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第一章 よろこべ、これが異世界だ!
23.ボスウェリアの私兵:怪鳥と不運な若者
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男がボスウェリアの館に戻ったのは夜明けに近い時刻の事だった。返り血に汚れた衣類の洗濯を女中のカルチェが引き受けた事で、男は短い眠りを得る事が出来た。幸いにしてボスウェリアの朝はあまり早くなく、暫くの間彼は眠れるはずだった。ところが、日が昇って間も無く、一通の電信に館は叩き起された。
電信が伝えたのは、第三都市カリキに向かう異形の飛行体が確認されたという監視小屋からの情報だった。しかも、電信に叩き起こされてから暫くして、その飛行隊が上空から姿を消し、着陸した可能性が有るとの情報が追ってもたらされた。
――状況の確認に行ってくれ。
男は馬を借り、第三都市北側に向かった。そしてその道中、異形の物と思しき羽が落ちているのを目撃した。
(入り込まれましたね)
上空からの侵入者に対しては、どれほどの柵も役に立たない。男はその羽を手に近くの番所に向かうが、憲兵達は男の言葉を否定した。第三都市には南大陸からこの大陸には生息しない鳥の羽が装飾品として持ち込まれる為、憲兵達はしばしば見かけられる鳥のそれとはまったく異なる羽を、そうした輸入品としか考えていなかったのだ。
話にならないと踏んだ男はすぐさま番所を後にし、魔獣退治ギルドのエフサへと向かう。しかし、エフサに辿り着くよりも彼が剣を抜く方が早かった。
正午の雑踏では馬を走らせる事が出来ず、男は馬に乗ったまま人間が歩くのと大差ない速さで馬車道に入ろうとしていた。ところが、突如として黒い影が男の頭上を横切り、男は空を仰ぎ見る。すると、見るはずの無い赤い鳥が我が物顔で雑踏の上空を舞っていた。追い払わねばならないと思いながらも、馬で追跡する事は出来ず、かといって馬をつなぐ場所も無い。男は舌打ちする思いで周囲を見渡し、近くの紙問屋の軒に馬をつなぐ。
「ちょっと、お兄さん!」
勝手に馬をつなぐなと店の夫人は抗議するが、男にそれを聞く余裕は無かった。ただ、彼の頭上を滑空した鳥がその先の看板に泊まったのを確認すると、鳥が其処から動かない事と、ポケットの中にある魔獣除けの薬草が詰まった発煙筒の火薬が湿っていない事だけを願った。
だが、男の願いは一瞬にして崩れ、発煙筒を取り出そうとしていた右手は小刀に伸ばされた。赤い鳥は看板から飛び降り、それを見上げていた若者に襲い掛かったのだ。
「やめてくれーっ! 痛いっ 痛いって!」
女子供は悲鳴を上げて近くの建物に駆け込み、助けようにも手が出せない物が立ち竦む中、男は抜いた小刀を赤い怪鳥めがけて投げつけた。そして、襲われていたのが見覚えの有る若者であると気付いた。
「まったく、あなたは本当についていませんね」
男は細身の剣を抜き、まだ絶命していない怪鳥にとどめの一撃を与えた。
とどめを刺された怪鳥はおぞましい声を上げて絶命し、それと同時に鋭い爪やくちばしが砂の様に朽ちていく。
「何を食べたか分かった物ではありませんから、とても食べられたものではないでしょうね」
冷ややかに鳥の死体を見下ろしていた男はやがて腰を抜かしたオルドに視線を向ける。
「派手にやられましたね。とはいえ、私は薬を持っていませんし……卿の館に戻りましょうか」
呆気にとられたままのオルドをよそに、男はベルトに掛けていたロープを取り出し、仕留めた怪鳥を縛った。
「立てますよね」
冷ややかに言われ、オルドは慌てて立ち上がる。周囲の人だかりは非現実的な光景に眉を顰めながら、危険は無いのだから関わらない方がいいと言わんばかりに、少しずつ雑踏へと溶けてゆく。
オルドは傷だらけになった腕や散々つつかれて痛む腹部を押さえながら、ゆっくりと雑踏をかき分けて歩く男に続いた。
「ご迷惑をおかけしました。魔獣は退治しましたので、ご安心を」
男はあっけらかんとして、迷惑そうに顔をしかめる紙問屋の夫人にそう言うと、馬の手綱を手に取った。
「馬に乗った事は?」
「え……」
傷だらけで困惑したオルドはただ首を振った。
「仕方ありませんね、こちらに来て下さい」
オルドは言われるまま馬の隣に立った。
「え、う、うわぁ」
男は乱暴にオルドを持ち上げ、馬にまたがらせる。
「馬は私が牽きますから、あなたは鞍の取っ手につかまっていなさい」
