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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ
33.ボスウェリアの私兵:深夜の喫茶店とエルフ語
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番所にて憲兵の聴取を受けた三人が番所を出たのは、既に東の空が白んでいた頃の事だった。
番所を出た男は少し話を聞かせて欲しいと言い、メテオーロとジーナを喫茶店に誘った。メテオーロは吸血鬼の誘いに疑念を抱きながらも、一度話をしてみたいとそれに応じ、行く当ての無いジーナを連れて半地下に有るその店へと向かった。
深夜に店を開ける喫茶店は旅人が夜を明かす酒場に似ていたが、品物の相場は高く、留まる人々は身元こそ隠しているが貧しい旅人という風では無かった。
「それで……貴族の私兵が、なんで不死鬼の退治を?」
開口一番メテオーロは尋ねた。
「仕事場の安全を守る為、と言って通じるでしょうか」
「何の仕事だ?」
「私の雇い主は娼館を持っていましてね、従業員を人ならざるものから守る必要に迫られていました」
「ほう……」
男の語る事全てを訝しがるメテオーロと真意の見えないすまし顔で座る男が睨み合う傍ら、ジーナは見た事の無い食器に飲んだ事の無い飲み物を出され、興味津々の様子だった。
「まぁいい。それで、何が聞きたい」
メテオーロは先日交戦した理由を尋ねられるものと思ったが、男の問いは予想していない物だった。
『あなたの腕輪の事です』
男はそれまでとは調子の異なる言葉で話し始めた。
『……何故分かった』
メテオーロは眉間に皺を寄せ、低く男と同じ言葉で返す。
『それに類する物を、私は知っています』
『何者なんだ、お前は』
『それに類する物を持つに相応しい者と近しい生まれだと言っておきましょう。そして、あなたはそれを持つに相応しい血筋の者に見えます。違いますか』
『俺の一族は皆西方に向かった、そう言えば分かるか』
『そうでしたか……その腕輪の行方は、その一族の出立と共に記録が途絶え、以来数百年失われた物と思われていました。まさか、放浪していたとは。ともあれ、卑しい人間の手に渡っていなかったなら、それで安心しました。少なくとも、それがこの魔獣の元凶ではない』
『魔獣の元凶……お前、本当はそれを調べる為に動いているのではないか?』
男は意味深に微笑みを見せた。
『ともあれ、こうしてその所有者に会えた事で安堵しました。仮令それが、私を殺そうとした者であったとしても……言っておきますが、今の私の餌は、私の雇い主に許諾された者だけですよ』
あたかもメテオーロがとある娼館の遣手婆に雇われていた事を知っているかの様な男の物言いに、メテオーロは返す言葉を失い、干されたリンゴの浮かぶ紅茶を口にする。
「さて……同じギルドのメンバーをほぼ失ったところで、あなたはこの先どうするつもりなのですか」
「どうするも何も、頭領は死んじまったし、またギルドを探す」
「しかし、それを持っている限り、あなたはまた襲われるでしょう」
男はその視線をメテオーロの左腕に移す。
「先ほどの騒動でも、襲われていたのはあなただけでした」
メテオーロはやや目を伏せて沈黙する。
「実のところ、今はさる貴族に雇われていますが、私は探し物をしている最中でして……どうでしょう、私が後ろ盾となり、あなたが頭領のギルドを結成するというのは」
メテオーロは仰天して視線を上げ男を見遣る。一方、男は飄々として紅茶に口を付けていた。
「そりゃ、どういう意味だ」
「あなたは行く当てが無い、しかし、魔獣退治には十分な力を持っている。私は探し物をしているがそれは何処に有るかすら分からない、しかも、今は私兵である自由に動けない……魔獣退治ギルドの認証を受ければ魔獣討伐の大義名分の下、交通手形が支給され、大陸を自由に移動出来ます。しかも魔獣退治をすれば成功報酬を受け取る事が出来る上、腕の良い退治屋であれば魔獣の持つ秘石やその他の副産物も存分に回収出来ます。副収入が多ければ、安く仕事を請け負える分、より広い範囲を巡る事が出来ます」
メテオーロは再び眉間に深い皺を寄せる。
「悪い話には聞こえねぇが……おたくの探し物ってのは……」
「失われたとある宝物です」
それに類する物だと言わんばかりに、男はメテオーロの左腕に視線を向ける。
「宝探しに魔獣退治……夢物語の冒険譚みてぇな話だな」
「しかし、魔獣退治に関しては悪くないでしょう」
「そりゃあそうだが……」
突然出会った人物に持ち掛けられた話に乗っていいものか、メテオーロは訝しむ。
「確かに、ギルドを組織すれば交通手形も発行される。だが、それは公認ギルドに限った話だろう? 公認にゃ大手ギルドや貴族からの推薦状が要る。無理だろうが」
「其処は私が手を回しましょう」
「お前さんの雇い主はお前さんが用心棒を辞める事に同意するのか?」
「むしろ私は雇い主に気に入られた作曲家でしかありませんからね……私の報酬が何かは、およそ見当がついているのでしょう?」
メテオーロは眉を顰めた。
「……商売道具を“借りる”って事か。とんだ雇い主だな、雇われた女からしても」
「私は餌を殺す様な不作法はしませんよ」
「つまり、使いづらい私兵なら暇乞いも出来るという事か……いいだろう。ただ、後ろ盾になる人間が居ると言うのなら、その人に会わせてもらいたい。話はそれからだ」
「そうですね。私も雇い主の指図でこの話をしたわけではありませんし……屋敷に案内します」
