三度目の衝撃 ―元社畜が破天荒ギルドに転生した理由―

詩方夢那

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序章 転生したのに、なんで不幸なんですか

1.おわりがはじまり、享年二十八歳

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 令和三年の六月、日本の某所、終電間際の駅は人もまばらだった。
(今から戻れば……駅前のネカフェで、一時間寝られる。始発で戻れば、出社より遅いけど、朝から、出勤できて……あははは)
 終電で引き返せるだけ引き返し、一時間でも、一分でも早く出張から会社に戻れるなら、それだけ残業せずに済む。そんな事を考えるまま、三河みかわ恵理めぐりは駅構内を彷徨さまよっていた。出張先に直行の為、朝は普段の出勤よりも遅い電車に乗っていたが、前日は当然の様に深夜まで残業をしていた。
(あれ……あぁ、此処からでもホームに出られるのね……)
 初めて訪れた駅の構造を知らないままに歩き、偶然辿り着いた階段を降り始めたところで彼女のスマートフォンが着信を告げる。社用のスマートフォンに入る着信には、基本的にワンコールで出なければならない。
「ひゃあ!」
 三河は雑多に物の詰め込まれた鞄に手を突っ込みスマートフォンを掴んだものの、疲労から判断力を喪失している彼女はスマートフォンを掴む代わりに鞄を放り出してしまった。だが、呼出は既に三コール目、低い階段を転がり落ちていく鞄とその中に有った化粧品に意識を向ける余裕は無かった。
 応答したところで、怒号が返ってくる運命でしかなくとも。
「お電話ありがとうござ」
「遅い! 何をしていた、無能鶏ガラ女!」
「も、申し訳ございません!」
 誰も居ない階段の半ば、化粧道具が散乱する階段で三河は転がり落ちそうな勢いで最敬礼に頭を下げる。電話の向こうにいる彼女の上司は電話に出るのが遅い事を一通り詰った後、令和三年四月に採用された新卒社員の最後の一人が退職し、明日の仕事に支障があるから今すぐ戻って来いと告げる。無論、彼女は翌日も“本来の始業時刻なら”遅刻にはならない時刻に出社出来る予定だったが、始業時刻は本来の規則よりも二時間前が常態化していた。
「承知いたしました。可能な限り早急に戻ります!」
 それは軍人の返答にも似た絶叫だが、駅構内の無人の階段においては悲痛極まりない悲鳴でしかなかった。
 その直後の事だ、電車の進入を告げる合図が乗降場プラットホームに流れ始めたのは。
(急がなきゃ、乗り遅れたら、会社、間に合わない……)
 落とした鞄も、鞄から吐き出された無数の荷物も放り出したまま、三河は階段を駆け下り乗降場プラットホームへと急ぐ。
 ――五番線、貨物列車通過します、ご注意下さい。
 今まさに五番線に進入しようとしていたのは、三河が乗る列車に先行して通過する貨物列車だったが、彼女の耳に『貨物列車』という言葉は届かない。
 ――ご注意下さい。
 アナウンスが繰り返された時、三河は焦るあまりスマートフォンを柱の影に落とした。
(乗らなくちゃ……会社に、戻らなきゃ……)
 ――黄色い線の内側で。
 五番線ホームに貨物列車の先頭車両が無数の貨物を牽引しながら進入した瞬間、三河は乗車口を示す黄色い点字ブロックで足をくじいて崩れ落ちた。その様子に気付いた駅員が一人ホームの端へと走り出す。
(会社に……)
 電車に乗り遅れればどうなるか分からない、それは彼女にとって想像を絶する恐怖であり、這ってでも電車に乗らなければならないという強迫観念を確固たる物にしていた。
(お願い……)
 挫いた足に力が入っていないまま立ち上がろうとした彼女は、駆けつけようとする駅員の目の前で天地の感覚を失い、よろめくままに、まだホームドアの無いホームの縁から線路に頭を突っ込んだ。
「あーっ!」
 駅員は悲鳴を上げ、非常停止ボタンに手を伸ばす。運転士もまた、目を疑う様な光景に非常ブレーキを作動させる。
 だが、全てが遅かった。
 階段に散らばった化粧品と、落とされた衝撃にひび割れたスマートフォン、点字ブロックで挫いた足から脱落した、三河の足を変形させた高さ五センチの黒いハイヒールのパンプスが彼女の最後の軌跡を描いていた。
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