三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ

36.貴族商人ボスウェリア:思いがけない再会

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 女中のプトーシ―に案内され、メテオーロは二階の応接間に向かった。
(此処も随分質素だな、本当にこいつ、貴族なのか?)
 二階の応接間も簡素な木の椅子と机が有るのみで、机の上には何も無かった。
「ようこそ我が屋敷へ。私はアルモニー・ボスウェリア、君の話はそちらの者から聞かせてもらったよ」
星降谷ほしふりたにのメテオーロだ、よろしく」
「さあ、中に入って下さい」
 一階の応接間と同じく簡素な木の椅子に腰掛けようとして、メテオーロは目を疑った。
「お前さんは……」
 メテオーロの視線の先に居たのはオルド、彼もまたメテオーロを前に目を丸くしていた。
「おや、小間使いの彼と知り合いかね?」
「こ、小間使い……あ、あぁ」
「彼は其処の者が連れてきてくれたんだ。なんでも、彼は魔獣を引き寄せる体質の様でね、役に立つだろうと」
「そうですか……」
 メテオーロは何の変哲もない若者が魔獣を引き寄せるという事がにわかには信じられないまま腰を下ろす。
「早速だが……其処の者から話は聞かせてもらった。不死鬼相手に怯みもしなかった、と」
「不死鬼を見たのは初めてではありませんし、人間かそうでないかくらいは分ります」
「そうか……魔獣退治には慣れているようだが、不死鬼もか……ならば、オークと戦った事は有るか」
「人間に敗れた残党程度なら」
「それで十分だ」
「で、そんな事を聞く為だけに招いたわけじゃあないですよね」
「あぁ。君達にはこれからギルドの登記を行ってもらう。中央区の職業紹介所の隣に有るギルド管理本部に行って、頭領以下従業員全員の手形を見せ、書類を出すんだ。とはいえ、仮手形しか持っていない者は審査され、そのまま提出したのでは承認が後回しにされてしまう。即日承認の条件である住所……長期滞在の宿でも構わないが、その住所と保証人に私が力を貸す」
「住所?」
「此処の家を買う前に、投資話に乗って長屋を一棟買っていてね……恥ずかしながら店子が居ないんだ。その長屋を長期滞在の宿として登録すると良い、後で住所を書いておく。一応家賃は貰う事になるが……出世払いで構わない」
 メテオーロはボスウェリアに対し、商魂のたくましい貴族だと呆れた溜息を吐く。
「それと、都合、君ともう一人、君に同伴している女性……」
「ジーナだ」
「そう、ジーナという方は同じ住所になるが、別に同居しろとは言わない。この家の空き部屋を貸すので、話し合ってどちらかはこの屋敷に留まってもいい」
「だったら俺がその長屋を借りますよ。ジーナは街の暮らしを全く知らずに此処に来ちまってる……挨拶から食事の作法まで、少し教えてやって欲しい」
「そうか……なら、ジーナは家で預かっている事にしよう」
「それがいい……と、それはそれとして、此処まで支援するというからには、いくら欲しい」
 メテオーロは低い声で尋ねた。
「いくら欲しい、とは」
「しらを切らなくてもいい、魔獣退治の見返りから、手数料を取るんだろう?」
 ボスウェリアは呆れた様に笑う。
「疑り深いな……確かに、一方的に協力するだけで私には何ら利益が無いのは事実だ。だが、別に私はそんな物が欲しいとは思っていない」
「なら、どうして初対面の見ず知らずだった俺達に協力するんだ」
「私はね……魔王の復権を望んでいるんだよ」
 メテオーロは目をみはった。
「私はただの人間でしかないが、今の皇帝には辟易へきえきしているんだよ……精霊の末裔である南大陸の人間を蔑み、かつてひとつだった東大陸を見下し、魔力を持つ魔族を危険視して迫害し、人間以前からこの地を知っている種族を虐げている……人間こそが至高の存在と思い上がりながら、魔獣騒動のひとつ収束させられぬあの無能の権威を亡き者にしたいのだ」
 それまでの貴族らしい傲慢さをにじませながらも穏やかな態度を一変させ、革命家の如く皇帝を糾弾するボスウェリアに、メテオーロは息を呑む。
「確かに、魔力を持つ者達はその魔力故に技術を発展させるという事をおろそかにしていたが、歯車の機械を操れる様になったからと言ってそれだけで人間が頂点に立つ理由にはならない。まだ魔王に権威があった頃には、全ての種族がそれなりに幸せであった。私はその最後の時代を僅かに覚えている。私がまだ幼かった頃には、魔族の大道芸人が見世物を出し、ドワーフの作った道具が店に並べられていた。しかし、あの皇帝は即位するなり人間の優位性を唱え、帝都から魔力を持つ者を追放し、吸血鬼を駆逐しようとさえした。それも、虚構の神の御意思を盾にして!」
 メテオーロは眉を顰めた。魔王の権威が失墜してしまう以前から、人間達はそれまでにない新たな信仰の元で団結していた事を彼は知っている。そして、今の皇帝が即してからというもの、その信仰は強制と強権によって狂い始めている事もまた身を以《もっ》て知っている。
「あの作り物の神は、元はといえば人間の魔力に対する羨望と、東大陸に今も伝わる魂の輪廻転生がないまぜになって生まれた物だった……今となっては、絶対的な唯一神の御加護を信じなければ救われないという狂気にげ替えられているがな」
「そうだな」
「だが、魔獣退治と魔王の復権に何の関係が」
「その宝具だよ」
 メテオーロは目を瞠り、ボスウェリアを見た。
「私の様な一介の人間が触れるにはあまりにも恐ろしいその魔力……私は君達に、魔獣を追いかける事によって魔王を探して欲しいのだ。私が望むのはただ一つ、魔王の復権による皇帝の破滅だ」
「魔王……」
 二十数年前、即位したばかりの皇帝は大軍勢を組織し、北の都を壊滅させた。其処に暮らした闇の魔族は各地へと散り、魔王の城は魔力だけでは退けられないほどの壮絶な砲撃を受け瓦礫と化し、魔王は遂に没したとされている。だが、後継者の一人の亡骸と、魔王の宝具は遂に見つからなかった。
「王太子の一人は、亡骸が残らないほどの死に方をしたとされているが、おそらく逃げおおせている。それだけでなく、魔王の宝具はそもそも様々な種族に渡っており、残っていたのは杖だけだともいう……君がそれを持つように」
「……其処の吸血鬼の言う探し物ってのは、そういう事か」
 メテオーロはボスウェリアの私兵に目を向ける。
「近いですが、違いますよ。私は何処にいるか分からない王太子を探そうなどと無謀な事は考えません。そもそも彼が生きているなら、いずれ復権をかけ、魔族の軍勢を組織するでしょう。魔王には十三柱の悪魔とその軍団を従える力が有るのですから」
「じゃあ」
「私には私で探さなければならない物が有るのです……忌まわしきあの皇帝を名乗る下種の者の手下によって奪われた物を、取り返さなければならないのです」
 メテオーロは再びボスウェリアを見遣る。
「ともあれ、ギルドの登記に行ってもらう必要が有る。長屋の住所と地図、それからここの住所を書いた物を用意しよう」
 ボスウェリアは背後の棚から紙とペンを出し、必要な事を書き込んだ。
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