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第二章 成り行き任せ、異世界ライフ
29.そのギルド、最低につき:口論
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魔獣退治ギルドのひとつであるガイストは三ヶ月ほど前に結成されたギルドで、人間以外の種族だけで構成されている。それ故かギルド評価を向上させる公的案件は回されていないが、第三都市周辺の集落を中心に依頼を引き受け、着実に実績を上げていた。
ギルドを束ねる頭領のレアオは南大陸の乾燥地帯に伝わる精霊の混血で、帝都に上って武術の修業に励んできた元傭兵だった。
「今日から俺達のギルドに加わる事になった二人だ」
面接試験の翌日、ガイストの詰め所にはメテオーロとジーナの姿が有った。
「俺はメテオーロ、長らく旅をしてきた者だ、よろしく頼む」
ギルド結成以前からレアオと共に魔獣討伐を行っていたトゥバロンはメテオーロを怪訝に見遣った。トゥバロンは大陸南部の港町に生まれた網元の息子だが、セイレーンの娼婦が産んだ子供であり、生まれてすぐに捨てられた挙句、孤児院を経て幼い内から過酷な漁師仕事をしていた男だった。
「あたしはジーナ、よろしく」
小麦色の肌に金色の髪を持つジーナは恐ろしい程に良く研がれた首切り斧を手に挨拶する。
「早速だが、これから先日引き受けた魔狼の駆除に向かう。俺達の仕事を教えるから、二人は後方支援を頼んだ。トゥバロン、オーリソウ、行くぞ」
オーリソウはギルド結成時に勧誘された女性で、人間とドワーフの混血だった。ドワーフは他の種族との交流を嫌う為に父親との同居は叶わず、物心ついた時には母親を亡くして路地で物乞いをしていた。それから数年後、都市の酒場の女給をしていた時に破落戸を完膚なきまでに打ちのめす様をレアオに目撃され、ギルドに勧誘された。
一行は足早に第三都市を去り、帝都と第三都市の中間にある町へと向かう。その町は都市よりも安く質のいい宿や料理屋もあるが、農業が主要産業の街だった。しかし、育てられているのは麦や芋といった作物では無く、高値で取引される香草や、都市部で贈答品として需要の高い花卉が多く、温室も整備されている。
第三都市からこの小都市までは少し距離があり、一行が到着したのは正午を少し過ぎた頃の事だった。
「俺とオーリで町長の所に挨拶をして、駆除について話をしてくる、それまで此処で待機だ」
「ちょ……」
レアオはオーリソウを伴い、三人を待機させる広場から更に離れた町役場へと向かう。
「昼飯はどうするんだよ」
レアオを呼び止めようとしたジーナは不服そうに二人を見る。
「は? 朝飯食ってねぇのかよ」
トゥバロンは呆れた様に言い放つ。
「炊き出しよりも早く呼びつけといてそりゃあないだろうが! こっちは無一文だぞ?」
「はぁ? 無一文でカリキまで来たのか? ばっかじゃねーの?」
「おい」
メテオーロは売り言葉に買い言葉で口論を始めるトゥバロンとジーナを諫めようとするが、口論は止められない。
「無一文で悪いかよ! こっちは命がけで此処まで来てんだ! それなのに、おたくらはギルドの従業員に飯も食わせねぇのか?」
「飯ぐらい自分で用意するのがスジだろうが。給金が出るまでの暮らしもままならずに、よくギルドに志願したもんだな!」
「おい!」
「大体、無一文の宿無しにギルドに参加する資格なんかねーんだよ! そういう連中は、まずは日雇いで飯代を稼ぐんだっつーの! おまえ、女なら体でも何でも売れるだろうが」
トゥバロンの暴言に、ジーナは遂に言葉ではなく刃を返す。
「ほう? やろうってんのか、あぁ?」
「いい加減にしろ!」
メテオーロの制止よりも早く、トゥバロンは古くは屠殺に使われていた様な金槌状のメイスを振り上げた。
「やめろっつってんだよ!」
メテオーロは首切り斧を振り上げるジーナとトゥバロンの間に割って入り、トゥバロンと対峙する。
「邪魔するんじゃねぇ!」
「いい加減にしろ! そりゃあよ、給金が出るまでは飯も食えねぇ有様なのは事実だが、それを言うなら俺だって同じだ。それと、女だからってすぐに身売りをさせる様な考えは捨てろ。今はそんな時代じゃねぇだろうが」
「ざけんな!」