「そうか……それはそうと、仮にそのギルドを組むとして、其処に居るジーナも一緒で構わないか? 来て早々にギルドが潰れていく当てが無いんだ。勿論、魔獣退治は十分に出来る」
「構いませんよ。日が昇ったら屋敷に案内しましょう」
番所を出た男は少し話を聞かせて欲しいと言い、メテオーロとジーナを喫茶店に誘った。メテオーロは吸血鬼の誘いに疑念を抱きながらも、一度話をしてみたいとそれに応じ、行く当ての無いジーナを連れて半地下に有るその店へと向かった。
深夜に店を開ける喫茶店は旅人が夜を明かす酒場に似ていたが、品物の相場は高く、留まる人々は身元こそ隠しているが貧しい旅人という風では無かった。
「それで……貴族の私兵が、なんで不死鬼の退治を?」
開口一番メテオーロは尋ねた。
「仕事場の安全を守る為、と言って通じるでしょうか」
「何の仕事だ?」
「私の雇い主は娼館を持っていましてね、従業員を人ならざるものから守る必要に迫られていました」
「ほう……」
男の語る事全てを訝しがるメテオーロと真意の見えないすまし顔で座る男が睨み合う傍ら、ジーナは見た事の無い食器に飲んだ事の無い飲み物を出され、興味津々の様子だった。
「まぁいい。それで、何が聞きたい」
メテオーロは先日交戦した理由を尋ねられるものと思ったが、男の問いは予想していない物だった。
『あなたの腕輪の事です』
男はそれまでとは調子の異なる言葉で話し始めた。
『……何故分かった』
メテオーロは眉間に皺を寄せ、低く男と同じ言葉で返す。
『それに類する物を、私は知っています』
『何者なんだ、お前は』
『それに類する物を持つに相応しい者と近しい生まれだと言っておきましょう。そして、あなたはそれを持つに相応しい血筋の者に見えます。違いますか』
『俺の一族は皆西方に向かった、そう言えば分かるか』
『そうでしたか……その腕輪の行方は、その一族の出立と共に記録が途絶え、以来数百年失われた物と思われていました。まさか、放浪していたとは。ともあれ、卑しい人間の手に渡っていなかったなら、それで安心しました。少なくとも、それがこの魔獣の元凶ではない』
『魔獣の元凶……お前、本当はそれを調べる為に動いているのではないか?』
男は意味深に微笑みを見せた。
『ともあれ、こうしてその所有者に会えた事で安堵しました。仮令それが、私を殺そうとした者であったとしても……言っておきますが、今の私の餌は、私の雇い主に許諾された者だけですよ』
あたかもメテオーロがとある娼館の遣手婆に雇われていた事を知っているかの様な男の物言いに、メテオーロは返す言葉を失い、干されたリンゴの浮かぶ紅茶を口にする。
「さて……同じギルドのメンバーをほぼ失ったところで、あなたはこの先どうするつもりなのですか」
「どうするも何も、頭領は死んじまったし、またギルドを探す」
「しかし、それを持っている限り、あなたはまた襲われるでしょう」
男はその視線をメテオーロの左腕に移す。
「先ほどの騒動でも、襲われていたのはあなただけでした」
メテオーロはやや目を伏せて沈黙する。
「実のところ、今はさる貴族に雇われていますが、私は探し物をしている最中でして……どうでしょう、私が後ろ盾となり、あなたが頭領のギルドを結成するというのは」
メテオーロは仰天して視線を上げ男を見遣る。一方、男は飄々として紅茶に口を付けていた。
「そりゃ、どういう意味だ」
「あなたは行く当てが無い、しかし、魔獣退治には十分な力を持っている。私は探し物をしているがそれは何処に有るかすら分からない、しかも、今は私兵である自由に動けない……魔獣退治ギルドの認証を受ければ魔獣討伐の大義名分の下、交通手形が支給され、大陸を自由に移動出来ます。しかも魔獣退治をすれば成功報酬を受け取る事が出来る上、腕の良い退治屋であれば魔獣の持つ秘石やその他の副産物も存分に回収出来ます。副収入が多ければ、安く仕事を請け負える分、より広い範囲を巡る事が出来ます」
メテオーロは再び眉間に深い皺を寄せる。
「悪い話には聞こえねぇが……おたくの探し物ってのは……」
「失われたとある宝物です」
それに類する物だと言わんばかりに、男はメテオーロの左腕に視線を向ける。
「宝探しに魔獣退治……夢物語の冒険譚みてぇな話だな」
「しかし、魔獣退治に関しては悪くないでしょう」
「そりゃあそうだが……」
突然出会った人物に持ち掛けられた話に乗っていいものか、メテオーロは訝しむ。
「確かに、ギルドを組織すれば交通手形も発行される。だが、それは公認ギルドに限った話だろう? 公認にゃ大手ギルドや貴族からの推薦状が要る。無理だろうが」
「其処は私が手を回しましょう」
「お前さんの雇い主はお前さんが用心棒を辞める事に同意するのか?」
「むしろ私は雇い主に気に入られた作曲家でしかありませんからね……私の報酬が何かは、およそ見当がついているのでしょう?」
メテオーロは眉を顰めた。
「……商売道具を“借りる”って事か。とんだ雇い主だな、雇われた女からしても」
「私は餌を殺す様な不作法はしませんよ」
「つまり、使いづらい私兵なら暇乞いも出来るという事か……いいだろう。ただ、後ろ盾になる人間が居ると言うのなら、その人に会わせてもらいたい。話はそれからだ」
「そうですね。私も雇い主の指図でこの話をしたわけではありませんし……屋敷に案内します」
「そうか……それはそうと、仮にそのギルドを組むとして、其処に居るジーナも一緒で構わないか? 来て早々にギルドが潰れていく当てが無いんだ。勿論、魔獣退治は十分に出来る」
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