三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ

40.公認ギルドの初仕事:列車と馬車

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 魔獣退治ギルド・アスピダが公認ギルドとなった翌日、一行は旅の準備もそこそこに列車に乗り込んでいた。
 列車は大陸を三つに隔てる二本の大河のうち、東側にある川と並行する形で走行し、帝都の南端へと向かう。日本の大河はいずれも深い崖の底を流れているが、土地の工程には大きな差があり、いくつかの地点からは渡し船に乗る事が出来る。一行は帝都から南にある東側の船着き場に向かっていた。
「馬車よりはましとは言え、決して乗り心地の良い物では無いですね」
「とはいえ、急ぎの移動はこいつが一番早いんだ。動てるだけましだぜ」
 列車はオルドがかつて生きていた世界を走っていた蒸気機関車の様な物だが、レールの整備はオルドが覚えている電車ほど洗練されておらず、移動速度も決して早いわけでは無い。だが、草の生い茂る平野をかき分けて進む労力は要らず、手綱を握っている必要も無い。
 第三都市最寄りの駅から帝都南側の駅までは決して長い距離では無いが、早くも吸血鬼はその乗り心地に辟易しているようだった。一方、慣れない服を着せられ鉄の塊が引く車に乗せられたジーナは酷く怯えたまま、客室の床に座って頭を抱えている。
「一つ不満があるとすれば……この客車、五人乗るには狭いって事かしら」
 アナスタシアは肩を竦めて見せる。
「そうだな……まぁ、一等車だ、我慢してくれ」
 メテオーロは苦笑いを浮かべた。
 そんなメテオーロと吸血鬼に挟み込まれたオルドは窮屈な中、スマートフォンが無いのは不便だと思いつつ、駅で貰った案内地図を眺めていた。
 一行が依頼されたのは、東大陸からの荷物を運ぶ荷馬車の護衛。大陸東方面は皇帝と対立する東大陸系の住民が多く、帝都を追われた住民が野伏となって荷馬車の襲撃をする事件が散発的に起こり、魔獣の脅威にも曝されている。
「河口の船着き場に着くのは正午ですから、渡し船がすぐに出て、乗合馬車に乗れれば今日中には出発できますね」
「おいおい、馬鹿言っちゃあいけないよ。いくら馬と船があるとはいえ、荷主を馬車馬よろしく働かせるわけにゃあいあんだろ」
「え? だって、船着場と町の距離だったら、十分陽の高い内に往復出来ますよ? 確かに夕方にはなりますけど、こちらの船着き場には戻ってこられますし、船着き場には貸倉庫が有るんですよね。其処で一泊すれば襲われる心配は無いですし、荷物は明日の午前中に帝都に運べて、明日の内にはカリキまで戻れますよ?」
「落ち着けオルド。荷主は其処まで急いでねぇし、俺達も次の依頼は無い。それどころか最低限の支度しかせずに仕事を受けてんだ、せっかく帝都に入れる機会だし、少し買い物や情報収集に当たった方がいい」
「ん……」
 オルドはかつて生きていた世界、令和三年の日本に有るブラック企業での癖が抜けず、仕事は一分一秒でも早く、移動は極限まで効率的にとしか考えられずにいる。しかも、三度目の転生をしてからは、屋内で横に慣れるなら何処でも休めるとさえ考えている。
「彼の言う通り、そんなに急がなくてもいいじゃない。私も帝都見物には賛成。折角だし、氷菓子でも食べたいわ」
 アナスタシアは苦笑いを浮かべながら、オルドを見た。
 一行の乗った列車は順調に進み、帝都東側入り口を過ぎ、終点の船着き場に停まる。下車した一行は駅からほど近い船着き場の待合小屋に入り、渡し船の出航を待った。
「そう言えばこの川って、何処にも橋は掛かってないんですか?」
「大陸南方面には何カ所かありますが、深い谷の底を流れている様な川ですから、谷底まで下りられる場所にしかかかっていませんね」
「そうなんですか」
 ほぼ予定された時刻に着眼した渡し船は、オルドが思っているよりも近代的なで、スクリューを搭載している事から多少の悪天候でも運航できる程度の馬力を備えている。
「わー……川を船で渡るなんて、初めてです」
 オルドは初めての経験に胸を躍らせたが、広い川幅があるとは言えど、船旅というほどの距離は無かった。
「上流は細く急で、激しい水が押し寄せていますが、此処まで来るとよほど増水しない限りは泳げるほどに穏やかです。落ちるなら此処にして下さい」
 吸血鬼の唐突な皮肉に、オルドは目を瞬いた。

 船を降りた一行は荷主の待つ街へ乗合馬車で向かい、荷主が手配した貨物用の渡し船に引き返す予定である。
 乗合馬車が走る道はオルドが初めて歩いた草原地帯と異なり、広い草原の中に踏み固められた馬車道が有り、その草稿は滑らかな物だった。
「此処には羊飼いは居ないんですか?」
「この一帯は帝都につながる主要街道の一部だから、放牧はされていないわね。必要な家畜を作で囲った場所で飼って農家は有るけれど」
 オルドと隣り合わせで座るアナスタシアは第三都市周辺とは異なる景色を楽しんでいる様子だった。他方、乗合馬車に乗るのもこれが初めてらしいジーナは辛うじて座席に座っていた。しかし、動力源の馬が目に見える馬車は、彼女にとって列車よりも安心する物であったが慣れない車輪の揺れに酔い始めていた。
「体の力を抜け……といっても無理だろうが、揺れないわけがないんだ、多少は諦めて身を任せた方がいいぞ」
 メテオーロは身を固くして震えるジーナの背中をさすりながら、到着の合図を待っていた。
 辿り着いた荷主の待つ街は、船便で往来する荷物の中継地点として整備されており、街の出入り口は倉庫街になっていた。
「な、なぁ……また、あれに乗らなきゃぁ、ならないのか?」
 乗合馬車を降りたジーナは悲愴な表情を浮かべ、船着き場に向かう客を乗せる馬車を見遣る。
「今度はオルドとアナスタシアと一緒に荷馬車だな」
 メテオーロの返答にジーナはより悲愴な表情を浮かべた。
「馬の扱いが分からないとなると馬車に乗る事になる、諦めてくれ」
「そ、そんな……」
「大丈夫よ、街には薬屋さんが有るはずだから、其処で車酔いを抑える薬を買ってくるわ」
 ジーナを励ますべく、アナスタシアは笑みを浮かべた。
「おい! それがあるならもっと早く言ってくれよ!」
「それは無理よ、あなたが此処まで車輪に酔ってしまうなんて知らなかったわ。それに、出発が急すぎてカリキの薬屋さんに行く暇は無かったし……あの街、大きいけれどもギルドの独占が酷くて、薬屋は一軒しかないし、医者に処方してもらうにも時間が無さ過ぎたわ」
「うー……」
「ひとまず街に入るぞ。荷主の所に行く前に、どっかで冷たい水でも貰おう」
 メテオーロは先陣を切り、市街地へと進んだ。
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