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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ
38.貴族商人ボスウェリア:追放されたアナスタシア
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魔獣退治ギルド・アスピダの公認を賭けた認定会を翌日に控えたその日の朝、ボスウェリアの屋敷を一人の女性が尋ねた。
「職業紹介所で女中の求人を見ました、ヴァルカナッシュのアナスタシア・グラオと申します。お話を聞かせて頂けますか」
門番のセリュ―がボスウェリアに用件を伝えると、程無くしてボスウェリアは玄関に降りてきた。
「はじめまして、アナタスタシア・グラオと申します」
「ようこそアナスタシア、アルモニー・ボスウェリアだ。詳しい話をさせてくれ」
二人は一階の応接間に向かい、アナスタシアは紹介状を出し、ボスウェリアはアナスタシアに幾つかの質問を始めた。
「君は……私も世話になっている錬金術ギルドの助手だったね。どうして急に女中に?」
ボスウェリアは首を傾げて尋ねた。
「実は、お恥ずかしながらギルドに破門を言い渡されまして」
「破門?」
「えぇ。私はご存じの通り錬金術ギルドの助手をしておりましたが、同じエフサで働く医師の下で、蘇生術について学んでもおりました」
「蘇生術……」
ボスウェリアは眉間の皺を深くする。
「はい。それで、今までは特に咎められる事は無かったのですが、先頃ギルド長が新しくなり、生命の錬成をしてはならない錬金術師が、人の生き死にに関わる医学の、それも蘇生術を学んでいるのはいかがな物かと吊し上げられてしまい……今朝いきなり破門に」
「それはまた……」
弁明の余地も選択の猶予も無い破門にボスウェリアはギルドへの不信感を抱く。
「まあ、元々錬金術ギルドは男性が威張り散らかしているギルドですから、いつまで経っても助手から格上げされない時点でお察しいただけるでしょう、厄介払いです」
「しかし、錬金術ギルドを追われたとして、医師に師事する事まで諦める事は無いだろう?」
「この町で蘇生術に一番詳しい医師はあの方しか居られませんし、往々にして錬金術師と医師は同じエフサで働いています。診療所に勤めればよいと考えるかもしれませんが、診療所では看護婦の仕事しか出来ません。これでも一応、医学校は出ているのですが……この街における女の立場は、封建的になる一方です。しかし、帝都の敷居は高く、東の都市はあちらの大陸の魔族が今も守っていて、居心地が悪く……」
「そうだな……私も娼館を経営しているが、売春を頼る女性は増え続けている。女性の働き口が減り続けているのは確かだな。しかし、君は医学校を出ている上、火薬の研究もしている。他のギルドへの移籍は出来なかったのか?」
「破門にされてしまっては当面無理です。それに、こうも女というだけで虐げられるようでは無理でしょう」
ボスウェリア卿は深い溜息を吐いた。
「まったく、優秀な人材の喪失をどれほど続けたいのか……この街も落ちぶれたものだ」
「そういうわけで、ギルドのお得意様でもあったボスウェリア卿を頼って此処に来ました」
「そうだったのか……分かった。ひとまず君を女中として雇う事にしよう」
「ひとまず?」
「大きな声では言えないが、例の発煙筒の研究はぜひ君に続けて欲しい。君の様な人材を無碍に扱うギルドとの取引は気が進まない上、忌避剤というのは魔獣退治ギルドの天敵だからな」
「確かに。しかし、お役人に叱られませんか?」
「自家消費分であればギルドを脅かす事も無かろう。実は、魔獣退治ギルドを支援しようと思っていてね」
「そうでしたか」
「とはいえ、まずは君の事は女中としてすぐに雇い入れる。ただ、今は客人が居るので、住み込みではなく、この近くにある私の買った長屋を寮として寝起きしてもらう事になるのだが、それでもいいか?」
「むしろありがたいです。今の寮は量は今日中に出ていく事になるので……書籍の類が置けるのはありがたいです」
「何? 今日中に引っ越しなのか?」
「えぇ」
「それはいかんな。仕方ない。荷馬車とはいかんが、トリビュローを貸そう。それなら荷台に荷物を載せ、一度に運び込める」
