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第一章 よろこべ、これが異世界だ!
9.怪力エルフ・メテオーロ
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それから暫くの間、草原で出会った男と共に若者は歩き続けていた。草をかき分け、再び背の低い草に覆われた草原地帯を進む中、若者は槍を手にした男に行く当てが有るのかどうかを疑っていたが、それを口にする事は出来なかった。
そんな中、正午を示していた日差しが傾きを増していた頃、若者の目に人工物が映る。
「行き先は、其処ですか?」
「いや、もう少し先だ。其処は国軍の拠点……つっても、この辺だだっ広すぎて、警備が間に合っちゃないんだが……まぁ、元々は盗賊の監視小屋だ」
「へぇ……」
男は国軍の監視拠点を目印に更に歩みを進める。すると、若者は再び人工物を、それもまとまった規模の町の様な物を見つけた。しかし、男は町の入り口と思しき門ではなく、抜け道の様な路地へと進む。
「おや、今朝のエルフ殿ですか……そちらは」
薄暗い路地に藁の敷物を広げた老人は、見慣れない若者を連れた見覚えの有る男に声を掛ける。
「どこぞの村の生き残りの様だ。とはいえ……残党狩りは成果無し、これだけだ」
男は老人に透明な石を手渡す。
「鉄銭十枚だな、二人分では宿代に足らんだろう」
「構わんよ、寝るだけなら其処の詰め所でいい」
「そうかい……あぁ、飯を食うなら日暮れを待ってパン屋に行くと良い、今日は客が少ない」
「ありがとうな」
男は若者を振り返り、大通りへと向かう。そして、通りから再び路地に入り、人気のない建物の壁に男はもたれ掛かる。
「さてと……少し話を聞かせてくれるか? まず、お前さん、名前は?」
「え……」
若者は男の顔を見上げ、言葉に詰まる。
「何処の村の誰、で、構わん」
「いや、その……」
若者は俯いた。
「それとも……足抜けか?」
「え、えっと……」
若者は少しばかり目を泳がせたのち、信じてくれるか分かりませんけど、と前置きした。そして、気が付いた時にはある村に居て、その村は魔獣に襲われて壊滅したのだと、神様を名乗る女性に伝えられたと語った。
男は怪訝な表情を浮かべてそれを聞いていた。
「それで……覚えてる事は、他に無いのか」
「それは……その、これも、信じてもらえないかもしれませんが、僕は、この世界とは、多分違う世界で生きていた記憶が有ります」
「にわかには信じがたい話だが……もしかしたら、襲われた衝撃で何もかも忘れちまった上に、幻術に掛けられたのかもしれねぇな。とはいえ、お前さん一人が無傷で生き残っていたというのもおかしな話だし、神を名乗る女ってのは分らんでもない」
「え」
若者は顔を上げ、男を見た。
「神を見たという話は、珍しいが有り得ない話じゃあない。もしかしたら、その神とやらは本当に居たかもしれねぇし、神の気まぐれでお前さん一人が生かされた、あるいは、蘇らされたのかもしれない」
蘇らされた、その言葉に、若者はどう反応していいのかが分からなくなった。
「……お前さん、その神とやらに助けられたんだな?」
若者は頷いて良いかどうか分からず沈黙するが、やがて頷いた。
「純粋に助けてくれたわけでは無くて、何か、実験の様な形で、ぼくを選んだのかもしれないです。その神様は、意地悪で、何も教えてくれずに、消えてしまいました」
「そうか……まぁいい。その話、他の連中にはするなよ」
「え?」
「人間が信じる訳ねえだろ?」
「あなたは、信じてくれるんですか?」
「あぁ。だって、俺は人間じゃねえんだから」
目の前の男が人間では無いと聞かされ、若者は怯えた様に男を見上げる。
「俺はアルヒ、この世界で最初に生まれた種族の一人だ……つっても、一族郎党みな西方へ渡っちまって、俺はその一族の最後の一人になっちまったんだがな」
男は肩を竦めて見せるが、若者はただ茫然と男を見上げていた。男の口から出た『アルヒ』というのが、彼の名かどうか分からなかったのだ。
「アルヒ……」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ、人間は俺達をエルフと呼ぶんだったな。アルヒってのは俺達の先祖が使う古語だった」
「エルフ……」
若者の記憶の中に有るエルフは、色白細身の美しい種族だった。だが、目の前にいる男は槍に刺した異形をそのまま振り回す怪力を持った戦士である。しかも、マントから見える肌は長らくの旅に汚れていた。
「……この世の事を何も知らないってのは厄介だが、言葉が通じるならまだいい。とりあえずは俺について来い、この辺りじゃあ働き口も無いし、魔獣退治も追いついてない様だからな」
「そ、それじゃあ……よろしくお願いします……その、ところで……なんと呼べばいいんですか?」
「あぁ……まだ名乗って無かったな。俺の名前はメテオーロだ」
「じゃあ、その、メテオーロさん、よろしくお願いします」
「まぁ、そりゃあいいんだが……お前さん、自分の名前も忘れちまったんじゃ、お前さんの名前が必要だな」
「あ……」
若者は自分の名前が無い事を今まで忘れていた。
