46 / 77
第二章 成り行き任せ、異世界ライフ
45.荷物の街・エストゥア:自由市場
しおりを挟む
予定外の仕事の為、二夜連続でエストゥアに宿泊した一行だったが、二日目の夜を明かした宿は一泊が銅銭一枚の宿だった。前日の宿からすると二倍の額が必要だったが、部屋の広さは前日の安宿と大差ない。しかし、低く簡易的な物とはいえベッドが有り、作り付けの机と椅子も備えられていた。それだけでなく、宿の一階には小さな食堂が有り、温かいスープや大麦の粥が提供されている。そこで吸血鬼の男を除く一行は二日目にして初めて温かい食事をとる事が叶った。
翌朝、一行は男の提案で自由市を見物してからカリキに戻る事となり、ジーナとオルドは初めての光景を興味深く見物する。
(フリマってところかな……売ってる物は……手作りの小物に、野菜……道の駅とハンドメイドのフリマが一緒になってるみたいだ)
自由市は店を構えない行商人が一堂に会して品を売る事の出来る場で、大陸各地の珍しい品物や、製品の規格が統一されているギルドが公式に販売しない衣類や装飾品が並んでいる。
「目移りしちゃうわ……せっかくだし、そうね、手袋くらいは買ってもいいかしら。この先必要になりそうだし……ジーナ、あなたも身に着ける物を少し見た方がいいわ。寒くはならないけれど、手足を保護する為に身に着ける物が必要になるわよ」
「お、おう……」
見た事の無い品物に戸惑うジーナを連れ、アナスタシアは規格外の洒落た衣類が異類が並ぶ通りへと向かう。
「オルド、お前さんは何か欲しい物は無いのか?」
「え、いや……何が必要になるか、まだよく分からないですし……あ、でも、日差しが強くなるなら、帽子か何か欲しい気もします」
「帽子か……まぁ、防具にもなるし、革の物がいいだろうな」
「それじゃあ、探してきます」
オルドもまた一行を離れ、品物の詰め込まれた通路へと吸い込まれてゆく。
「メテオーロ、あなたはいいんですか?」
「あぁ。俺はそっちで待つ事にする」
「そうですか、では、私は人を探しますので」
「え?」
メテオーロの問いに答えないまま、男もまた雑踏へと消えてゆく。
男は並ぶ品を眺めながら、東大陸風の品物を探し、昨日出会った人物を探す。そして、何件目かの売り場を見て、見慣れない布の人形を見つけ、店主の顔を見た。
「いらっしゃい」
「これは……人形ですか?」
男の目の前に有るのは、小さな兎を模した様な人形だった。
「えぇ」
「動物の頭に人の体、ですか」
「人型を作ると念がこもってしまいますので……呪いの道具になっては困るでしょう?」
「それはそうですね……これは全て縫い付けているのですか」
男は人形の耳の付け根を指さした。
「えぇ。丸ごと洗っても構いません」
「そうですか……ところで、そちらは?」
「数珠玉細工……こちらではビーズと呼ぶもので作った物です」
人形と共に並べられていたビーズ細工は、長く放浪している男の目にも珍しい物に見えた。
「刺繍された物は見た事が有りますが、腕輪や指輪にするのは珍しいですね」
「東大陸は小さな物を作るのが得意ですから」
「おいてめぇ!」
店主が品の説明をしていると、にぎわう市場には似つかわしくない怒号に周囲が凍り付く。
「てめぇ、東大陸っつったか、あぁ!?」
角材を持った若い男が店主の左手に有る机を殴り付けた。それは通路との間仕切りに使われていて何も置かれていなかったが、衝撃は凄まじく、隣接していた別の店の品物が倒れる。
「このクソアマ、てめぇの所為で俺達は!」
角材を持った男は机を蹴り倒そうとするが、店主が品を出す机に阻まれる。
「俺達は失業してんだっつーの!」
若い男は苛立つままに机を乗り越え店主につかみかかろうとした。しかし、店主が男の目を見た瞬間、男は昏倒し蹴り飛ばそうとした机をなぎ倒して通路側に倒れ込む。
(催眠術か……)
「おい、どうした、何の騒ぎだ!」
雑踏の警備に出ていた憲兵の一人が騒ぎを聞きつけ、人込みをかき分ける。
「お、おい、これは……」
「ただの暴漢です、興奮しすぎたみたいですし、連れて行って下さいな」
憲兵は訝しげに店主を見遣る。
「彼女は何もしてませんよ。その男、勝手に倒れてしまいました。よほど頭に血が上っていたのでしょう」
男が肩を竦めて見せると、憲兵は溜息を吐いた。
「まったく……」
憲兵は男の両脇に腕を入れ、男の体を引き摺る。
「ほら、其処をどけ、其処をどくんだ」
男の体を引き摺りながら去ってゆく憲兵を横目に、男は倒れた机を元に戻す。
「こりゃあ店じまいね。やってらんないわ」
店主は並べた品の撤収を始める。
「店じまいですか」
「やってられないわよ。こっちなら少しは稼げると思ってきたけど、破落戸が多すぎる。そんなに物騒な土地とは聞いてなかったけど」
「他に行く当ては有るんですか?」
「シダージに戻るだけよ。あっちじゃこういう細工物が珍しくも無いから売れないんだけど、これじゃ行商は無理だわ」
「もしかして、何か働き口を探しているのではないですか」
「藪から棒に何?」
店主は怪訝な表情で男を見る。
「私は魔獣退治ギルドの一人でして、我々には魔術を扱える物が居らず、心許ないのですよ」
「勧誘?」
