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第一章 よろこべ、これが異世界だ!
19.ボスウェリアの私兵:番所
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「私はボスウェリア卿に雇われた私兵、卿が営む娼館の営業を妨害する私娼の中に、客を害する不死身の悪魔が紛れているとの噂が有り、その真偽を確かめ、事実であれば始末を言いつけられたまでの事」
番所に連行された男はふてぶてしい態度でそう言って、彼の腕を乱暴につかむ憲兵を蔑む様に睨みつけた。
「……隣に案内して差し上げろ」
「ですが」
「それがただの浮浪者に見えるのなら、お前の目はフシアナだ」
男の言葉を聞いた番所の責任者は若い憲兵を諫め、男を取り調べ部屋に連れてゆかせる。
「兵長、あの者は……」
「ボスウェリア卿の私兵に違いは無かろう……没落貴族か、あるいは人外、エルフか何かだろう。傲慢だが、こちらに害をなしはしない」
「はぁ……」
男を連行する二人の憲兵に同行していた若い憲兵は、上官の返答に首を傾げつつ、再び夜警に戻る先輩憲兵同様、身なりを整える。
「さて」
番所の責任者は取り調べ部屋に向かい、傲慢な眼差しで憲兵を見つめる男の前に腰掛ける。
「幾つか尋ねさせてもらう、君はボスウェリア卿に雇われた私兵だといったね、名前は」
「ティポタス」
「あの女との面識は?」
「有りませんません」
「じゃあ、あの女を殺した理由は」
「あの者は違法な私娼であり、不死鬼でした。あの宿の扉を破ったのは彼女です。人間にそんな芸当、出来ませんよね」
「あぁ、そうだな。だが、何故不死鬼と気付いた?」
「もはや勘としか言えませんが、現にあの者は人ならざる力で暴れていましたよね」
「そうだな。しかし、何故殺した?」
「不死鬼は殺さねばならないのです。奴らは一度狂気に陥れば見境なく暴れます。その上、吸血鬼が不死鬼の血を吸えば、その吸血鬼は見境なく人間を襲う外道になり果てる……現に昨夜私が屠った若者もそうでした」
責任者の憲兵は眉を顰める。
「おそらくあの若者は吸血鬼の混血、吸ってはならぬ血を知らなかったのでしょう。しかし、そうした吸血鬼の血を引く人間は、あなたが知らないだけで何処にでも居ます。とはいえ、吸血鬼は見境なく人を襲い殺す様な不作法はしない。無用に人間を殺されたくなければ、不死鬼を始末する事に目くじらを立てない事ですよ」
憲兵は溜息を吐いた。
「分かった。調書はこちらで整えておく」
番所から解放された男は街灯もまばらになった通りを一人、ボスウェリアの館に向けて進んでいた。返り血を浴び、番所以外の建物には入れたものでは無かったのだ。
(また憲兵に見つかっては面倒だ)
男は憲兵の巡回が手薄な裏道を進みながら館を目指したが、殺気を感じて細身の剣の鞘へと手を伸ばす。
(夜盗ではない、な)
男は振り向きざまに細身の剣を抜くが、同時に後ろへと飛び退く。夜の闇を切った風切り音は、重く鋭い。
(槍か、路地だな)
建物と建物の間を隔てる路地は決して狭くないが、槍を取り廻すには不便である。無論、刺突による攻撃は有効だが、袋小路に入らない限り追い詰められはしない。
「くそっ」
男を襲撃する主は、低く舌打ちする様に悪態をつき、槍の構えを刺突に切り替える。だが、男の素早さは槍の襲撃者をはるかに上回り、槍の主が構えを切り替えた時には間合いが広くなり過ぎていた。
(このまま撒いてしまうか)
建物の隙間を抜けて大通りに出た男は路地から離れて剣を収め、相手の出方を窺う。
槍の襲撃者は男が身を隠した路地を抜け、大通りへと駆け出してきた。だが、細身の剣で槍と渡り合うのはあまりにも分が悪い。
(面倒だ)
男は短剣を抜き、突進してくる槍をかわす。遮る物の無い空間に出て、襲撃者は構えを変えて斬撃を繰り出した。しかし、男はその筋を見切っている様に全てを避け、槍の穂先が上下する僅かな間にその間合いを詰める。懐に入り込まずとも、槍の間合いが取れない状況になれば男の勝利なのだ。だが、襲撃者は背後の路地に身をかわして脇の防御に利用する。
(邪魔の多い路地に誘導するか)
男はゴミ箱の置かれた料理屋の脇へと襲撃者を誘い込み、障害物の多い状況で攻撃を鈍らせる事を画策する。だが、その戦いは決しなかった。
「何事だ!」
夜警の一人が異様な光景に声を張り上げた。
襲撃者は舌打ちして槍を引き上げるとそのまま走り去る。
男もまた短剣を素早く鞘に戻した。
「何事だ」
憲兵は男の方に駆け寄る。
「分かりません。ただの夜盗ではない様ですが、襲撃されました」
「お前、何者だ?」
「ボスウェリア卿の私兵です、野暮用で帰りが遅くなり、館に戻る道中でした」
「そうか……気を付けろ」
憲兵は立ち去り、男は再び通りに一人残される。
(吸血鬼狩りか……)
人気の消えた大通りの半ば、男は辺りを見回した。だが、既に襲撃者の気配は無かった。
番所に連行された男はふてぶてしい態度でそう言って、彼の腕を乱暴につかむ憲兵を蔑む様に睨みつけた。
「……隣に案内して差し上げろ」
「ですが」
「それがただの浮浪者に見えるのなら、お前の目はフシアナだ」
男の言葉を聞いた番所の責任者は若い憲兵を諫め、男を取り調べ部屋に連れてゆかせる。
「兵長、あの者は……」
「ボスウェリア卿の私兵に違いは無かろう……没落貴族か、あるいは人外、エルフか何かだろう。傲慢だが、こちらに害をなしはしない」
「はぁ……」
男を連行する二人の憲兵に同行していた若い憲兵は、上官の返答に首を傾げつつ、再び夜警に戻る先輩憲兵同様、身なりを整える。
「さて」
番所の責任者は取り調べ部屋に向かい、傲慢な眼差しで憲兵を見つめる男の前に腰掛ける。
「幾つか尋ねさせてもらう、君はボスウェリア卿に雇われた私兵だといったね、名前は」
「ティポタス」
「あの女との面識は?」
「有りませんません」
「じゃあ、あの女を殺した理由は」
「あの者は違法な私娼であり、不死鬼でした。あの宿の扉を破ったのは彼女です。人間にそんな芸当、出来ませんよね」
「あぁ、そうだな。だが、何故不死鬼と気付いた?」
「もはや勘としか言えませんが、現にあの者は人ならざる力で暴れていましたよね」
「そうだな。しかし、何故殺した?」
「不死鬼は殺さねばならないのです。奴らは一度狂気に陥れば見境なく暴れます。その上、吸血鬼が不死鬼の血を吸えば、その吸血鬼は見境なく人間を襲う外道になり果てる……現に昨夜私が屠った若者もそうでした」
責任者の憲兵は眉を顰める。
「おそらくあの若者は吸血鬼の混血、吸ってはならぬ血を知らなかったのでしょう。しかし、そうした吸血鬼の血を引く人間は、あなたが知らないだけで何処にでも居ます。とはいえ、吸血鬼は見境なく人を襲い殺す様な不作法はしない。無用に人間を殺されたくなければ、不死鬼を始末する事に目くじらを立てない事ですよ」
憲兵は溜息を吐いた。
「分かった。調書はこちらで整えておく」
番所から解放された男は街灯もまばらになった通りを一人、ボスウェリアの館に向けて進んでいた。返り血を浴び、番所以外の建物には入れたものでは無かったのだ。
(また憲兵に見つかっては面倒だ)
男は憲兵の巡回が手薄な裏道を進みながら館を目指したが、殺気を感じて細身の剣の鞘へと手を伸ばす。
(夜盗ではない、な)
男は振り向きざまに細身の剣を抜くが、同時に後ろへと飛び退く。夜の闇を切った風切り音は、重く鋭い。
(槍か、路地だな)
建物と建物の間を隔てる路地は決して狭くないが、槍を取り廻すには不便である。無論、刺突による攻撃は有効だが、袋小路に入らない限り追い詰められはしない。
「くそっ」
男を襲撃する主は、低く舌打ちする様に悪態をつき、槍の構えを刺突に切り替える。だが、男の素早さは槍の襲撃者をはるかに上回り、槍の主が構えを切り替えた時には間合いが広くなり過ぎていた。
(このまま撒いてしまうか)
建物の隙間を抜けて大通りに出た男は路地から離れて剣を収め、相手の出方を窺う。
槍の襲撃者は男が身を隠した路地を抜け、大通りへと駆け出してきた。だが、細身の剣で槍と渡り合うのはあまりにも分が悪い。
(面倒だ)
男は短剣を抜き、突進してくる槍をかわす。遮る物の無い空間に出て、襲撃者は構えを変えて斬撃を繰り出した。しかし、男はその筋を見切っている様に全てを避け、槍の穂先が上下する僅かな間にその間合いを詰める。懐に入り込まずとも、槍の間合いが取れない状況になれば男の勝利なのだ。だが、襲撃者は背後の路地に身をかわして脇の防御に利用する。
(邪魔の多い路地に誘導するか)
男はゴミ箱の置かれた料理屋の脇へと襲撃者を誘い込み、障害物の多い状況で攻撃を鈍らせる事を画策する。だが、その戦いは決しなかった。
「何事だ!」
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男もまた短剣を素早く鞘に戻した。
「何事だ」
憲兵は男の方に駆け寄る。
「分かりません。ただの夜盗ではない様ですが、襲撃されました」
「お前、何者だ?」
「ボスウェリア卿の私兵です、野暮用で帰りが遅くなり、館に戻る道中でした」
「そうか……気を付けろ」
憲兵は立ち去り、男は再び通りに一人残される。
(吸血鬼狩りか……)
人気の消えた大通りの半ば、男は辺りを見回した。だが、既に襲撃者の気配は無かった。
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