トゥバロンは怒りに任せて鋭利に改造された金槌の先端をメテオーロに突き出そうとする。だが、間合いが近すぎて柄を掴まれてしまった。
「戦いにおいて最も命取りになるのは短気を起こす事だ、弁えろ!」
メテオーロはトゥバロンを突き飛ばす。
トゥバロンはあからさまに舌打ちし、メテオーロから視線を逸らした。
メテオーロはまだ怒りが収まらないといった風のジーナをつれ、広場を少し離れた道沿いの長椅子に腰を下ろす。
「味気ないだろうが、少し食べた方がいい」
メテオーロはくたびれた雑嚢から、粉を水で練った物を焼いた保存食を取り出す。
「お前の食い扶持だろう?」
「構わん、多少の小銭は持ってるんでな、後でパンでも買うさ」
「そうかい……それじゃあ、有難く貰うよ」
保存食を受け取り、ジーナはメテオーロの隣に腰を下ろす。
「……ひっでえぇなこりゃ、何の味もしないぜ」
「悪ぃな、エルフってのはあまり人間と同じ物を食わないんだ」
「お前、エルフだったのか……」
「あぁ。お前さんは南の島から来たのか?」
「あぁ……事情があってな、島を出る事になっちまった」
「そうか……大変だったな」
「同情ならいらねぇよ」
味気ない保存食を齧るジーナの隣で、メテオーロは彼女の事を詮索するでもなく、ただ、行き交う人を見つめていた。
そんなメテオーロの態度に、いきり立っていたジーナの感情は漸く冷静さを取り戻す。
「……この借りはその内返させてもらうよ」
「別に構わん。そんな物しか無くて悪かった」
二人がただ腰掛けて待っていると、恐ろしく不機嫌な顔をしたレアオが二人の前に立ちはだかった。
「おい、貴様ら」
その形相を前にしてもなお、二人は動かない。
「俺はあの広場で待っていろと命令したはずだ、何故此処に居る」
「文句なら頭領さんの部下に言ってくれ。ありゃ随分と失礼な奴だな」
メテオーロの口調には余裕が有った、しかし、槍を握る手には力が込められる。
「は?」
「昼飯が食えない事で言い争いが殺し合い寸前だ。俺達は炊き出しの粥の一口も食えずに呼び出されているにもかかわらず、パンの一切れを買いに行く事も許されないのは、流石に辛くてな」
「それはお前達の責任だ……まぁいい、今日は初陣ですらないからな。さっさとついて来い」
レアオに従っていたオーリソウは不服そうにレアオを見上げるが、レアオは足早に広場へと戻る。
長椅子に腰掛けていた二人は黙って立ち上がり、同じ事を考えていた。
やっていられない、と。
ギルドを束ねる頭領のレアオは南大陸の乾燥地帯に伝わる精霊の混血で、帝都に上って武術の修業に励んできた元傭兵だった。
「今日から俺達のギルドに加わる事になった二人だ」
面接試験の翌日、ガイストの詰め所にはメテオーロとジーナの姿が有った。
「俺はメテオーロ、長らく旅をしてきた者だ、よろしく頼む」
ギルド結成以前からレアオと共に魔獣討伐を行っていたトゥバロンはメテオーロを怪訝に見遣った。トゥバロンは大陸南部の港町に生まれた網元の息子だが、セイレーンの娼婦が産んだ子供であり、生まれてすぐに捨てられた挙句、孤児院を経て幼い内から過酷な漁師仕事をしていた男だった。
「あたしはジーナ、よろしく」
小麦色の肌に金色の髪を持つジーナは恐ろしい程に良く研がれた首切り斧を手に挨拶する。
「早速だが、これから先日引き受けた魔狼の駆除に向かう。俺達の仕事を教えるから、二人は後方支援を頼んだ。トゥバロン、オーリソウ、行くぞ」
オーリソウはギルド結成時に勧誘された女性で、人間とドワーフの混血だった。ドワーフは他の種族との交流を嫌う為に父親との同居は叶わず、物心ついた時には母親を亡くして路地で物乞いをしていた。それから数年後、都市の酒場の女給をしていた時に破落戸を完膚なきまでに打ちのめす様をレアオに目撃され、ギルドに勧誘された。
一行は足早に第三都市を去り、帝都と第三都市の中間にある町へと向かう。その町は都市よりも安く質のいい宿や料理屋もあるが、農業が主要産業の街だった。しかし、育てられているのは麦や芋といった作物では無く、高値で取引される香草や、都市部で贈答品として需要の高い花卉が多く、温室も整備されている。
第三都市からこの小都市までは少し距離があり、一行が到着したのは正午を少し過ぎた頃の事だった。
「俺とオーリで町長の所に挨拶をして、駆除について話をしてくる、それまで此処で待機だ」