「そうだな……オルドと呼ばせてもらおうか」
「……オルド?」
「あぁ。この大陸の、特に帝都の辺りでよく使われてる男の名前だ。本当の名前を思い出したら、教えてくれ」
「分かりました」
そんな中、正午を示していた日差しが傾きを増していた頃、若者の目に人工物が映る。
「行き先は、其処ですか?」
「いや、もう少し先だ。其処は国軍の拠点……つっても、この辺だだっ広すぎて、警備が間に合っちゃないんだが……まぁ、元々は盗賊の監視小屋だ」
「へぇ……」
男は国軍の監視拠点を目印に更に歩みを進める。すると、若者は再び人工物を、それもまとまった規模の町の様な物を見つけた。しかし、男は町の入り口と思しき門ではなく、抜け道の様な路地へと進む。
「おや、今朝のエルフ殿ですか……そちらは」
薄暗い路地に藁の敷物を広げた老人は、見慣れない若者を連れた見覚えの有る男に声を掛ける。
「どこぞの村の生き残りの様だ。とはいえ……残党狩りは成果無し、これだけだ」
男は老人に透明な石を手渡す。
「鉄銭十枚だな、二人分では宿代に足らんだろう」
「構わんよ、寝るだけなら其処の詰め所でいい」
「そうかい……あぁ、飯を食うなら日暮れを待ってパン屋に行くと良い、今日は客が少ない」
「ありがとうな」
男は若者を振り返り、大通りへと向かう。そして、通りから再び路地に入り、人気のない建物の壁に男はもたれ掛かる。
「さてと……少し話を聞かせてくれるか? まず、お前さん、名前は?」
「え……」
若者は男の顔を見上げ、言葉に詰まる。
「何処の村の誰、で、構わん」
「いや、その……」
若者は俯いた。
「それとも……足抜けか?」
「え、えっと……」
若者は少しばかり目を泳がせたのち、信じてくれるか分かりませんけど、と前置きした。そして、気が付いた時にはある村に居て、その村は魔獣に襲われて壊滅したのだと、神様を名乗る女性に伝えられたと語った。
男は怪訝な表情を浮かべてそれを聞いていた。
「それで……覚えてる事は、他に無いのか」
「それは……その、これも、信じてもらえないかもしれませんが、僕は、この世界とは、多分違う世界で生きていた記憶が有ります」
「にわかには信じがたい話だが……もしかしたら、襲われた衝撃で何もかも忘れちまった上に、幻術に掛けられたのかもしれねぇな。とはいえ、お前さん一人が無傷で生き残っていたというのもおかしな話だし、神を名乗る女ってのは分らんでもない」
「え」
若者は顔を上げ、男を見た。
「神を見たという話は、珍しいが有り得ない話じゃあない。もしかしたら、その神とやらは本当に居たかもしれねぇし、神の気まぐれでお前さん一人が生かされた、あるいは、蘇らされたのかもしれない」
蘇らされた、その言葉に、若者はどう反応していいのかが分からなくなった。
「……お前さん、その神とやらに助けられたんだな?」
若者は頷いて良いかどうか分からず沈黙するが、やがて頷いた。
「純粋に助けてくれたわけでは無くて、何か、実験の様な形で、ぼくを選んだのかもしれないです。その神様は、意地悪で、何も教えてくれずに、消えてしまいました」
「そうか……まぁいい。その話、他の連中にはするなよ」
「え?」
「人間が信じる訳ねえだろ?」
「あなたは、信じてくれるんですか?」
「あぁ。だって、俺は人間じゃねえんだから」
目の前の男が人間では無いと聞かされ、若者は怯えた様に男を見上げる。
「俺はアルヒ、この世界で最初に生まれた種族の一人だ……つっても、一族郎党みな西方へ渡っちまって、俺はその一族の最後の一人になっちまったんだがな」
男は肩を竦めて見せるが、若者はただ茫然と男を見上げていた。男の口から出た『アルヒ』というのが、彼の名かどうか分からなかったのだ。
「アルヒ……」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ、人間は俺達をエルフと呼ぶんだったな。アルヒってのは俺達の先祖が使う古語だった」
「エルフ……」
若者の記憶の中に有るエルフは、色白細身の美しい種族だった。だが、目の前にいる男は槍に刺した異形をそのまま振り回す怪力を持った戦士である。しかも、マントから見える肌は長らくの旅に汚れていた。
「……この世の事を何も知らないってのは厄介だが、言葉が通じるならまだいい。とりあえずは俺について来い、この辺りじゃあ働き口も無いし、魔獣退治も追いついてない様だからな」
「そ、それじゃあ……よろしくお願いします……その、ところで……なんと呼べばいいんですか?」
「あぁ……まだ名乗って無かったな。俺の名前はメテオーロだ」
「じゃあ、その、メテオーロさん、よろしくお願いします」
「まぁ、そりゃあいいんだが……お前さん、自分の名前も忘れちまったんじゃ、お前さんの名前が必要だな」
「あ……」
若者は自分の名前が無い事を今まで忘れていた。
「そうだな……オルドと呼ばせてもらおうか」
「……オルド?」
「あぁ。この大陸の、特に帝都の辺りでよく使われてる男の名前だ。本当の名前を思い出したら、教えてくれ」
「分かりました」
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