三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ

45.荷物の街・エストゥア:自由市場

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 予定外の仕事の為、二夜連続でエストゥアに宿泊した一行だったが、二日目の夜を明かした宿は一泊が銅銭一枚の宿だった。前日の宿からすると二倍の額が必要だったが、部屋の広さは前日の安宿と大差ない。しかし、低く簡易的な物とはいえベッドが有り、作り付けの机と椅子も備えられていた。それだけでなく、宿の一階には小さな食堂が有り、温かいスープや大麦の粥が提供されている。そこで吸血鬼の男を除く一行は二日目にして初めて温かい食事をとる事が叶った。
 翌朝、一行は男の提案で自由市を見物してからカリキに戻る事となり、ジーナとオルドは初めての光景を興味深く見物する。
(フリマってところかな……売ってる物は……手作りの小物に、野菜……道の駅とハンドメイドのフリマが一緒になってるみたいだ)
 自由市は店を構えない行商人が一堂に会して品を売る事の出来る場で、大陸各地の珍しい品物や、製品の規格が統一されているギルドが公式に販売しない衣類や装飾品が並んでいる。
「目移りしちゃうわ……せっかくだし、そうね、手袋くらいは買ってもいいかしら。この先必要になりそうだし……ジーナ、あなたも身に着ける物を少し見た方がいいわ。寒くはならないけれど、手足を保護する為に身に着ける物が必要になるわよ」
「お、おう……」
 見た事の無い品物に戸惑うジーナを連れ、アナスタシアは規格外の洒落た衣類が異類が並ぶ通りへと向かう。
「オルド、お前さんは何か欲しい物は無いのか?」
「え、いや……何が必要になるか、まだよく分からないですし……あ、でも、日差しが強くなるなら、帽子か何か欲しい気もします」
「帽子か……まぁ、防具にもなるし、革の物がいいだろうな」
「それじゃあ、探してきます」
 オルドもまた一行を離れ、品物の詰め込まれた通路へと吸い込まれてゆく。
「メテオーロ、あなたはいいんですか?」
「あぁ。俺はそっちで待つ事にする」
「そうですか、では、私は人を探しますので」
「え?」
 メテオーロの問いに答えないまま、男もまた雑踏へと消えてゆく。
 男は並ぶ品を眺めながら、東大陸風の品物を探し、昨日出会った人物を探す。そして、何件目かの売り場を見て、見慣れない布の人形を見つけ、店主の顔を見た。
「いらっしゃい」
「これは……人形ですか?」
 男の目の前に有るのは、小さな兎を模した様な人形だった。
「えぇ」
「動物の頭に人の体、ですか」
「人型を作ると念がこもってしまいますので……呪いの道具になっては困るでしょう?」
「それはそうですね……これは全て縫い付けているのですか」
 男は人形の耳の付け根を指さした。
「えぇ。丸ごと洗っても構いません」
「そうですか……ところで、そちらは?」
「数珠玉細工……こちらではビーズと呼ぶもので作った物です」
 人形と共に並べられていたビーズ細工は、長く放浪している男の目にも珍しい物に見えた。
「刺繍された物は見た事が有りますが、腕輪や指輪にするのは珍しいですね」
「東大陸は小さな物を作るのが得意ですから」
「おいてめぇ!」
 店主が品の説明をしていると、にぎわう市場には似つかわしくない怒号に周囲が凍り付く。
「てめぇ、東大陸っつったか、あぁ!?」
 角材を持った若い男が店主の左手に有る机を殴り付けた。それは通路との間仕切りに使われていて何も置かれていなかったが、衝撃は凄まじく、隣接していた別の店の品物が倒れる。
「このクソアマ、てめぇの所為で俺達は!」
 角材を持った男は机を蹴り倒そうとするが、店主が品を出す机に阻まれる。
「俺達は失業してんだっつーの!」
 若い男は苛立つままに机を乗り越え店主につかみかかろうとした。しかし、店主が男の目を見た瞬間、男は昏倒し蹴り飛ばそうとした机をなぎ倒して通路側に倒れ込む。
(催眠術か……)
「おい、どうした、何の騒ぎだ!」
 雑踏の警備に出ていた憲兵の一人が騒ぎを聞きつけ、人込みをかき分ける。
「お、おい、これは……」
「ただの暴漢です、興奮しすぎたみたいですし、連れて行って下さいな」
 憲兵はいぶかしげに店主を見遣る。
「彼女は何もしてませんよ。その男、勝手に倒れてしまいました。よほど頭に血が上っていたのでしょう」
 男が肩を竦めて見せると、憲兵は溜息を吐いた。
「まったく……」
 憲兵は男の両脇に腕を入れ、男の体を引き摺る。
「ほら、其処をどけ、其処をどくんだ」
 男の体を引き摺りながら去ってゆく憲兵を横目に、男は倒れた机を元に戻す。
「こりゃあ店じまいね。やってらんないわ」
 店主は並べた品の撤収を始める。
「店じまいですか」
「やってられないわよ。こっちなら少しは稼げると思ってきたけど、破落戸ごろつきが多すぎる。そんなに物騒な土地とは聞いてなかったけど」
「他に行く当ては有るんですか?」
「シダージに戻るだけよ。あっちじゃこういう細工物が珍しくも無いから売れないんだけど、これじゃ行商は無理だわ」
「もしかして、何か働き口を探しているのではないですか」
「藪から棒に何?」
 店主は怪訝けげんな表情で男を見る。
「私は魔獣退治ギルドの一人でして、我々には魔術を扱える物が居らず、心許ないのですよ」
「勧誘?」
「えぇ。もしよろしければ、私を訪ねてきて下さい」
 男は懐に手を入れ、一枚の紙きれを手渡す。
「カリキ……これはあなたの後ろ盾かしら」
「えぇ。そちらに滞在していますので、是非」
 男は背を向け、メテオーロが待つ入り口の広場へと向かった。
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