「ちょ……」
レアオはオーリソウを伴い、三人を待機させる広場から更に離れた町役場へと向かう。
「昼飯はどうするんだよ」
レアオを呼び止めようとしたジーナは不服そうに二人を見る。
「は? 朝飯食ってねぇのかよ」
トゥバロンは呆れた様に言い放つ。
「炊き出しよりも早く呼びつけといてそりゃあないだろうが! こっちは無一文だぞ?」
「はぁ? 無一文でカリキまで来たのか? ばっかじゃねーの?」
「おい」
メテオーロは売り言葉に買い言葉で口論を始めるトゥバロンとジーナを諫めようとするが、口論は止められない。
「無一文で悪いかよ! こっちは命がけで此処まで来てんだ! それなのに、おたくらはギルドの従業員に飯も食わせねぇのか?」
「飯ぐらい自分で用意するのがスジだろうが。給金が出るまでの暮らしもままならずに、よくギルドに志願したもんだな!」
「おい!」
「大体、無一文の宿無しにギルドに参加する資格なんかねーんだよ! そういう連中は、まずは日雇いで飯代を稼ぐんだっつーの! おまえ、女なら体でも何でも売れるだろうが」
トゥバロンの暴言に、ジーナは遂に言葉ではなく刃を返す。
「ほう? やろうってんのか、あぁ?」
「いい加減にしろ!」
メテオーロの制止よりも早く、トゥバロンは古くは屠殺に使われていた様な金槌状のメイスを振り上げた。
「やめろっつってんだよ!」
メテオーロは首切り斧を振り上げるジーナとトゥバロンの間に割って入り、トゥバロンと対峙する。
「邪魔するんじゃねぇ!」
「いい加減にしろ! そりゃあよ、給金が出るまでは飯も食えねぇ有様なのは事実だが、それを言うなら俺だって同じだ。それと、女だからってすぐに身売りをさせる様な考えは捨てろ。今はそんな時代じゃねぇだろうが」
「ざけんな!」
トゥバロンは怒りに任せて鋭利に改造された金槌の先端をメテオーロに突き出そうとする。だが、間合いが近すぎて柄を掴まれてしまった。
「戦いにおいて最も命取りになるのは短気を起こす事だ、弁えろ!」
メテオーロはトゥバロンを突き飛ばす。
トゥバロンはあからさまに舌打ちし、メテオーロから視線を逸らした。
メテオーロはまだ怒りが収まらないといった風のジーナをつれ、広場を少し離れた道沿いの長椅子に腰を下ろす。
「味気ないだろうが、少し食べた方がいい」
メテオーロはくたびれた雑嚢から、粉を水で練った物を焼いた保存食を取り出す。
「お前の食い扶持だろう?」
「構わん、多少の小銭は持ってるんでな、後でパンでも買うさ」
「そうかい……それじゃあ、有難く貰うよ」
保存食を受け取り、ジーナはメテオーロの隣に腰を下ろす。
「……ひっでえぇなこりゃ、何の味もしないぜ」
「悪ぃな、エルフってのはあまり人間と同じ物を食わないんだ」
「お前、エルフだったのか……」
「あぁ。お前さんは南の島から来たのか?」
「あぁ……事情があってな、島を出る事になっちまった」
「そうか……大変だったな」
「同情ならいらねぇよ」
味気ない保存食を齧るジーナの隣で、メテオーロは彼女の事を詮索するでもなく、ただ、行き交う人を見つめていた。
そんなメテオーロの態度に、いきり立っていたジーナの感情は漸く冷静さを取り戻す。
「……この借りはその内返させてもらうよ」
「別に構わん。そんな物しか無くて悪かった」
二人がただ腰掛けて待っていると、恐ろしく不機嫌な顔をしたレアオが二人の前に立ちはだかった。
「おい、貴様ら」
その形相を前にしてもなお、二人は動かない。
「俺はあの広場で待っていろと命令したはずだ、何故此処に居る」
「文句なら頭領さんの部下に言ってくれ。ありゃ随分と失礼な奴だな」
メテオーロの口調には余裕が有った、しかし、槍を握る手には力が込められる。
「は?」
「昼飯が食えない事で言い争いが殺し合い寸前だ。俺達は炊き出しの粥の一口も食えずに呼び出されているにもかかわらず、パンの一切れを買いに行く事も許されないのは、流石に辛くてな」
「それはお前達の責任だ……まぁいい、今日は初陣ですらないからな。さっさとついて来い」
レアオに従っていたオーリソウは不服そうにレアオを見上げるが、レアオは足早に広場へと戻る。
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