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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ
39.貴族商人ボスウェリア:女中の憂鬱
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「いかがですか、あのジーナという女性は」
「もう最悪ですわ」
男が寝起きする屋根裏部屋で、女中のプトーシ―は干した無花果を齧りながら不満をぶちまける。
「常識が無いにも程があります。いくら南の島の密林育ちとは言え、まともに服を着せるだけでも一苦労、ズロースを履くというただそれだけを嫌がるなんて、彼女は裸族だったのかしら」
「しかし、南の島嶼群とはいえ、冬は有りますよ」
「でも、凍え死ぬという認識は無い様ですから、あの、袋に穴を開けたような貫頭衣で十分だと……格式も何も有った物ではありませんが、ひとまず袖のあるチュニックを着せるところまでは何とかさせました……しかし、靴を履かせるのもまた大変で。とりあえず東大陸で使う藁のサンダルは履かせましたが、ブーツを履かせられるかどうか……殿、東大陸の人々はブーツを履くと聞いた事が有りますか?」
「えぇ。東大陸では長らくサンダルが使われていましたが、獣の革を使う様になって以降、頑丈な防具にもなるブーツは歯車を扱う人々の作業着やお洒落な靴として広まっていますよ」
プトーシ―は深い溜息を吐いた。
「読み書きが出来ないのは問題無いにしても、服を着ないのは問題ですし、お金の概念と使い方も覚えさせなければ……あぁ。さっさと魔獣退治の遠征に出向いていただきたいわ。でも……殿も居なくなってしまう、それが寂しい」
「私はいずれ此処を出ていく身ですよ?」
「叶うならご一緒したいです」
男と同じく酷く色の白い指が、皿の上のパンに伸びた男の手に触れる。
「もっといい男なんていくらでも居ますよ」
言って、男は出入り口に視線を向ける。足音が近づいていた。
「ひとつ伝えたい事が有る、いいか?」
男は腰掛けていた寝台から立ち上がり、扉を開ける。
「休んでいるところすまないな」
ボスウェリアは帰宅したばかりといった様子だった。
「構いません。何か有りましたか」
「実はギルドにもう一人参加させる事になったんだ。例の錬金術ギルドの助手を覚えているか」
「アナスタシアさんですか」
「あぁ。実は彼女は今朝破門されたそうで、女中の募集を見て尋ねてきたんだが……彼女は医学校を出ている。オルドに薬草の使い方を教えてはいるが、おそらく彼女を加えた方が確実に公認される。事後報告になってすまないが、先ほど手続きをしてきた」
「そうですか。彼女なら構いませんよ」
「そうか。それと、例の忌避剤の発煙筒、彼女に此処で作らせる事にした」
「また危ない橋を渡りますね」
「遠征に出る様になれば、調合は現地で行えばいい。硫黄は魔獣の忌避剤、木炭は燃料、硝石は魔獣の肉の保存料、あるいは冷却用の氷の製造道具とでも言えばよかろう」
「それはそうですが」
「あぁ、それと、彼女の住まいは例の長屋の空き部屋を貸している、左手の部屋だ」
「分かりました」
「それじゃあ」
ボスウェリアは静かに扉を閉め、男は寝台のわきで話を聞いていたプトーシ―を見遣る。
「私も、剣が使えたなら殿にご一緒できたのかしら」
「そんな危ない物、あなたが振り回す必要なんてありませんよ」
「でも」
「女のあなたに、そんな事をさせたいとは思いません……戦いは男の仕事、それでいいんですよ」
男は再び寝台に腰を下ろした。
「もう最悪ですわ」
男が寝起きする屋根裏部屋で、女中のプトーシ―は干した無花果を齧りながら不満をぶちまける。
「常識が無いにも程があります。いくら南の島の密林育ちとは言え、まともに服を着せるだけでも一苦労、ズロースを履くというただそれだけを嫌がるなんて、彼女は裸族だったのかしら」
「しかし、南の島嶼群とはいえ、冬は有りますよ」
「でも、凍え死ぬという認識は無い様ですから、あの、袋に穴を開けたような貫頭衣で十分だと……格式も何も有った物ではありませんが、ひとまず袖のあるチュニックを着せるところまでは何とかさせました……しかし、靴を履かせるのもまた大変で。とりあえず東大陸で使う藁のサンダルは履かせましたが、ブーツを履かせられるかどうか……殿、東大陸の人々はブーツを履くと聞いた事が有りますか?」
「えぇ。東大陸では長らくサンダルが使われていましたが、獣の革を使う様になって以降、頑丈な防具にもなるブーツは歯車を扱う人々の作業着やお洒落な靴として広まっていますよ」
プトーシ―は深い溜息を吐いた。
「読み書きが出来ないのは問題無いにしても、服を着ないのは問題ですし、お金の概念と使い方も覚えさせなければ……あぁ。さっさと魔獣退治の遠征に出向いていただきたいわ。でも……殿も居なくなってしまう、それが寂しい」
「私はいずれ此処を出ていく身ですよ?」
「叶うならご一緒したいです」
男と同じく酷く色の白い指が、皿の上のパンに伸びた男の手に触れる。
「もっといい男なんていくらでも居ますよ」
言って、男は出入り口に視線を向ける。足音が近づいていた。
「ひとつ伝えたい事が有る、いいか?」
男は腰掛けていた寝台から立ち上がり、扉を開ける。
「休んでいるところすまないな」
ボスウェリアは帰宅したばかりといった様子だった。
「構いません。何か有りましたか」
「実はギルドにもう一人参加させる事になったんだ。例の錬金術ギルドの助手を覚えているか」
「アナスタシアさんですか」
「あぁ。実は彼女は今朝破門されたそうで、女中の募集を見て尋ねてきたんだが……彼女は医学校を出ている。オルドに薬草の使い方を教えてはいるが、おそらく彼女を加えた方が確実に公認される。事後報告になってすまないが、先ほど手続きをしてきた」
「そうですか。彼女なら構いませんよ」
「そうか。それと、例の忌避剤の発煙筒、彼女に此処で作らせる事にした」
「また危ない橋を渡りますね」
「遠征に出る様になれば、調合は現地で行えばいい。硫黄は魔獣の忌避剤、木炭は燃料、硝石は魔獣の肉の保存料、あるいは冷却用の氷の製造道具とでも言えばよかろう」
「それはそうですが」
「あぁ、それと、彼女の住まいは例の長屋の空き部屋を貸している、左手の部屋だ」
「分かりました」
「それじゃあ」
ボスウェリアは静かに扉を閉め、男は寝台のわきで話を聞いていたプトーシ―を見遣る。
「私も、剣が使えたなら殿にご一緒できたのかしら」
「そんな危ない物、あなたが振り回す必要なんてありませんよ」
「でも」
「女のあなたに、そんな事をさせたいとは思いません……戦いは男の仕事、それでいいんですよ」
男は再び寝台に腰を下ろした。
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