三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第一章 よろこべ、これが異世界だ!

15.第三都市カリキ:深夜の地下酒場

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 二人が建物の外に死体を運び出すと、ランプを持った男はオルドに死体の傍らに留まるように言いつけ、巡回する憲兵を探して大通りへと出て行った。心臓を一突きにされ絶命した死体の傍らに取り残されたオルドは立ち竦み、震えていた。しかし、彼を助ける物は何も無く、開け放たれたままの勝手口を閉めに来る宿の者も居ない。
 暗闇で待たされるオルドはその時間が永遠の様に感じられ怯えていたが、暫くすると慌ただしい足音が路地に共鳴した。
「ボスウェリア卿の娼婦に手を出したのはこの男か……」
 赤いコートを着た憲兵が殺された男の検分を始める。
「通行手形は……仮手形か」
「おそらく、吸血鬼と人間の混血です。狂った様に其処の若者を襲っていたので、悪い血をすすったのではないでしょうか」
「悪い血?」
 見分して居た憲兵は訝しげにランプを持った男を見遣る。
「時に居るのですよ、下等な悪しき魔族の血を引いた人間の様な生き物が。そうした者の血を啜ると、吸血鬼の血が薄い混血の者は簡単に狂い、人間の血をやたらと求める様になるのです」
 憲兵はなおも訝しげにランプを持った男を睨むが、別の憲兵は肩を竦めて見せる。
「放浪してきた人間の言う事だが、この世界は広いんですよ」
 ランプを持った男を睨んでいた憲兵は舌打ちし、まだ階級章を付けていない若い兵士に死体の片付けを命ずる。
「……あのー」
 遠慮がちに声を出したオルドを、舌打ちした憲兵が見遣る。
「まだ居たのか。お前に用は無い、さっさと宿に戻れ」
「は、はい……」
 襲われた時の状況を尋ねられるのかとその場に留まっていたオルドだったが、憲兵達には死体の片付け以外の仕事が無かった。
 オルドは来た道を引き返し、開け放たれたままだった勝手口から宿に戻ろうとする。しかし、開いていたはずの勝手口は閉ざされ、鍵が掛けられていた。慌てて表に回り込むが、玄関も既に閉ざされ、締め出された格好になっていた。
「どうしよう……」
 幸いにして着の身着のまま、小銭入れはチュニックの下に括りつけていたが、野宿していれば捕縛されてしまう。
「ついていませんね」
 玄関を前に立ち尽くしていたオルドは、足音も無く近付いてきた覚えのある声に慌てて振り返る。
「ど、どうしてくれるんですか! 締め出されちゃったじゃないですか!」
「だから、こうして声を掛けているのではありませんか」
「え……」
「今から入れる宿は有りませんし、雇い主の館に戻るにしても暗すぎますから、夜明け前まで開けている酒場に行くしかありません」
「で、でも」
「そんな金は無い、という顔をしていますね。だから、私が連れて行くんですよ。付いてきなさい」
 ランプを持った男はオルドの返事を聞かず歩き出す。オルドは自分が飲酒出来る歳かどうかも分からないと言いたかったが、このまま捕縛されるよりはましだろうと男の後を追いかけた。
 そうしてランプを持った男が向かった先に有ったのは、オルドが想像していた『異世界の酒場』とは大きく異なる場所だった。
 その店は地下にあったが、其処はオルドがかつて生きていた世界で想像されていた、陽気な音楽が奏でられ若い女性が客の相手をする様な店ではなく、何らかの理由で宿をとっていないすすけたマントを被った者が、いくらかの酒や料理を頼んで夜明けを待つ様な店だった。
(ネカフェ、漫画喫茶……いや、多分、二十四時間営業のファストフード店、かな)
 オルドの脳裏には、かつて生きていた世界の光景が蘇る。
「ソーダ水と葡萄酒、それとビスコッティを」
 注文を取る女給はエプロンの紐に短剣を提げており、無言で去ってゆく。
 誰も口を開く者は居らず、不気味なほどに静まり返った店の中でオルドは口を開く事を躊躇ためらっていたが、男の頼んだ品が運ばれてくると男の方が口を開いた。
「夜明け前に店が閉まります。その前に鐘が鳴りますから、寝ていても構いませんよ。私は一休みしたら雇い主の館に戻りますから、気にしないで下さい。あぁ、そのソーダ水は酒ではありませんよ」
 言われ、オルドは机の上のグラスを見遣る。口にしてよい物かどうか逡巡したが、此処が居世界であるとしても現実離れした光景を目の当たりにして、酷く喉が渇いていた。
「……それじゃあ、いただきます」
 重厚なガラスのグラスに注がれたソーダ水は、オルドが覚えているそれよりも炭酸が弱く、飲みやすいといえばそうだった。
 一方、男はいくらかの葡萄酒を口にしながら、店に留まる素性の知れない旅人を見遣る。そして、徐に懐から白い布を取り出し、皿の上のビスコッティをそれに包む。
「持って行きなさい」
「え、いいんですか?」
「迷惑料、いや、口止め料にしては、不足でしょうが」
「い、いえ……ありがとうございます」
 それから程無くしてオルドは机に突っ伏して短い眠りに落ち、鐘の音に叩き起されるまで店で過ごす事になった。
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