29 / 77
第一章 よろこべ、これが異世界だ!
28.ボスウェリアの私兵:夢無し異世界ライフ
しおりを挟む
一階に降りたオルドは馬丁のセリューに案内され、裏口から外に出た。すると、オルドには何処か見慣れている様で見慣れない乗り物が用意されていた。
「これは……」
「トリビュローです。馬の牽かない車で、騎乗する者がその踏み板を踏んで車輪を回して進める物です」
トリビュローは三輪車と同じ原理の乗り物で、前輪のペダルを動力源にして進むが、それはオルドの知っている自転車や三輪車よりも少し背が高く、ハンドブレーキに相当する機構も付いていない。
「これ、止める時はどうするんですか?」
「踏み板を踏まなければ止まりますし、踏み板を一瞬後ろに踏み込んで止めるとも聞きます。僕は乗った事が無いのですが……ただ、止める際には馬と違って靴が傷むので、評判は其処まで良くないそうです」
「用意出来ましたか?」
男は馬屋から姿を現した。
「乗り心地は保証しませんが、荷台を鞍に付け替えていただきましたので、そちらに乗って下さい」
「え……」
「古着屋まで案内します。それと、これから何度も行く事になるでしょうから、錬金術ギルドの入ったエフサにも案内します」
「は、はぁ……」
運転手が座るサドル部分は乗馬用の鞍に近い形状で、オルドが知っている自転車よりは高さがあるものの、馬によるよりは乗りやすい高さであった。一方、前輪に牽引される二輪の荷台部分に設置された二人乗り用の鞍は、乗っている間に足が接地せぬ様に高さが有り、四つ足の馬に乗るよりも乗り込むには不安定に見える。
「早く乗って下さい」
「はいっ」
促され、オルドは本体が壊れない事を祈りながら荷台の枠に足を掛けて鞍に跨る。その間、運転手となる男が車体を支えており騎乗はオルドが思ったほど困難では無かった。しかし、降りるときはどうなっているのか分からない。オルドは一抹の不安を抱えたまま、車体が動き出すままに身を任せた。
「お気をつけてー」
セリューに見送られながら、二人は市街地へと進む。
車体は自転車なら少し遅いくらいの速度で大通りを進む。オルドは物珍しい乗り物が好奇の視線を受けると覚悟していたが、その眼差しを向けるのは貧しい身なりの労働者と思しき者や、旅人の様な者達だけだった。
「近頃は馬の餌代も馬鹿になりませんし、都市内の移動に馬を使うのは不便ですからね。今の改良研究が進めば、珍しくも無くなるでしょう」
オルドは思い出す。自分が女性だった時には、男性の運転するバイクの後ろに乗ってみたいと思っていたものだ、と。そして、一度異世界に転生してから男になったその時には、後ろに女性を乗せて馬に乗ってみたいと考えていたものだ、と。だが、今繰り広げられているのは、男の身になった自分が、男の漕ぐ三輪車の後ろに乗って牽引されている光景である。それは酷く滑稽で、笑い種にされるのではないかと恐れた。しかし、流れてゆく景色の一部と化した町の人々が何を考えているのか、オルドには知る術が無かった。
そうして暫く車体は市街地を進み、やがて停車した。
男は早々に鞍から降りるが、二輪の荷台は比較的安定していた。だが、オルドが動く事によって重心がずれて倒れないか、彼はそれが不安でなかなか降りられない。
「卿に伝えなければなりませんね、荷台に鞍を積むのは止めさせた方がいい、と」
降りるのに難儀するオルドを眺めながら、男は肩を竦めた。
二人が古着屋を出たのは、既に日が傾いた頃の事だった。
オルドが小姓として働くに十分な衣服はその古着屋に揃っており、基本になるシャツとズボンに仕事道具を入れるベストと正装の為の上着、歩きやすく丈夫な靴を買う事となった。
「いくらか支度金が残りましたから、靴下と下着は新しい物が買えるでしょう。とは言え、今日はこのままエフサに寄って帰りますから、明日、時間が有れば雑貨屋にでも行って下さい」
「はあ……えっと、それでその……エフサって何ですか?」
「ギルド……職人の集団で、都市ごとに形成されている集団の本拠が集まっている場所の事です。この町では大きな建物がそう呼ばれています」
「そうなんですか」
明日からの着替えが詰め込まれた紙袋を抱え、オルドは再びトリビュローの荷台に乗り込む。
「これから向かうエフサは錬金術師や医師のギルドが集まっているエフサで、魔獣の忌避剤を燃やす発煙筒の火薬の調合を頼んでいます」
男の走らせる車体は通りの中央近くで人の間をすり抜けながら、目的地へと向かう。そして、とある大きな建物の前で車体は停止した。
「お待ちしていました、ボスウェリア卿の使用人の方ですね?」
「あ……」
建物の前では若い女性が紙袋を持って立っていた。オルドはその女性に見覚えが有り、思わず声を上げる。
「あら、そちらの方は……」
女性は男に紙袋を手渡しながら、オルドを見遣る。
「卿が新しく雇った使用人です。私の仕事も手伝う事になっています」
「そうなんですか。あ、それはそうと、この火薬、ご注文の通り配合を少し変えました。煙が多く出る方がいいとの事でしたので、そのようにしました。炎の色が少し違って見えるかもしれませんが、薬品の違いによるものなのでご了承を」
「分かりました。それでは、また」
「はい、お気をつけて」
男は発煙筒の入った紙袋を上着の内側に収め、再び車体を走らせる。
「先ほどの助手の方とは知合いですか?」
「あ、いや、知り合いって程じゃないんですけど……炊き出しの時に声を掛けてくれたんです」
「そうでしたか」
男はそれ以上追及する事はせず、屋敷に向けて車体を進めた。
「これは……」
「トリビュローです。馬の牽かない車で、騎乗する者がその踏み板を踏んで車輪を回して進める物です」
トリビュローは三輪車と同じ原理の乗り物で、前輪のペダルを動力源にして進むが、それはオルドの知っている自転車や三輪車よりも少し背が高く、ハンドブレーキに相当する機構も付いていない。
「これ、止める時はどうするんですか?」
「踏み板を踏まなければ止まりますし、踏み板を一瞬後ろに踏み込んで止めるとも聞きます。僕は乗った事が無いのですが……ただ、止める際には馬と違って靴が傷むので、評判は其処まで良くないそうです」
「用意出来ましたか?」
男は馬屋から姿を現した。
「乗り心地は保証しませんが、荷台を鞍に付け替えていただきましたので、そちらに乗って下さい」
「え……」
「古着屋まで案内します。それと、これから何度も行く事になるでしょうから、錬金術ギルドの入ったエフサにも案内します」
「は、はぁ……」
運転手が座るサドル部分は乗馬用の鞍に近い形状で、オルドが知っている自転車よりは高さがあるものの、馬によるよりは乗りやすい高さであった。一方、前輪に牽引される二輪の荷台部分に設置された二人乗り用の鞍は、乗っている間に足が接地せぬ様に高さが有り、四つ足の馬に乗るよりも乗り込むには不安定に見える。
「早く乗って下さい」
「はいっ」
促され、オルドは本体が壊れない事を祈りながら荷台の枠に足を掛けて鞍に跨る。その間、運転手となる男が車体を支えており騎乗はオルドが思ったほど困難では無かった。しかし、降りるときはどうなっているのか分からない。オルドは一抹の不安を抱えたまま、車体が動き出すままに身を任せた。
「お気をつけてー」
セリューに見送られながら、二人は市街地へと進む。
車体は自転車なら少し遅いくらいの速度で大通りを進む。オルドは物珍しい乗り物が好奇の視線を受けると覚悟していたが、その眼差しを向けるのは貧しい身なりの労働者と思しき者や、旅人の様な者達だけだった。
「近頃は馬の餌代も馬鹿になりませんし、都市内の移動に馬を使うのは不便ですからね。今の改良研究が進めば、珍しくも無くなるでしょう」
オルドは思い出す。自分が女性だった時には、男性の運転するバイクの後ろに乗ってみたいと思っていたものだ、と。そして、一度異世界に転生してから男になったその時には、後ろに女性を乗せて馬に乗ってみたいと考えていたものだ、と。だが、今繰り広げられているのは、男の身になった自分が、男の漕ぐ三輪車の後ろに乗って牽引されている光景である。それは酷く滑稽で、笑い種にされるのではないかと恐れた。しかし、流れてゆく景色の一部と化した町の人々が何を考えているのか、オルドには知る術が無かった。
そうして暫く車体は市街地を進み、やがて停車した。
男は早々に鞍から降りるが、二輪の荷台は比較的安定していた。だが、オルドが動く事によって重心がずれて倒れないか、彼はそれが不安でなかなか降りられない。
「卿に伝えなければなりませんね、荷台に鞍を積むのは止めさせた方がいい、と」
降りるのに難儀するオルドを眺めながら、男は肩を竦めた。
二人が古着屋を出たのは、既に日が傾いた頃の事だった。
オルドが小姓として働くに十分な衣服はその古着屋に揃っており、基本になるシャツとズボンに仕事道具を入れるベストと正装の為の上着、歩きやすく丈夫な靴を買う事となった。
「いくらか支度金が残りましたから、靴下と下着は新しい物が買えるでしょう。とは言え、今日はこのままエフサに寄って帰りますから、明日、時間が有れば雑貨屋にでも行って下さい」
「はあ……えっと、それでその……エフサって何ですか?」
「ギルド……職人の集団で、都市ごとに形成されている集団の本拠が集まっている場所の事です。この町では大きな建物がそう呼ばれています」
「そうなんですか」
明日からの着替えが詰め込まれた紙袋を抱え、オルドは再びトリビュローの荷台に乗り込む。
「これから向かうエフサは錬金術師や医師のギルドが集まっているエフサで、魔獣の忌避剤を燃やす発煙筒の火薬の調合を頼んでいます」
男の走らせる車体は通りの中央近くで人の間をすり抜けながら、目的地へと向かう。そして、とある大きな建物の前で車体は停止した。
「お待ちしていました、ボスウェリア卿の使用人の方ですね?」
「あ……」
建物の前では若い女性が紙袋を持って立っていた。オルドはその女性に見覚えが有り、思わず声を上げる。
「あら、そちらの方は……」
女性は男に紙袋を手渡しながら、オルドを見遣る。
「卿が新しく雇った使用人です。私の仕事も手伝う事になっています」
「そうなんですか。あ、それはそうと、この火薬、ご注文の通り配合を少し変えました。煙が多く出る方がいいとの事でしたので、そのようにしました。炎の色が少し違って見えるかもしれませんが、薬品の違いによるものなのでご了承を」
「分かりました。それでは、また」
「はい、お気をつけて」
男は発煙筒の入った紙袋を上着の内側に収め、再び車体を走らせる。
「先ほどの助手の方とは知合いですか?」
「あ、いや、知り合いって程じゃないんですけど……炊き出しの時に声を掛けてくれたんです」
「そうでしたか」
男はそれ以上追及する事はせず、屋敷に向けて車体を進めた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる