18 / 77
第一章 よろこべ、これが異世界だ!
17.第三都市カリキ:安宿街の雑貨屋と小銭
しおりを挟む
オルドが元締めと共に大通りに面した建物から修理の終わった自動打腱器と、完成した自動打腱器の記録板を引き取って帝都に向かう荷馬車にそれを積み込んだ頃には、日が傾いていた。しかし、元来た職業案内所に戻らなければ、方々に配達された荷物が届けられたか否かが分からず、日当も受け取れない。
二人が元来た職上案内所に戻ると、官吏は三階の大広間に戻ってきた者を集めていると言った。
「今日はご苦労だった」
労働者達は受取証と引き換えに日当の小切手とパンの引換券を受け取る。
「君もご苦労だった」
「ありがとうございます」
小切手とパンの引換券を受け取ったオルドは頭を下げた。
「雇い主に頭を下げるとは珍しいな……また縁が有ったら来てくれ」
「はい!」
オルドは報酬を受け取り章苦行紹介所を後にするが、都市の何処に何が有るのかを把握しているわけではなく、何処の宿が安い宿なのか分からないまま歩き出す。幸いにして小切手の換金が出来る銀行と、パンの引換が出来る店はそれぞれにその所在を示した地図が記されているが、オルドの記憶にある銀行は閉店が早く、既に換金は出来ないものと判断し、宿を探す事にした。
しかし、既に日が暮れて警戒に当たる憲兵が巡回を始めており、オルドは元来た道を引き返して昨夜と同じ宿に泊まろうと考える。
(昨日貰ったクッキーみたいなのも有るし、お水くらいは女将さんに行ったら貰えるかな……)
オルドが昨夜は睡眠も半ばで出る羽目になった安宿に着くと、割腹の良い女将は外に出ていた。
「悪いけど今日は満室よ。うちほどじゃないけど、義姉さんがやってる宿が少し先に有るから、そっちに行ってみな」
女将は玄関に満室の札を掛け、その奥に引っ込んでしまう。
(まぁ、そんなに高くなかったらいいか……)
最低限、毛布が有れば夜を明かす事は出来る事が分かっていたオルドは女将が示した方へと歩き、それらしい宿を見つけた。
その宿もまた件の安宿と同じく、番台に女性が一人構えているだけの簡素な宿だった。
「一泊鉄銭六枚、ランプは別料金よ」
オルドは必要なだけの硬貨を出した。
「部屋は二階の三番ね」
「ありがとうございます……あ、その、飲み水は……」
「それなら隣の雑貨屋に行きな、ウチが玄関を閉めるまでは開けてるよ」
「そうですか、どうも……」
オルドは番台を離れ、女将の言う雑貨屋に向かう。
店は三階建ての建物の一階に有り、旅人か日雇い労働者の様な人物が階段を進んでいく様子から、上層階は安宿らしかった。
店の中は低い棚が据えられ、其処には乾パンの様な保存食や瓶詰にされた飲用水、傷薬と思しき小瓶に詰められた何かなど、需要の高そうな物だけが並べられている。
手頃な大きさの瓶に詰められた飲み水は店の奥の棚に並んでおり、値札には四分の一と表記されていた。オルドはその価値が分からず狼狽するが、彼と同じ様に貧しい労働者風の男がその瓶を手に取って会計に向かうのを見て、高い物ではないのだと理解し瓶を手に取った。
オルドが会計に向かうと先客が居り、その客もまた日雇い労働者風の身なりで、三本の空き瓶を机に出している。
「四分の一ケーリだ」
不愛想な店主が買値を告げると、客は黙って瓶を机の奥に押しやった。店主は後ろの棚に瓶を片付け、艶やかな樹脂製の小銭を机に出す。
(これは、もしかして)
先客と入れ替わったオルドは机に瓶を出し、腰の小銭入れから鉄銭を一枚取り出す。
「四分の一ケーリ。釣りだな」
店主は鉄銭を足元の棚に収めると、先ほどの客に出したのと同じ艶やかな樹脂製の小銭を九枚机に出す。
オルドは小銭をかき集め、瓶を持って店の外に出た。
(こりゃ、小銭入れがもう一つ欲しいな……)
彼は店の軒先で小銭入れに樹脂製の銭を入れ、その一枚だけを眺めた。それはオルドがかつて生きていた世界でお洒落な雑貨として流通していたシーリングワックスによく似ているが、ただの蝋の塊にしてはやや重く、何かを芯にしている様だった。
(これがお金なんだ……)
感心するのも束の間、巡回する憲兵の足音に、オルドは小銭を仕舞って慌てて宿へと駆け込む。そして、指定された部屋に向かった。
この宿も昨日の宿同様、小部屋の扉が並ぶだけの質素な廊下を申し訳程度の明かりが照らしており、室内に照明は無かった。部屋の幅も両手を広げた程度で、備品は毛布と箱を兼ねた椅子が一脚だけ。ただ昨日と違うのは、追加料金を払えばランプが借りられる事と、玄関広間には多少の椅子が置かれており、宿を出るまではくつろげるだけの設備が整えられていた事である。
(多分あのお店は朝になったら空いてるだろうし……ひとまずこのお水とクッキーを食べて寝よう……)