「えぇ。もしよろしければ、私を訪ねてきて下さい」
男は懐に手を入れ、一枚の紙きれを手渡す。
「カリキ……これはあなたの後ろ盾かしら」
「えぇ。そちらに滞在していますので、是非」
男は背を向け、メテオーロが待つ入り口の広場へと向かった。
翌朝、一行は男の提案で自由市を見物してからカリキに戻る事となり、ジーナとオルドは初めての光景を興味深く見物する。
(フリマってところかな……売ってる物は……手作りの小物に、野菜……道の駅とハンドメイドのフリマが一緒になってるみたいだ)
自由市は店を構えない行商人が一堂に会して品を売る事の出来る場で、大陸各地の珍しい品物や、製品の規格が統一されているギルドが公式に販売しない衣類や装飾品が並んでいる。
「目移りしちゃうわ……せっかくだし、そうね、手袋くらいは買ってもいいかしら。この先必要になりそうだし……ジーナ、あなたも身に着ける物を少し見た方がいいわ。寒くはならないけれど、手足を保護する為に身に着ける物が必要になるわよ」
「お、おう……」
見た事の無い品物に戸惑うジーナを連れ、アナスタシアは規格外の洒落た衣類が異類が並ぶ通りへと向かう。
「オルド、お前さんは何か欲しい物は無いのか?」
「え、いや……何が必要になるか、まだよく分からないですし……あ、でも、日差しが強くなるなら、帽子か何か欲しい気もします」
「帽子か……まぁ、防具にもなるし、革の物がいいだろうな」
「それじゃあ、探してきます」
オルドもまた一行を離れ、品物の詰め込まれた通路へと吸い込まれてゆく。
「メテオーロ、あなたはいいんですか?」
「あぁ。俺はそっちで待つ事にする」
「そうですか、では、私は人を探しますので」
「え?」
メテオーロの問いに答えないまま、男もまた雑踏へと消えてゆく。
男は並ぶ品を眺めながら、東大陸風の品物を探し、昨日出会った人物を探す。そして、何件目かの売り場を見て、見慣れない布の人形を見つけ、店主の顔を見た。
「いらっしゃい」
「これは……人形ですか?」
男の目の前に有るのは、小さな兎を模した様な人形だった。
「えぇ」
「動物の頭に人の体、ですか」
「人型を作ると念がこもってしまいますので……呪いの道具になっては困るでしょう?」
「それはそうですね……これは全て縫い付けているのですか」
男は人形の耳の付け根を指さした。
「えぇ。丸ごと洗っても構いません」
「そうですか……ところで、そちらは?」
「数珠玉細工……こちらではビーズと呼ぶもので作った物です」
人形と共に並べられていたビーズ細工は、長く放浪している男の目にも珍しい物に見えた。
「刺繍された物は見た事が有りますが、腕輪や指輪にするのは珍しいですね」
「東大陸は小さな物を作るのが得意ですから」
「おいてめぇ!」
店主が品の説明をしていると、にぎわう市場には似つかわしくない怒号に周囲が凍り付く。
「てめぇ、東大陸っつったか、あぁ!?」
角材を持った若い男が店主の左手に有る机を殴り付けた。それは通路との間仕切りに使われていて何も置かれていなかったが、衝撃は凄まじく、隣接していた別の店の品物が倒れる。
「このクソアマ、てめぇの所為で俺達は!」
角材を持った男は机を蹴り倒そうとするが、店主が品を出す机に阻まれる。
「俺達は失業してんだっつーの!」
若い男は苛立つままに机を乗り越え店主につかみかかろうとした。しかし、店主が男の目を見た瞬間、男は昏倒し蹴り飛ばそうとした机をなぎ倒して通路側に倒れ込む。
(催眠術か……)
「おい、どうした、何の騒ぎだ!」
雑踏の警備に出ていた憲兵の一人が騒ぎを聞きつけ、人込みをかき分ける。
「お、おい、これは……」
「ただの暴漢です、興奮しすぎたみたいですし、連れて行って下さいな」
憲兵は訝しげに店主を見遣る。
「彼女は何もしてませんよ。その男、勝手に倒れてしまいました。よほど頭に血が上っていたのでしょう」
男が肩を竦めて見せると、憲兵は溜息を吐いた。
「まったく……」
憲兵は男の両脇に腕を入れ、男の体を引き摺る。
「ほら、其処をどけ、其処をどくんだ」
男の体を引き摺りながら去ってゆく憲兵を横目に、男は倒れた机を元に戻す。
「こりゃあ店じまいね。やってらんないわ」
店主は並べた品の撤収を始める。
「店じまいですか」
「やってられないわよ。こっちなら少しは稼げると思ってきたけど、破落戸が多すぎる。そんなに物騒な土地とは聞いてなかったけど」
「他に行く当ては有るんですか?」
「シダージに戻るだけよ。あっちじゃこういう細工物が珍しくも無いから売れないんだけど、これじゃ行商は無理だわ」
「もしかして、何か働き口を探しているのではないですか」
「藪から棒に何?」
店主は怪訝な表情で男を見る。
「私は魔獣退治ギルドの一人でして、我々には魔術を扱える物が居らず、心許ないのですよ」
「勧誘?」
「えぇ。もしよろしければ、私を訪ねてきて下さい」
男は懐に手を入れ、一枚の紙きれを手渡す。
「カリキ……これはあなたの後ろ盾かしら」
「えぇ。そちらに滞在していますので、是非」
男は背を向け、メテオーロが待つ入り口の広場へと向かった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる