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第一章 よろこべ、これが異世界だ!
26.ボスウェリアの私兵:奇妙な小姓
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オルドはこの世界に突然やってきた事や、その時その場には神を名乗る女が居た事、自分は何度も転生していて別の世界の記憶が有る事を語った。そして、突然放り出された壊滅した村を出て歩き続け、とあるエルフの男に出会い、オルドという名前を与えられ、この町まで案内されてきたと語った。
オルドがひとしきり話し終えると、彼から視線を逸らしていた男はその視線をゆっくりとオルドに向けて口を開いた。
「輪廻は本来魂についてのみ起こる事だと思っていましたが、もし、神の気まぐれがそれを起こしたというのなら、あなたの話に理屈が通りますね」
男は話が理解出来ずに強張ったオルドの顔を見つめた。
「今となってはこの大陸は、人間どもの作り出した虚構の神が崇め奉られ、皇帝自らもそれを推奨する有様ですが、かつてはこの大陸にもその考え方が有りました。元はと言えば東大陸の古い教えで、魂は肉体の死後も消滅せず、何度も新たな肉体を得て転生し続けるとされています……私はそれを嫌というほど思い知っていますから、それは事実でしょう。尤も、其処に介在する神の存在について、具体的な話を私は知りません。残念ながら、東大陸を巡った事は有りませんからね」
話を信じてもらえないと思っていたオルドは、反対に男の言葉に首を傾げた。
「別の世界を生きていたというのは私の経験に有りませんし、ある日突然青年の姿で転生するという話を聞いた事は有りませんが、魂の輪廻が実在である事は私が証明しましょう。そして、あなたが神の気まぐれによって此処に存在しているという事も……私は信じますよ、あなたには、人ならざる匂いがありますからね」
「ひ、人ならざるって、ぼくは……」
「あなたの匂いは人間のそれでもなければ、魔族のそれでもない……人間の世代にして十世代分は優に生きてきて、人間のみならず人の形をした者の血を何度となく吸ってきた私にはよく分かります。あなたはただの人間ではない、と」
血を吸ってきた、その言葉でオルドは目の前に居るのが吸血鬼だと知り、恐れ戦いた。
「あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。私は得体の知れない者の血を吸うほど無作法な真似はしませんので……得体の知れない者の血を啜れば、あなたを襲ったあの有象無象と同じ末路なのですよ」
「え……じゃ、じゃあ、あれは……」
「どちらも吸血鬼……といっても、男の方は混血の人間で、自らが吸血鬼である事を自覚したのがつい最近の若者でしょう。極度の飢え、あるいは偶発的に遭遇した流血の惨事をきっかけに血を渇望し、口にしてはならない穢れた血……例えば邪心に取りつかれた闇の魔族の血を啜り、狂気に陥ったのではないでしょうか」
オルドは呆然としたまま話を聞いていたが、ふと、ある事を思い出して首を振った。
「え、じゃ、じゃあ、その、吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になる様に、ぼくのあの時血を吸われていたら」
「吸血された者が吸血鬼になる? それは何処かの三流小説家の空想小説ですか?」
「え……」
「確かに吸血鬼は人間の血を糧にしますが、吸血された人間が同じ吸血鬼になる事は有りませんよ」
「それじゃあ……」
「あの場で吸血されていれば、今頃あなたは無縁墓地の穴の中ですよ。それも、あの様子なら惨殺死体だったでしょう」
「そ、そうですか……あ、でも、人間の血を吸うって、その……殺すって事ですよね」
「馬鹿な事を言ってはいけませんよ。吸血鬼たるもの、仮令生まれの貧しい者であったとしても、餌を殺す様な不作法はしません」
「え、えさ……」
オルドはかつて生きていた世界の空想の常識が通用しない事にそこはかとない失望を覚えながら、同時に、目の前に居る男が本当の人外である事を突き付けられ、漠然とした嫌悪感を抱く。
「それはさておき、これから先、どうするつもりなんですか」
「え……あ、そ、そうだ。その、傷の手当てをしてもらってありがとうございました。えっと、お金ならちゃんと有るので、此処の御主人にお礼を言ったら、宿を探し」
「また日雇いの仕事を探すつもりですか?」
「も、勿論です! 少しお金が溜まったら、何処か別の街にでも」
「あなたは本当に何も分っていないようですね」
男は溜息交じりに少々声を張り、立ち上がる。
「先ほども言いましたが、あなたはただの人間ではありません。しかも、一度ならず三度も禍々しき存在に襲われている……街に出ればまた襲われるだけですよ」
「でも、街に出ないと仕事が!」
「あなたの様な得体の知れない者を見つけたからには、私も責任を取らなければなりません」
オルドは殺されると思い、心臓が跳ねるのを感じた。そして、どれほど目の前の吸血鬼が自分を人外だと言っても、自分が人間である事をその感覚で理解する。
「なに、心配する事は有りませんよ。あなたが居れば、私は卿に命ぜられたこの世ならぬものの駆除が楽になりますしからね……卿に進言し、表向きには小姓にでも据えてもらいましょう」
「……ふぇ」
殺されると怯えた所に降り注いだ就職の話に、オルドは間抜けな声を出した。
「この館には日中の門番を兼ねた馬丁と二人の女中しか居らず、小間使いが居りません」
「え、じゃあ……」
「暫く此処で待っていて下さい」
男はオルドに背を向け、部屋を出て行った。
オルドがひとしきり話し終えると、彼から視線を逸らしていた男はその視線をゆっくりとオルドに向けて口を開いた。
「輪廻は本来魂についてのみ起こる事だと思っていましたが、もし、神の気まぐれがそれを起こしたというのなら、あなたの話に理屈が通りますね」
男は話が理解出来ずに強張ったオルドの顔を見つめた。
「今となってはこの大陸は、人間どもの作り出した虚構の神が崇め奉られ、皇帝自らもそれを推奨する有様ですが、かつてはこの大陸にもその考え方が有りました。元はと言えば東大陸の古い教えで、魂は肉体の死後も消滅せず、何度も新たな肉体を得て転生し続けるとされています……私はそれを嫌というほど思い知っていますから、それは事実でしょう。尤も、其処に介在する神の存在について、具体的な話を私は知りません。残念ながら、東大陸を巡った事は有りませんからね」
話を信じてもらえないと思っていたオルドは、反対に男の言葉に首を傾げた。
「別の世界を生きていたというのは私の経験に有りませんし、ある日突然青年の姿で転生するという話を聞いた事は有りませんが、魂の輪廻が実在である事は私が証明しましょう。そして、あなたが神の気まぐれによって此処に存在しているという事も……私は信じますよ、あなたには、人ならざる匂いがありますからね」
「ひ、人ならざるって、ぼくは……」
「あなたの匂いは人間のそれでもなければ、魔族のそれでもない……人間の世代にして十世代分は優に生きてきて、人間のみならず人の形をした者の血を何度となく吸ってきた私にはよく分かります。あなたはただの人間ではない、と」
血を吸ってきた、その言葉でオルドは目の前に居るのが吸血鬼だと知り、恐れ戦いた。
「あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。私は得体の知れない者の血を吸うほど無作法な真似はしませんので……得体の知れない者の血を啜れば、あなたを襲ったあの有象無象と同じ末路なのですよ」
「え……じゃ、じゃあ、あれは……」
「どちらも吸血鬼……といっても、男の方は混血の人間で、自らが吸血鬼である事を自覚したのがつい最近の若者でしょう。極度の飢え、あるいは偶発的に遭遇した流血の惨事をきっかけに血を渇望し、口にしてはならない穢れた血……例えば邪心に取りつかれた闇の魔族の血を啜り、狂気に陥ったのではないでしょうか」
オルドは呆然としたまま話を聞いていたが、ふと、ある事を思い出して首を振った。
「え、じゃ、じゃあ、その、吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になる様に、ぼくのあの時血を吸われていたら」
「吸血された者が吸血鬼になる? それは何処かの三流小説家の空想小説ですか?」
「え……」
「確かに吸血鬼は人間の血を糧にしますが、吸血された人間が同じ吸血鬼になる事は有りませんよ」
「それじゃあ……」
「あの場で吸血されていれば、今頃あなたは無縁墓地の穴の中ですよ。それも、あの様子なら惨殺死体だったでしょう」
「そ、そうですか……あ、でも、人間の血を吸うって、その……殺すって事ですよね」
「馬鹿な事を言ってはいけませんよ。吸血鬼たるもの、仮令生まれの貧しい者であったとしても、餌を殺す様な不作法はしません」
「え、えさ……」
オルドはかつて生きていた世界の空想の常識が通用しない事にそこはかとない失望を覚えながら、同時に、目の前に居る男が本当の人外である事を突き付けられ、漠然とした嫌悪感を抱く。
「それはさておき、これから先、どうするつもりなんですか」
「え……あ、そ、そうだ。その、傷の手当てをしてもらってありがとうございました。えっと、お金ならちゃんと有るので、此処の御主人にお礼を言ったら、宿を探し」
「また日雇いの仕事を探すつもりですか?」
「も、勿論です! 少しお金が溜まったら、何処か別の街にでも」
「あなたは本当に何も分っていないようですね」
男は溜息交じりに少々声を張り、立ち上がる。
「先ほども言いましたが、あなたはただの人間ではありません。しかも、一度ならず三度も禍々しき存在に襲われている……街に出ればまた襲われるだけですよ」
「でも、街に出ないと仕事が!」
「あなたの様な得体の知れない者を見つけたからには、私も責任を取らなければなりません」
オルドは殺されると思い、心臓が跳ねるのを感じた。そして、どれほど目の前の吸血鬼が自分を人外だと言っても、自分が人間である事をその感覚で理解する。
「なに、心配する事は有りませんよ。あなたが居れば、私は卿に命ぜられたこの世ならぬものの駆除が楽になりますしからね……卿に進言し、表向きには小姓にでも据えてもらいましょう」
「……ふぇ」
殺されると怯えた所に降り注いだ就職の話に、オルドは間抜けな声を出した。
「この館には日中の門番を兼ねた馬丁と二人の女中しか居らず、小間使いが居りません」
「え、じゃあ……」
「暫く此処で待っていて下さい」
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