三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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第一章 よろこべ、これが異世界だ!

10.第三都市カリキ:出発の朝

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 村を外れた草原にある小さな建造物は帝国軍が盗賊の監視拠点として設置した物で、今は魔獣監視に当たる兵士の待機所となっているが、旅人や行商人が夜を明かす事も許されている。
 メテオーロとオルドは監視小屋の一角に設けられた宿泊用の部屋に入り、一泊の休息をとる。しかし、国民の安全を守る為のの避難場所でしかないその部屋には毛布の一枚も無く、この日はメテオーロとオルド以外にも複数の者が夜を明かすべく滞在しており、小さな部屋では身を横たえる事が出来なかった。
 冷たい壁に凭れ掛かったまま夜を明かし、オルドはメテオーロに起こされた。幸いにして監視小屋には飲用水の備蓄があり、前日の夕刻に買ったパンが残っていた為、朝食をとる事は出来た。
「そういえばお前達、ただの無宿者というわけではなさそうだな」
 小屋の管理に当たる事務方の兵士が、メテオーロとオルドに声を掛ける。
「放浪しているのでは知らないだろうが、間も無く帝国議会は無許可職能集団ギルド及び単騎魔獣退治業の取り締まり強化を決議する。不景気で地下ギルドが横行しているだけでなく、近頃は単騎で退治屋を立ち上げて命を落とす馬鹿者があまりに多いのだ。一応、単騎魔獣退治業の取り締まりは猶予期間がある。この間に従業員を抱え、ギルドとしての体制を整えればお咎めはは無い。とはいえ、仮に二名以上の集団であっても、魔獣駆除の能力を持った人間が一人だけなら認可は下りない、心得ておけ」
 兵士はそれだけ言ってすぐに立ち去るが、メテオーロは疑問を抱いている風ではない。
「あの……」
「あぁ、ありゃ営利目的で魔獣退治を請け負ってる連中の事だからな、俺にゃ関係ない。自分の為に屠った獲物で小銭を稼ぐだけだからな」
「そう、なんですか……ところで、これからどうするんですか?」
「この先にある第三都市を目指す。其処には働き口もあるし、送ってやるよ」
 監視拠点を発った二人は再び草原を歩き出す。
「メテオーロさんはどうするんです?」
「そうだな……俺も行く当てが有るわけじゃねぇし、帰る故郷は無くなっちまってるし、どこぞの魔獣退治ギルドを訪ねてみるよ」
 長く放浪を続けるメテオーロは、これまでに何度となく無謀な魔獣退治で窮地に陥った素人退治屋を助けていた。今後はギルド権益の保護の為にそうした無謀な営業は禁止されることになるが、魔獣が急増する中、貧しい村では正規のギルドよりも安く退治を請け負う者が求められ続けている。
「何人も、何も知らずに魔獣を倒そうとする人間を助けてきたが……ギルドにせよ単独にせよ、目先の魔獣を屠ったところで解決にはならないんだ」
「え?」
「忌避剤を使って寄せ付けない様にしたり、収穫した物を乾燥させる場所に柵を付けたり、魔獣を寄せ付けない策を講じなきゃならないんだ。だが、そういうギルドは無いに等しい」
「どうしてですか?」
「金にならないからだよ」
「確かに、薬を使ったり柵を立てるにはお金が」
「違う。確かに忌避剤や柵を使うと金は掛かるが、忌避剤は放っておいても生えてくる薬草だけでも作れるし、土地によっては硫黄なんかも安く手に入る。柵を付けるのだって、その土地に有る物を使えばいい。魔獣退治屋が間に入れば、領主にそこら辺の木の枝を使う事くらいは承諾させられる。だがな、そうやって暫くの間でも魔獣を遠ざけてしまえば……依頼が来なくなる」
「え……」
「魔獣退治ギルドは、その時出没した魔獣を駆除し続けることで利益が出るんだ……あくどい商売だろ?」
 オルドは目を伏せた。彼がかつて生きていた世界では、継続的に利益を出す事は商売人にとって基本的な事だった。
「でも、そのお金で食べていける人が居るんですよね」
「それがそうでもないんだ」
「え」
「そうやってその場限りの退治を続けていれば稼げると見込んで、今はギルドが次々に作られている。しかも依頼料を安くすればそれだけ貧しい村からも依頼が来るが、稼ぎは出なくなる……一度ギルドを作ったからにゃ、一旗揚げるまでは辞められんのだろうが、食えてないギルドも少なくは無い。それどころか、その安さに目を付けた帝国の魔獣対策部隊に使い潰されるのも時間の問題だ」
「……そんなものなんですか、魔獣退治ギルドって」
「そんなもんだよ」
「でも、だったらメテオーロさんは、どうしてそんなギルドに」
「俺がまともな退治屋を作りたいんだ」
 オルドはメテオーロの背中を見つめる。
「ただ、その為には実績が求められる……気は進まんが、最低でも経歴書だけは作らにゃならん」
「……かっこいいです」
「は?」
 メテオーロは思わず振り返る。
「そうやって、やりたくないけれども、将来の為に頑張るって言うの、凄くかっこいいです。憧れます」
「おいおい……」
 溜息を吐きながら、メテオーロは再び歩き始める。
「自分の意に反して生きるって、凄く疲れます。しかも、それを将来の為ってだけじゃなくて、世の為人の為にって我慢出来るのはすごくいい事ですし、素晴らしいって思います」
「褒める事じゃねぇ。他にに手段がねぇからそうしてるだけだ。ただの悪足掻き、見苦しい事この上ねぇよ」
「そんな事ないです」
「んなもん、従う価値のねぇ上役にこき使われるなんざ、屈辱の極みじゃねぇか」
「でも、それに耐えられるのは素晴らしい事ですよ? ぼくは……それに耐えきれなくて、死んじゃったんだと思います。なんか、そんな感じがするんです」
 メテオーロは深い溜息を吐いた。
「そりゃあ、多分お前さんがまだ若い人間だからそう思えるんだよ……俺は人間の世代で言えば、十世代近い時間を生きてきた。人間の配下に入る事自体が、俺らエルフにとっては恥辱の極みなんだよ」
 オルドは言葉を失い、目を瞠った。
「……でも、だからこそ、それってすごい事じゃないんですかね」
「人間にとってはそうかもしれんが、俺にとっちゃあ酷い辱めだよ」
 二人は暫くの間黙って草をかき分けて歩いたが、やがて草の背が低くなり始め、羊飼いの吹く笛の音が二人にも届く。
「この辺は羊飼いの領地らしいな。もう少し川に近い所は牛の方が多いが、いずれにしても、草が片付いて歩きやすい。ただ……糞を踏むんじゃねえぞ」
 メテオーロの言葉に、オルドは思わず足元を見る。
「まあ、あいつらは草しか食わないから、人間のそれよりはましだがな」
 メテオーロはからかうように笑いながら、第三都市を囲む柵へと向かう。
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