「ひっ……」
男は片手に鳥の死体を提げ、残る手で馬の手綱を引きながら通りを進む。
「この鳥の羽はそれなりの額になりますから、売り払いに寄り道しますが……逃げないように」
助けられているのか脅されているのか分からず、オルドは傷の痛みも忘れてただ馬にしがみついていた。
電信が伝えたのは、第三都市カリキに向かう異形の飛行体が確認されたという監視小屋からの情報だった。しかも、電信に叩き起こされてから暫くして、その飛行隊が上空から姿を消し、着陸した可能性が有るとの情報が追ってもたらされた。
――状況の確認に行ってくれ。
男は馬を借り、第三都市北側に向かった。そしてその道中、異形の物と思しき羽が落ちているのを目撃した。
(入り込まれましたね)
上空からの侵入者に対しては、どれほどの柵も役に立たない。男はその羽を手に近くの番所に向かうが、憲兵達は男の言葉を否定した。第三都市には南大陸からこの大陸には生息しない鳥の羽が装飾品として持ち込まれる為、憲兵達はしばしば見かけられる鳥のそれとはまったく異なる羽を、そうした輸入品としか考えていなかったのだ。
話にならないと踏んだ男はすぐさま番所を後にし、魔獣退治ギルドのエフサへと向かう。しかし、エフサに辿り着くよりも彼が剣を抜く方が早かった。
正午の雑踏では馬を走らせる事が出来ず、男は馬に乗ったまま人間が歩くのと大差ない速さで馬車道に入ろうとしていた。ところが、突如として黒い影が男の頭上を横切り、男は空を仰ぎ見る。すると、見るはずの無い赤い鳥が我が物顔で雑踏の上空を舞っていた。追い払わねばならないと思いながらも、馬で追跡する事は出来ず、かといって馬をつなぐ場所も無い。男は舌打ちする思いで周囲を見渡し、近くの紙問屋の軒に馬をつなぐ。
「ちょっと、お兄さん!」
勝手に馬をつなぐなと店の夫人は抗議するが、男にそれを聞く余裕は無かった。ただ、彼の頭上を滑空した鳥がその先の看板に泊まったのを確認すると、鳥が其処から動かない事と、ポケットの中にある魔獣除けの薬草が詰まった発煙筒の火薬が湿っていない事だけを願った。
だが、男の願いは一瞬にして崩れ、発煙筒を取り出そうとしていた右手は小刀に伸ばされた。赤い鳥は看板から飛び降り、それを見上げていた若者に襲い掛かったのだ。
「やめてくれーっ! 痛いっ 痛いって!」
女子供は悲鳴を上げて近くの建物に駆け込み、助けようにも手が出せない物が立ち竦む中、男は抜いた小刀を赤い怪鳥めがけて投げつけた。そして、襲われていたのが見覚えの有る若者であると気付いた。
「まったく、あなたは本当についていませんね」
男は細身の剣を抜き、まだ絶命していない怪鳥にとどめの一撃を与えた。
とどめを刺された怪鳥はおぞましい声を上げて絶命し、それと同時に鋭い爪やくちばしが砂の様に朽ちていく。
「何を食べたか分かった物ではありませんから、とても食べられたものではないでしょうね」
冷ややかに鳥の死体を見下ろしていた男はやがて腰を抜かしたオルドに視線を向ける。
「派手にやられましたね。とはいえ、私は薬を持っていませんし……卿の館に戻りましょうか」
呆気にとられたままのオルドをよそに、男はベルトに掛けていたロープを取り出し、仕留めた怪鳥を縛った。
「立てますよね」
冷ややかに言われ、オルドは慌てて立ち上がる。周囲の人だかりは非現実的な光景に眉を顰めながら、危険は無いのだから関わらない方がいいと言わんばかりに、少しずつ雑踏へと溶けてゆく。
オルドは傷だらけになった腕や散々つつかれて痛む腹部を押さえながら、ゆっくりと雑踏をかき分けて歩く男に続いた。
「ご迷惑をおかけしました。魔獣は退治しましたので、ご安心を」
男はあっけらかんとして、迷惑そうに顔をしかめる紙問屋の夫人にそう言うと、馬の手綱を手に取った。
「馬に乗った事は?」
「え……」
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「仕方ありませんね、こちらに来て下さい」
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「え、う、うわぁ」
男は乱暴にオルドを持ち上げ、馬にまたがらせる。
「馬は私が牽きますから、あなたは鞍の取っ手につかまっていなさい」
「ひっ……」
男は片手に鳥の死体を提げ、残る手で馬の手綱を引きながら通りを進む。
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