「それはありがたいです」
「すぐに用意させよう。あぁ、長屋には後から案内する。一旦は荷物を持って此処に来なさい」
「分かりました」
ボスウェリアは立ち上がるとすぐにセリュ―を呼び、トリビュローの支度をさせた。
「職業紹介所で女中の求人を見ました、ヴァルカナッシュのアナスタシア・グラオと申します。お話を聞かせて頂けますか」
門番のセリュ―がボスウェリアに用件を伝えると、程無くしてボスウェリアは玄関に降りてきた。
「はじめまして、アナタスタシア・グラオと申します」
「ようこそアナスタシア、アルモニー・ボスウェリアだ。詳しい話をさせてくれ」
二人は一階の応接間に向かい、アナスタシアは紹介状を出し、ボスウェリアはアナスタシアに幾つかの質問を始めた。
「君は……私も世話になっている錬金術ギルドの助手だったね。どうして急に女中に?」
ボスウェリアは首を傾げて尋ねた。
「実は、お恥ずかしながらギルドに破門を言い渡されまして」
「破門?」
「えぇ。私はご存じの通り錬金術ギルドの助手をしておりましたが、同じエフサで働く医師の下で、蘇生術について学んでもおりました」
「蘇生術……」
ボスウェリアは眉間の皺を深くする。
「はい。それで、今までは特に咎められる事は無かったのですが、先頃ギルド長が新しくなり、生命の錬成をしてはならない錬金術師が、人の生き死にに関わる医学の、それも蘇生術を学んでいるのはいかがな物かと吊し上げられてしまい……今朝いきなり破門に」
「それはまた……」
弁明の余地も選択の猶予も無い破門にボスウェリアはギルドへの不信感を抱く。
「まあ、元々錬金術ギルドは男性が威張り散らかしているギルドですから、いつまで経っても助手から格上げされない時点でお察しいただけるでしょう、厄介払いです」
「しかし、錬金術ギルドを追われたとして、医師に師事する事まで諦める事は無いだろう?」
「この町で蘇生術に一番詳しい医師はあの方しか居られませんし、往々にして錬金術師と医師は同じエフサで働いています。診療所に勤めればよいと考えるかもしれませんが、診療所では看護婦の仕事しか出来ません。これでも一応、医学校は出ているのですが……この街における女の立場は、封建的になる一方です。しかし、帝都の敷居は高く、東の都市はあちらの大陸の魔族が今も守っていて、居心地が悪く……」
「そうだな……私も娼館を経営しているが、売春を頼る女性は増え続けている。女性の働き口が減り続けているのは確かだな。しかし、君は医学校を出ている上、火薬の研究もしている。他のギルドへの移籍は出来なかったのか?」
「破門にされてしまっては当面無理です。それに、こうも女というだけで虐げられるようでは無理でしょう」
ボスウェリア卿は深い溜息を吐いた。
「まったく、優秀な人材の喪失をどれほど続けたいのか……この街も落ちぶれたものだ」
「そういうわけで、ギルドのお得意様でもあったボスウェリア卿を頼って此処に来ました」
「そうだったのか……分かった。ひとまず君を女中として雇う事にしよう」
「ひとまず?」
「大きな声では言えないが、例の発煙筒の研究はぜひ君に続けて欲しい。君の様な人材を無碍に扱うギルドとの取引は気が進まない上、忌避剤というのは魔獣退治ギルドの天敵だからな」
「確かに。しかし、お役人に叱られませんか?」
「自家消費分であればギルドを脅かす事も無かろう。実は、魔獣退治ギルドを支援しようと思っていてね」
「そうでしたか」
「とはいえ、まずは君の事は女中としてすぐに雇い入れる。ただ、今は客人が居るので、住み込みではなく、この近くにある私の買った長屋を寮として寝起きしてもらう事になるのだが、それでもいいか?」
「むしろありがたいです。今の寮は量は今日中に出ていく事になるので……書籍の類が置けるのはありがたいです」
「何? 今日中に引っ越しなのか?」
「えぇ」
「それはいかんな。仕方ない。荷馬車とはいかんが、トリビュローを貸そう。それなら荷台に荷物を載せ、一度に運び込める」
「それはありがたいです」
「すぐに用意させよう。あぁ、長屋には後から案内する。一旦は荷物を持って此処に来なさい」
「分かりました」
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