三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

文字の大きさ
上 下
45 / 77
第二章 成り行き任せ、異世界ライフ

44.荷物の街・エストゥア:旅人とゴロツキ

しおりを挟む
 正午をとうに過ぎた頃、一行は乗合馬車と船を乗り継ぎ東側対岸の都市・エストゥアに到着した。
「荷物は俺と彼で持って行く、お前さん方は昼飯にしててくれ。待ち合わせは……役所前の広場でいいか?」
「えぇ」
「それじゃあ、行ってくる」
 アナスタシアにオルドとジーナを任せ、メテオーロは男と共にパエジ・エステリ商会の所在へと向かう。
 昼下がりの町は静かで、道行く人の数はあまり多くない。エストゥアもカリキ同様に多くの日雇い労働者が滞在する都市ではあるが、日中の市街地にその姿は無い。
 そんな街を進み、二人がパエジ・エステリ商会の本部に近づいた時、建物の陰から伸びた腕がメテオーロを路地へと引き摺り込んだ。
「ぬわっ?」
 その腕は気配すらなくメテオーロを路地に引き摺り込むと、すぐさま書類入れを掴む。
「貴様っ!」
 メテオーロもすぐに体勢を立て直すが、彼を引き摺り込んだ腕の主は積み上がる木箱を足掛かりに、何処かの店の勝手口のひさしに上り、書類入れの中身を引っ張り出す。
 メテオーロに同行していた男は路地の入口から謎の人物めがけて小刀を投げるが、その人物はそれを理解している様に結界を張り、投げつけられた小刀を地面に落とす。
 その人物が立つひさしはやや高さが有るが、メテオーロは槍を構え足を突こうとした。だが、突然にその人物は書類とその入れ物を抛り捨て、庇から飛び降りると反対側の街道へと走り出す。メテオーロそれを追いかけようとしたが、その人物の姿は無かった。
「魔術師ですね」
 落とされた小刀を拾い上げ、男は言った。
「魔術師、だな……しかし、何がしたかったんだ。中身を全部置いていきやがったぜ?」
「おそらく、中身を確かめたかっただけなのでしょう……不正取引の情報を掴み、泳がせる為にに」
 男は撒き散らかされた書類とその入れ物を拾い、その中身に眉を顰めた。
「とはいえ、中身は無事です。黙ってこのまま書類を届けましょう。これ以上の深入りは無用です」
「だな」
 メテオーロは書類を受け取り、再び入れ物に戻した。
 その後、二人は何食わぬ様子でパエジ・エステリ商会に怪しげな書類を届け、アナスタシア達が昼食をとっているであろう役所前の広場へと向かった。

 日が暮れた頃、一行と夕食をともにしない男は人通りの少なくなった大通りを歩いていた。すると、小さな騒ぎが起こる。
「お前、東の人間だな!」
「俺達の仕事を奪うとはいい度胸だ、ドジンのくせに!」
 大通りの真ん中で、二人の若い男が作業用のナイフを突きつけ、旅人を足止めする。
「おぉ、こいつ、生意気な面してやがるが女だぜ!」
 角材を手にした男は不敵な笑みを浮かべた。
「ねぇちゃん、わりぃ事は言わねぇ、傷物にされる前に大人しく俺らに寄越しな。東の女は需要が高くてな……俺達を苦しめるドジンをひざまずかせたい金持ちは多いんだよ!」
 子悪党の親分らしき男が角材を振り上げた瞬間、フードを被った人物は低い声で言った。
「うるさい」
「あぁ?」
「だからうるさい。さっきから聞いてりゃドジンドジンって……私がドジンなら、あんたらはただの野蛮人。人間以下の畜生よ」
「黙って聞いてりゃあ!」
 男が上段に構えた角材を横に振りかぶろうとした瞬間、何も無いはずの石畳から火柱が上がり、角材は瞬時に炭と化す。
「別に、丸焼きにしても喰やしない。ただ、私を殺したいなら、容赦しない」
 フードを被った人物は顔を上げもせず、次の瞬間には二人の男が持つナイフに小さな雷を落とす。
「う、うわぁ……」
 電撃に男達はナイフを落とし、腰を抜かした。
「絡む相手を間違えてる、さっさと失せな」
 腰を抜かした男達は逃げ出そうとするが、角材を失った男は近くの店の軒先に有った葡萄酒の瓶を掴んでフードを被った人物に殴りかかった。
「このくそがーっ!」
「うるさい」
 溜息を吐く様な言葉と同時に、飛び掛からんばかりの勢いで殴り掛かった男の体は吹き飛ばされた。
「それとも、もっと喰らいたい?」
 フードを被った人物を尻もちをついた男を見るでもなく、俯きがちなまま呟いた。
「あ、兄貴ぃ……」
 ナイフを持っていた男の一人が、腰を抜かしたまま尻もちをついた男を指さした。その先では、割れた葡萄酒の瓶が音を立てて宙に浮かんでいる。
「に、逃げるぞ!」
 男達は慌ててナイフを拾い、よろめきながら逃げ出した。その間にも、宙に浮かぶ瓶の破片は渦をなす風に巻き上げられる。
(やれやれ……)
 尻もちをついた男が一人残され、硝子の竜巻に飲み込まれる前に傍観していた男が動き出す。
 男は静かに細身の剣を抜き、尻もちをついたまま歯を鳴らして震える男の傍に向かう。
「さっさと立ち去りなさい、さもなくば返り討ち、硝子の破片で顔を洗う事になりますよ」
「や、止めてくれーっ!」
 小悪党の男は掴む物の無い道路の中央で、ひっくり返された昆虫の様に腕をばたつかせながら立ち上がり、派手に転倒しながらその場を離れる。
「災難でしたね」
 男は剣を収めながらフードを被った人物に歩み寄る。
 硝子を巻き上げた小さな竜巻はすでに消え、ひと所にまとまった瓶の残骸が残されていた。
「下心の助太刀なら礼は言わない」
「別に身体目当てではありませんよ。行きずりの女を抱くほど困ってはいませんので」
「でしょうね」
「それより……少し話を聞かせて頂けませんか」
「は?」
「東から来たのなら、そちらの話を聞かせていただきたい……この近くの喫茶にでも行きましょう」
「お断りします。宿なら取ってありますから……もし下心が無いというのなら、明日の自由市に来るといいわ。布の小物や首飾りなんかを売ってる店を出すの、探せるものなら探してみて」
 フードを被った人物は歩き出し、瓶の残骸を近くの店の店主が片付け始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...