三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第一章 よろこべ、これが異世界だ!

14.第三都市カリキ:安宿と吸血鬼

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 すっかり日が暮れた頃、活字の整理を終えたオルドはいくらかの日当を受け取り、メテオーロと二人で宿の立ち並ぶ通りを歩いていた。
「それだけありゃ今日の宿代と明日のパン代、新しい靴下代くらいにはなるだろう。安い宿屋街まで送ってやるから、夜が明けたら職業紹介所に行って、小作人なり馬丁なり職を探すか、街に留まりたいんなら、宿の下働きでも娼館の下男でもなんでも探せばいい。当座いくらかの金が必要なら、荷役夫か掃除夫で何日か仕事をするといいぜ。日雇い役夫に認められたら、炊き出し付きの安宿に何日か泊まれる。それに、古着や古道具を売る店にも入れるぜ」
「分かりました……その、いきなり助けてもらった上に、色々と面倒を見ていただいて、本当にありがとうございました」
「礼には及ばんよ、お前さんは村も記憶も何もかも失くしちまってんだから。まぁ、生きてりゃいい事が有る、頑張れよ」
 粗末な宿の前でメテオーロと分かれたオルドは、割腹のいい婦人が待つ番台へと向かった。
「一泊鉄銭五枚よ」
 オルドはチュニックをたくし上げ、小銭入れごと貰った鉄銭を五枚取り出す。
「部屋は……三階の五番、便所と手洗い場は階段の隣よ」
「ありがとうございます」
 言ってオルドは階段を上るが、いつかの記憶で、宿に泊まる時には必ず鍵を貰っていた事を思い出す。だが、彼の後に続いた客も同じ様に鍵は受け取らず、質素な部屋に直行する。
 宿の中はいくつかの扉が整然と並んだ廊下が続くだけで、それ以外の設備は無い。オルドは三階まで進み、五番の部屋の扉を開けた。
 部屋に明かりは無く、窓から差し込む僅かな街灯の光が部屋を照らしていた。部屋の幅は両手を広げたほどしかなく、箱の様な四角い一脚の椅子と毛布一枚以外には何も無い。木製の扉には簡素な鍵が付けられているが、扉自体は薄く、鈍器で叩けば破られそうなものだった。それでもオルドは鍵を掛け、毛布の積まれた椅子を見遣る。椅子は貴重品を入れておく箱を兼ねている様だったが、彼の荷物は残り二十五枚の鉄銭だけ。
「えっと……」
 床に直接横たわるには少し肌寒いが、毛布は一枚しかない。ただ、彼が思うより毛布は大きかった。
「つまり……寝袋か」
 溜息を吐きながらオルドは毛布を床に広げ、雑魚寝すら出来なかった軍の監視小屋よりはまだマシだろうと思いながら身を横たえた。

 宿泊客が寝静まった深夜、オルドは目を覚ました。この世界に来てからというもの、乾いたパンとぬるい水以外口にしていなかったが、便所に行きたくなったのだ。
 外では主だった街灯が消された為、室内は殆ど何も見えないほど暗かったが、幸いにして廊下には部屋番号が確かめられる程度の明かりが灯されている。オルドはそれに安堵しながら一階へと向かった。そして用を足して便所を出ると、扉を叩く様な音を聞く。
(あれは……勝手口? 誰か困った人でも居るんだろうか)
 番台は既に無人で宿を管理する者は居なかった。だが、オルドには執拗に扉を叩く様子が切羽詰まった物に思われ、思わず内側から鍵を開けてしまった。
「ひっ!」
 扉を開けた瞬間、人型の何かがオルドに襲い掛かり、彼を押し倒す。助けを求めようとするが、それは彼を押し倒すと同時にその口を塞いでいた。
「んっ! んーっ!」
 オルドが抵抗しようとしても、彼を押さえつける人型のそれは片手は彼の口に押し当てているものの、全身を使ってオルドを抑え込んでいた。だが、人型のそれにはただひとつ自由な部位が有った。口元である。そしてその口元は、無防備なオルドの首筋めがけて開かれた。
 刹那、鈍い衝撃がオルドに伝わる。
「まったく、気高き吸血鬼のとんだ面汚しですね」
 オルドと、彼に折り重なる様にして脱力した人型の物体が、提げられたランプの光に照らされる。そして、開け放たれた勝手口の隙間からランプを持った人物は建物に入った。
「あなたがこの数日、私娼を襲撃していた吸血鬼の面汚しですか……」
 ランプを持った人物はオルドの上に折り重なって倒れた人物を蹴り飛ばし、その顔を仰向けにさせる。
「人間の混血ですか……吸血の作法も知らずに放逐されるとは、哀れなものですね」
 側頭部を蹴られてから微動だにしなかったその人物は、ランプを持った人物が溜息を吐いた途端に奇声を張り上げて飛び起きる。
「どうやら、穢れた血を吸ったようですね」
 獣が咆哮しながらのた打ち回る様に悶え苦しむ人物の傍で、ランプを提げた人物は微かな金属音を立てる。
「いずれにせよ、始末するしかありません」
 オルドにとっては耳を塞ぎたくなる様な鈍く湿った音が立てられ、悶絶していた人物は遂に動かなくなる。
 オルドは提げられたランプの僅かな光に照らされた凄惨な光景を前に、腰を抜かしていた。
「さて……」
 ランプを提げた人物はベルトに引っ掛けていた紙で刀身を拭うと、オルドの顔を明かりで照らす。
「……あなたはただの人間ではなさそうですが……まぁいいでしょう、手伝いなさい」
「ひっ……」
「この者を憲兵に引き渡さねばなりません。殺してもいいと雇い主には許諾されていますが……複数の娼婦に怪我をさせた凶悪犯ですからね。ほら、そちらの足を持って下さい」
 オルドは力の入り切らない足で立ち上がった。逆らえば殺されるかもしれない、と。
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