三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第一章 よろこべ、これが異世界だ!

28.ボスウェリアの私兵:夢無し異世界ライフ

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 一階に降りたオルドは馬丁のセリューに案内され、裏口から外に出た。すると、オルドには何処か見慣れている様で見慣れない乗り物が用意されていた。
「これは……」
「トリビュローです。馬の牽かない車で、騎乗する者がその踏み板を踏んで車輪を回して進める物です」
 トリビュローは三輪車と同じ原理の乗り物で、前輪のペダルを動力源にして進むが、それはオルドの知っている自転車や三輪車よりも少し背が高く、ハンドブレーキに相当する機構も付いていない。
「これ、止める時はどうするんですか?」
「踏み板を踏まなければ止まりますし、踏み板を一瞬後ろに踏み込んで止めるとも聞きます。僕は乗った事が無いのですが……ただ、止める際には馬と違って靴が傷むので、評判は其処まで良くないそうです」
「用意出来ましたか?」
 男は馬屋から姿を現した。
「乗り心地は保証しませんが、荷台を鞍に付け替えていただきましたので、そちらに乗って下さい」
「え……」
「古着屋まで案内します。それと、これから何度も行く事になるでしょうから、錬金術ギルドの入ったエフサにも案内します」
「は、はぁ……」
 運転手が座るサドル部分は乗馬用の鞍に近い形状で、オルドが知っている自転車よりは高さがあるものの、馬によるよりは乗りやすい高さであった。一方、前輪に牽引される二輪の荷台部分に設置された二人乗り用の鞍は、乗っている間に足が接地せぬ様に高さが有り、四つ足の馬に乗るよりも乗り込むには不安定に見える。
「早く乗って下さい」
「はいっ」
 促され、オルドは本体が壊れない事を祈りながら荷台の枠に足を掛けて鞍にまたがる。その間、運転手となる男が車体を支えており騎乗はオルドが思ったほど困難では無かった。しかし、降りるときはどうなっているのか分からない。オルドは一抹の不安を抱えたまま、車体が動き出すままに身を任せた。
「お気をつけてー」
 セリューに見送られながら、二人は市街地へと進む。
 車体は自転車なら少し遅いくらいの速度で大通りを進む。オルドは物珍しい乗り物が好奇の視線を受けると覚悟していたが、その眼差しを向けるのは貧しい身なりの労働者と思しき者や、旅人の様な者達だけだった。
「近頃は馬の餌代も馬鹿になりませんし、都市内の移動に馬を使うのは不便ですからね。今の改良研究が進めば、珍しくも無くなるでしょう」
 オルドは思い出す。自分が女性だった時には、男性の運転するバイクの後ろに乗ってみたいと思っていたものだ、と。そして、一度異世界に転生してから男になったその時には、後ろに女性を乗せて馬に乗ってみたいと考えていたものだ、と。だが、今繰り広げられているのは、男の身になった自分が、男の漕ぐ三輪車の後ろに乗って牽引されている光景である。それは酷く滑稽で、笑いぐさにされるのではないかと恐れた。しかし、流れてゆく景色の一部と化した町の人々が何を考えているのか、オルドには知る術が無かった。
 そうして暫く車体は市街地を進み、やがて停車した。
 男は早々に鞍から降りるが、二輪の荷台は比較的安定していた。だが、オルドが動く事によって重心がずれて倒れないか、彼はそれが不安でなかなか降りられない。
「卿に伝えなければなりませんね、荷台に鞍を積むのは止めさせた方がいい、と」
 降りるのに難儀するオルドを眺めながら、男は肩を竦めた。

 二人が古着屋を出たのは、既に日が傾いた頃の事だった。
 オルドが小姓として働くに十分な衣服はその古着屋に揃っており、基本になるシャツとズボンに仕事道具を入れるベストと正装の為の上着、歩きやすく丈夫な靴を買う事となった。
「いくらか支度金が残りましたから、靴下と下着は新しい物が買えるでしょう。とは言え、今日はこのままエフサに寄って帰りますから、明日、時間が有れば雑貨屋にでも行って下さい」
「はあ……えっと、それでその……エフサって何ですか?」
「ギルド……職人の集団で、都市ごとに形成されている集団の本拠が集まっている場所の事です。この町では大きな建物がそう呼ばれています」
「そうなんですか」
 明日からの着替えが詰め込まれた紙袋を抱え、オルドは再びトリビュローの荷台に乗り込む。
「これから向かうエフサは錬金術師や医師のギルドが集まっているエフサで、魔獣の忌避剤を燃やす発煙筒の火薬の調合を頼んでいます」
 男の走らせる車体は通りの中央近くで人の間をすり抜けながら、目的地へと向かう。そして、とある大きな建物の前で車体は停止した。
「お待ちしていました、ボスウェリア卿の使用人の方ですね?」
「あ……」
 建物の前では若い女性が紙袋を持って立っていた。オルドはその女性に見覚えが有り、思わず声を上げる。
「あら、そちらの方は……」
 女性は男に紙袋を手渡しながら、オルドを見遣る。
「卿が新しく雇った使用人です。私の仕事も手伝う事になっています」
「そうなんですか。あ、それはそうと、この火薬、ご注文の通り配合を少し変えました。煙が多く出る方がいいとの事でしたので、そのようにしました。炎の色が少し違って見えるかもしれませんが、薬品の違いによるものなのでご了承を」
「分かりました。それでは、また」
「はい、お気をつけて」
 男は発煙筒の入った紙袋を上着の内側に収め、再び車体を走らせる。
「先ほどの助手の方とは知合いですか?」
「あ、いや、知り合いって程じゃないんですけど……炊き出しの時に声を掛けてくれたんです」
「そうでしたか」
 男はそれ以上追及する事はせず、屋敷に向けて車体を進めた。
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