オルドは他の労働者と違い、配達の仕事の合間に元締めから粗末なパンに塩辛い肉を挟んだサンドイッチの様な物を貰ってはいたが、その後も歩き通しで空腹だった。
二人が元来た職上案内所に戻ると、官吏は三階の大広間に戻ってきた者を集めていると言った。
「今日はご苦労だった」
労働者達は受取証と引き換えに日当の小切手とパンの引換券を受け取る。
「君もご苦労だった」
「ありがとうございます」
小切手とパンの引換券を受け取ったオルドは頭を下げた。
「雇い主に頭を下げるとは珍しいな……また縁が有ったら来てくれ」
「はい!」
オルドは報酬を受け取り章苦行紹介所を後にするが、都市の何処に何が有るのかを把握しているわけではなく、何処の宿が安い宿なのか分からないまま歩き出す。幸いにして小切手の換金が出来る銀行と、パンの引換が出来る店はそれぞれにその所在を示した地図が記されているが、オルドの記憶にある銀行は閉店が早く、既に換金は出来ないものと判断し、宿を探す事にした。
しかし、既に日が暮れて警戒に当たる憲兵が巡回を始めており、オルドは元来た道を引き返して昨夜と同じ宿に泊まろうと考える。
(昨日貰ったクッキーみたいなのも有るし、お水くらいは女将さんに行ったら貰えるかな……)
オルドが昨夜は睡眠も半ばで出る羽目になった安宿に着くと、割腹の良い女将は外に出ていた。
「悪いけど今日は満室よ。うちほどじゃないけど、義姉さんがやってる宿が少し先に有るから、そっちに行ってみな」
女将は玄関に満室の札を掛け、その奥に引っ込んでしまう。
(まぁ、そんなに高くなかったらいいか……)
最低限、毛布が有れば夜を明かす事は出来る事が分かっていたオルドは女将が示した方へと歩き、それらしい宿を見つけた。
その宿もまた件の安宿と同じく、番台に女性が一人構えているだけの簡素な宿だった。
「一泊鉄銭六枚、ランプは別料金よ」
オルドは必要なだけの硬貨を出した。
「部屋は二階の三番ね」
「ありがとうございます……あ、その、飲み水は……」
「それなら隣の雑貨屋に行きな、ウチが玄関を閉めるまでは開けてるよ」
「そうですか、どうも……」
オルドは番台を離れ、女将の言う雑貨屋に向かう。
店は三階建ての建物の一階に有り、旅人か日雇い労働者の様な人物が階段を進んでいく様子から、上層階は安宿らしかった。
店の中は低い棚が据えられ、其処には乾パンの様な保存食や瓶詰にされた飲用水、傷薬と思しき小瓶に詰められた何かなど、需要の高そうな物だけが並べられている。
手頃な大きさの瓶に詰められた飲み水は店の奥の棚に並んでおり、値札には四分の一と表記されていた。オルドはその価値が分からず狼狽するが、彼と同じ様に貧しい労働者風の男がその瓶を手に取って会計に向かうのを見て、高い物ではないのだと理解し瓶を手に取った。
オルドが会計に向かうと先客が居り、その客もまた日雇い労働者風の身なりで、三本の空き瓶を机に出している。
「四分の一ケーリだ」
不愛想な店主が買値を告げると、客は黙って瓶を机の奥に押しやった。店主は後ろの棚に瓶を片付け、艶やかな樹脂製の小銭を机に出す。
(これは、もしかして)
先客と入れ替わったオルドは机に瓶を出し、腰の小銭入れから鉄銭を一枚取り出す。
「四分の一ケーリ。釣りだな」
店主は鉄銭を足元の棚に収めると、先ほどの客に出したのと同じ艶やかな樹脂製の小銭を九枚机に出す。
オルドは小銭をかき集め、瓶を持って店の外に出た。
(こりゃ、小銭入れがもう一つ欲しいな……)
彼は店の軒先で小銭入れに樹脂製の銭を入れ、その一枚だけを眺めた。それはオルドがかつて生きていた世界でお洒落な雑貨として流通していたシーリングワックスによく似ているが、ただの蝋の塊にしてはやや重く、何かを芯にしている様だった。
(これがお金なんだ……)
感心するのも束の間、巡回する憲兵の足音に、オルドは小銭を仕舞って慌てて宿へと駆け込む。そして、指定された部屋に向かった。
この宿も昨日の宿同様、小部屋の扉が並ぶだけの質素な廊下を申し訳程度の明かりが照らしており、室内に照明は無かった。部屋の幅も両手を広げた程度で、備品は毛布と箱を兼ねた椅子が一脚だけ。ただ昨日と違うのは、追加料金を払えばランプが借りられる事と、玄関広間には多少の椅子が置かれており、宿を出るまではくつろげるだけの設備が整えられていた事である。
(多分あのお店は朝になったら空いてるだろうし……ひとまずこのお水とクッキーを食べて寝よう……)
オルドは他の労働者と違い、配達の仕事の合間に元締めから粗末なパンに塩辛い肉を挟んだサンドイッチの様な物を貰ってはいたが、その後も歩き通しで空腹だった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる