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序章 転生したのに、なんで不幸なんですか
3.一度目の転生は異世界社畜でした
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比較的温暖で空気の乾いたシュドウェスト王国の王都ヴィーニュクローヌは、この数年間蔓延した黒死病の影響で活気を失っていた。その原因は人口の激減だったが、隣国ノードヴェスト王国が黒死病の防疫措置として国境を封鎖し、貿易が停滞していた事も拍車を掛けていた。
黒死病の猛威が収束するにつれ、厳重な検疫を通過した幾つかの品物は国境を超える様になったものの、人の往来は途絶えたままで廃業した宿も少なくない。とはいえ、シュドウェスト王国の王都の人口は激減しており、廃業した商店は多い半面、生き残った人間が少ない為、商店の不足が問題になる事は少なかった。
しかし、王都の商業が壊滅的な打撃を受けた事は物流に暗い影を落としており、死者の少なかった農村や漁村では仲介する商人が激減した為に物資の入手が困難になり、需要の減少で作物の買取価格が下落し、困窮した小作人の子女が路頭に迷っていた。飢饉や恐慌が起こった時には身売りしていた人々が、王都の経済的壊滅によって身売りする先を失ってしまったのだ。そして、そうした子女に目を付けたのが、隣国ノードヴェスト王国だった。
ノードヴェスト王国は早期に黒死病の蔓延を食い止め、媒介した鼠の駆除にも成功していた。だが、そのノードヴェスト王国も少なくない人口減少に見舞われていた。そして、その人口減少による労働力不足を補うべくシュドウェスト王国にやって来たのが、ノードヴェスト王国の人買いだった。シュドウェストの民は人買いを警戒したが、意外にもその人買いは若い娘よりも手仕事に慣れた年嵩の女性達を欲しがった。
シュドウェストの役人はシュドウェスト王国も深刻な労働力不足だと人買いを追い返そうとしたが、王都の商人は人手不足でありながらも、読み書きが出来ず貴族を相手にする作法の一つも知らない田舎者は雇えないジレンマを抱えている上に、商業の混乱で困窮する小作人や漁師による打ち壊しや借金帳消しを求める暴動に困り果てていた。
結局、貴族達の要求もあってシュドウェスト王国からは多くの農民達が労働力としてノードヴェスト王国に買われていった。ところが、買われたシュドウェストの民はノードヴェスト王国で奴隷同然に扱われている事が発覚した。
泣く泣く自分の妻子を売った農民や、未亡人となって生活出来ずに身売りした商人の妻子に同情する国民、母親や姉妹を人買いに渡すしかなかった少年達はその噂を聞き、宮殿に向かう抗議の列を成した。これに対し、王家は自分達も騙されたと宣言し、暴徒の列に対して自分達はノードヴェスト王国に対する開戦の意思が有る事、開戦の際には多くの兵士を徴用する事になるので、義勇兵として戦争に参加するのが最善である事を伝え、戦争が始まった。
シュドウェスト王国は正式に宣戦布告をし、ノードヴェスト王国は迎撃の体制をとった。
その頃、王都ヴィーニュクローヌの木綿商人の息子、オニキスは十七歳だった。
民間から出征した兵士の多くは農村の次男以下の息子達で、商家の子息は特別に徴兵される事は無かった。ところが、国内で雑用に従事していた正規の兵士達が農兵の指揮官として出征してしまった事で、国内の軍施設を維持する人員が不足し、商家の子息に入隊の令が下された。
オニキスはいとこのペールルと結婚していたが、相続する家業の無い彼には徴兵の命が下った。とはいえ、それは前線に出ない兵舎での雑役兵としての徴収であり、断る理由は無かった。
だが、入営したオニキスを待ち受けていたのは、過酷な労働だった。
働き口の少ない状況故に、実家で父兄にこき使われる使用人として家業を手伝っていた彼にとって、重労働や長時間労働は日常の事であったが、軍隊の過酷さはその比になる物では無かった。入隊時点から指揮官としての仕事しかしていない貴族の子弟は、実際に働く兵士の苦労を理解しておらず、作業の遅れが出る度に雑役兵を虐待し、戦線への供給が第一の食料は雑役兵には回されない状態が続いていた。
(あぁ、そうだ、思い出した。僕は……前もこんな風に働いていたんだ)
短い睡眠の合間に、オニキスは数年前、熱病で寝込んだ時の事を思い出していた。
(踵の高い靴を履いて、上司に怒鳴られて、店なんて全部閉まった時間に仕事が終わって、まともにご飯を食べられない日も有ったっけ)
日が経つにつれ、過酷な労働を経験していない商家の子弟達が一人、また一人と倒れていった。だが、実家や婚家に戻れる者はそれで救われるが、実家の屋根裏で家業を手伝う使用人夫婦として暮らしていたオニキスに療養出来る場所は無く、除隊となれば軍隊ほどではないにせよ、過酷な労働をその日からしなければならない。
そしてそれは、少しずつ雑役兵の人数が減り始めたある日の事だった。男の体なら大丈夫だと信じ、増えてゆく労働と戦っていたオニキスは、貴族将校の命令に従い馬小屋で馬の手入れをしていた。すると、件の貴族将校が苛立った様子で馬小屋に現れ、オニキスが世話していた馬を乱暴に連れ出そうとした。馬はこれから連れ出されると予測しておらず、乱暴に手綱を引かれた事で混乱して後ろに居たオニキスを蹴り飛ばしてしまった。
貴族将校は反抗する平民の雑役兵を当然の様に殴り、怪我をさせておきながら仕事が出来ないと言えば更に折檻する。そんな将校を止められる雑役兵は居なかった。
「まったく、お前の世話がなっていないからこうなるのだ!」
貴族将校は馬を力ずくで引きながら、動く事の無くなった雑役兵のオニキスに吐き捨てた。
隣で別の馬を世話していた少年兵はその貴族将校が立ち去るまで、黙って自分に言いつけられた馬の世話をし、そっと隣を覗き込んだ。
(どうしよう……)
少年兵はオニキスの死体を前に震えた。それは死体が怖かったからではない。もし貴族将校の所為で雑役兵が死んだとすれば、将校は恥をかかされたと激怒し、自分達を折檻するかもしれないからだった。
黒死病の猛威が収束するにつれ、厳重な検疫を通過した幾つかの品物は国境を超える様になったものの、人の往来は途絶えたままで廃業した宿も少なくない。とはいえ、シュドウェスト王国の王都の人口は激減しており、廃業した商店は多い半面、生き残った人間が少ない為、商店の不足が問題になる事は少なかった。
しかし、王都の商業が壊滅的な打撃を受けた事は物流に暗い影を落としており、死者の少なかった農村や漁村では仲介する商人が激減した為に物資の入手が困難になり、需要の減少で作物の買取価格が下落し、困窮した小作人の子女が路頭に迷っていた。飢饉や恐慌が起こった時には身売りしていた人々が、王都の経済的壊滅によって身売りする先を失ってしまったのだ。そして、そうした子女に目を付けたのが、隣国ノードヴェスト王国だった。
ノードヴェスト王国は早期に黒死病の蔓延を食い止め、媒介した鼠の駆除にも成功していた。だが、そのノードヴェスト王国も少なくない人口減少に見舞われていた。そして、その人口減少による労働力不足を補うべくシュドウェスト王国にやって来たのが、ノードヴェスト王国の人買いだった。シュドウェストの民は人買いを警戒したが、意外にもその人買いは若い娘よりも手仕事に慣れた年嵩の女性達を欲しがった。
シュドウェストの役人はシュドウェスト王国も深刻な労働力不足だと人買いを追い返そうとしたが、王都の商人は人手不足でありながらも、読み書きが出来ず貴族を相手にする作法の一つも知らない田舎者は雇えないジレンマを抱えている上に、商業の混乱で困窮する小作人や漁師による打ち壊しや借金帳消しを求める暴動に困り果てていた。
結局、貴族達の要求もあってシュドウェスト王国からは多くの農民達が労働力としてノードヴェスト王国に買われていった。ところが、買われたシュドウェストの民はノードヴェスト王国で奴隷同然に扱われている事が発覚した。
