に姿を現すのは、カリキを出発したアスピダの一行。彼等が向かうのは東側の川に近い小さな街・カヴァロだった。引き受けた仕事は重要書類の配達で、日当は良くなかったが、金銭を得られる上にオルドとアナスタシアの乗馬練習が出来るならそれでいいと出発していた。
「今だ。行け」
 男の指示を受け、伏せていた黒い狼は駆け出す。
 乾いた草を静かに揺らしながら狼が一向に近付いた時、メテオーロがその気配に気付いた。
「何だ……魔獣だ!」
 メテオーロは叫び、アナスタシアを乗せて牽いていた馬を止める。
「降りろ!」
 馬上に居ても逃げられない二人に馬から降りるようメテオーロは指示するが、二人はまだ乗り降りするにも難儀する。
「あたしに任せな!」
 ジーナは首切り斧を構えて待ち構えるが黒い影はジーナを避け、一行の集団を割って急旋回する。
「な……」
 目論見の外れたジーナは一瞬混乱した、その一瞬に魔狼はメテオーロに向けて突っ込んだ。
「うおぅっ」
 メテオーロは黒い影との衝突を避けようとするが、そもそもその影はメテオーロに直撃するつもりは無かった。その黒い影は僅かにその体を彼にこすりつけ、書類の入った革の入れ物を咥えた。
「おい!」
 魔狼は書類入れを咥えたまま全力で走り、メテオーロは追いかけようとするが、魔狼の足には敵わない。
「この馬では追いつけません……どうします」
「追うだけ追うしかねぇだろう」
 メテオーロはアナスタシアが乗っていた馬に跨り、魔狼の向かった方へと進む。だが、既に年老いた馬の脚で狼に追いつく事は出来ない。しかし、気配は消えたが、草をかき分ける地上の疾風は見当たらない。まだ遠くへ入っていないはずだとメテオーロは馬を降りた。
「いい子だ。少し待ってろ」
 背の高い草の中で魔狼を迎えた男はすぐさま書類入れを開き、薄い被膜をその紙の上に張り付ける。すると、瞬く間にその内容が被膜に写し取られた。
「少なくて助かった」
 男はその中身を全て被膜に写し取ると、固い紙にその被膜を挟んで懐に押し込む。
「よし……行くぞ」
 男は伏せていた大きな魔狼に跨り、書類を強奪した小さな狼を連れて走り出す。
「な、なんだ!?」
 草の根をかき分けながら魔狼の気配を追っていたメテオーロは、草むらから飛び出す影に目を疑った。それはまるで魔狼に跨るオークの様な姿だったが、その乗り手は灰色のマントを被っており、オークにはありえない細い体をしていた。
「野伏……にしちゃあ、なんで魔狼に……」
 メテオーロはその光景が理解出来ないまま、その影が走り去った辺りまで草をかき分ける。
「あ……」
 丁度魔狼と人影が潜んでいた辺りに辿り着くと、其処には投げ出された書類入れが一つ残されていた。
「メテオーロ!」
 吸血鬼の男は決して気性の良くない馬を走らせ、メテオーロに追い付く。
「魔狼に乗った何者かが向こうへ行った。オークにしちゃあ体躯が細いが、野伏というにはよく分からん」
「そうですか……ところで、それは」
 男はメテオーロの手にある物を見る。
「あぁ、中身は無事だ」
「……どうしますか」
「どうもこうもねぇ、このまま届ける。俺達の仕事はそれだけ……野犬に食いもんと間違われて噛まれたとでもいえば良い」
 書類入れに残る歯型に目を落とし、メテオーロは言い放つ。
「それと……新入りに馬の練習をさせていて遅くなった、そう言やあいいだろう」
「そうですね……戻りましょう」
 男はエストゥア出の一件を思い返しながらも、黙って馬に跨った。
「……今後は書類の類に関わるのは止めた方がいいでしょう、人間はみな愚かです」
「そう、だな」
 メテオーロもまた馬に跨り、三人を待たせている地点へと引き返した。
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