泣く泣く自分の妻子を売った農民や、未亡人となって生活出来ずに身売りした商人の妻子に同情する国民、母親や姉妹を人買いに渡すしかなかった少年達はその噂を聞き、宮殿に向かう抗議の列を成した。これに対し、王家は自分達も騙されたと宣言し、暴徒の列に対して自分達はノードヴェスト王国に対する開戦の意思が有る事、開戦の際には多くの兵士を徴用する事になるので、義勇兵として戦争に参加するのが最善である事を伝え、戦争が始まった。
シュドウェスト王国は正式に宣戦布告をし、ノードヴェスト王国は迎撃の体制をとった。
その頃、王都ヴィーニュクローヌの木綿商人の息子、オニキスは十七歳だった。
民間から出征した兵士の多くは農村の次男以下の息子達で、商家の子息は特別に徴兵される事は無かった。ところが、国内で雑用に従事していた正規の兵士達が農兵の指揮官として出征してしまった事で、国内の軍施設を維持する人員が不足し、商家の子息に入隊の令が下された。
オニキスはいとこのペールルと結婚していたが、相続する家業の無い彼には徴兵の命が下った。とはいえ、それは前線に出ない兵舎での雑役兵としての徴収であり、断る理由は無かった。
だが、入営したオニキスを待ち受けていたのは、過酷な労働だった。
働き口の少ない状況故に、実家で父兄にこき使われる使用人として家業を手伝っていた彼にとって、重労働や長時間労働は日常の事であったが、軍隊の過酷さはその比になる物では無かった。入隊時点から指揮官としての仕事しかしていない貴族の子弟は、実際に働く兵士の苦労を理解しておらず、作業の遅れが出る度に雑役兵を虐待し、戦線への供給が第一の食料は雑役兵には回されない状態が続いていた。
(あぁ、そうだ、思い出した。僕は……前もこんな風に働いていたんだ)
短い睡眠の合間に、オニキスは数年前、熱病で寝込んだ時の事を思い出していた。
(踵の高い靴を履いて、上司に怒鳴られて、店なんて全部閉まった時間に仕事が終わって、まともにご飯を食べられない日も有ったっけ)
日が経つにつれ、過酷な労働を経験していない商家の子弟達が一人、また一人と倒れていった。だが、実家や婚家に戻れる者はそれで救われるが、実家の屋根裏で家業を手伝う使用人夫婦として暮らしていたオニキスに療養出来る場所は無く、除隊となれば軍隊ほどではないにせよ、過酷な労働をその日からしなければならない。
そしてそれは、少しずつ雑役兵の人数が減り始めたある日の事だった。男の体なら大丈夫だと信じ、増えてゆく労働と戦っていたオニキスは、貴族将校の命令に従い馬小屋で馬の手入れをしていた。すると、件の貴族将校が苛立った様子で馬小屋に現れ、オニキスが世話していた馬を乱暴に連れ出そうとした。馬はこれから連れ出されると予測しておらず、乱暴に手綱を引かれた事で混乱して後ろに居たオニキスを蹴り飛ばしてしまった。
貴族将校は反抗する平民の雑役兵を当然の様に殴り、怪我をさせておきながら仕事が出来ないと言えば更に折檻する。そんな将校を止められる雑役兵は居なかった。
「まったく、お前の世話がなっていないからこうなるのだ!」
貴族将校は馬を力ずくで引きながら、動く事の無くなった雑役兵のオニキスに吐き捨てた。
隣で別の馬を世話していた少年兵はその貴族将校が立ち去るまで、黙って自分に言いつけられた馬の世話をし、そっと隣を覗き込んだ。
(どうしよう……)
少年兵はオニキスの死体を前に震えた。それは死体が怖かったからではない。もし貴族将校の所為で雑役兵が死んだとすれば、将校は恥をかかされたと激怒し、自分達を折檻するかもしれないからだった。
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※他サイトにも掲載中

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