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番外編5:柘榴と宝石
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魔界の森を走る馬車は、かぼちゃの形をしていた。
「いかがでしたか、彼女の素養は」
「貴方の見立てに間違いは無かったみたいね。その子はきっといい占い師になれるわ」
「そうですか。それなら、安心してお任せできますね」
「任せられても困るわよ。家庭教師は貴方でしょ?」
スフェーンは乾いた笑いをこぼす。
「生憎、私は未来を見る事に長けているわけではありませんので」
「嘘おっしゃい。貴方だって、本当は未来を見ているんでしょ?」
ロディアの言葉に、スフェーンは車窓を遠く見つめる。
「さぁ、どうでしょうか……見ているのは……いや、拘泥しているのは、今現在……あるいは、過ぎ去りし日々、私が人間として生きていた頃の記憶かもしれません」
「まだ人間だった頃に未練がある?」
「さあ、どうでしょうかね」
自嘲的な笑みを浮かべながら、彼は言葉を濁した。
「ただ……ひとつ思う事があるなら、それは、皮肉な事だと言う事でしょう」
「皮肉?」
「えぇ。皮肉ですよ。人間だった私は自ら命を絶って、あの当時でさえ早死にでしたからね……それにもかかわらず、再び生を得た時には、首を切り落とされでもしない限り死ねない人間以外の生き物になっていて、果てしない時を生きて行く事になったのですから……」
スフェーンの瞳が、怪しげに光を帯びながら、ロディアの首筋に向けられる。
「それも、吸血族でも無いのに血を欲する、強欲の魔族として……」
月明かりに照らされた彼の瞳は、陽の光の下とは違った色をロディアに見せた。
「だから、貴方はまだ未練があると」
「えぇ」
馬車の車輪が、何かに引っ掛かり、客車が大きく揺れる。
スフェーンの片膝を枕にしていた少女は、その揺れに目を覚ます。
「せんせい?」
「起きてしまいましたね……お屋敷まではもう少しかかりますから、寝ていても構いませんよ」
「んー……」
困った様な笑みを浮かべながら、スフェーンは少女の髪を撫でる。
客車の揺れが穏やかな振動に代わるにつれ、少女は再び夢の世界へと落ちてゆく。
「……アーリ……この子の妹は、人間だった頃に、未練を覚える時が来るのでしょうか」
「もし、前世の記憶を持っていたら、そうかも知れないわ……だけど、あの子は……」
ロディアの脳裏に蘇るのは、あの、不思議な人間の娘の姿。
「もう、未練なんてなかったんじゃないのかしらね」
スフェーンはロディアを見遣る。
「プルートが目の前に現れた事で、彼女は自分の運命を、無自覚に受け入れていたのだと思うの」
「受け入れていた……」
「えぇ。あの時、彼女の感情は酷く乾き切っていたんですもの……貴方とは、違って」
「お見通しですね、何もかも」
スフェーンは自嘲的に唇をほほ笑ませながら、眠る少女の顔を見た。
「……未来を知れば、絶望する事も多いでしょう。彼女は、逃げられない宿命を、まだ知らない。しかし……いずれ、私と同じ様に、未来への絶望に打ちひしがれなければならないのでしょうか」
「そうね……いつか、未来を知る事の悲しみを知る事にはなってしまうわね……だけど、その未来を変えてくれる存在は、案外、すぐ傍に居る様に思うのだけど」
「希望ですか……」
「えぇ。明日があれば、希望があるのよ」
馬車を照らす明かりが、月明かりから松明《たいまつ》の光に変わる。
「このまま、今夜はこのお屋敷に泊るつもり?」
「えぇ。明日は坊ちゃんも連れて、森へ出る事になっていますから」
「そう……」
馬車は静かに動きを止める。
「では、また」
スフェーンが馬車を降りると、待っていた女中が眠ってしまった少女を抱える。
「宿の馬車が間も無く迎えにくるでしょう。このままお待ちになりますか」
「えぇ」
ロディアは少女を抱えた女中の後に従い、館へと消えてゆく背中をぼんやりと眺めていた。
“希望”は、あの少女ではなく、彼にとっての希望ではなかろうかと考えながら。
「いかがでしたか、彼女の素養は」
「貴方の見立てに間違いは無かったみたいね。その子はきっといい占い師になれるわ」
「そうですか。それなら、安心してお任せできますね」
「任せられても困るわよ。家庭教師は貴方でしょ?」
スフェーンは乾いた笑いをこぼす。
「生憎、私は未来を見る事に長けているわけではありませんので」
「嘘おっしゃい。貴方だって、本当は未来を見ているんでしょ?」
ロディアの言葉に、スフェーンは車窓を遠く見つめる。
「さぁ、どうでしょうか……見ているのは……いや、拘泥しているのは、今現在……あるいは、過ぎ去りし日々、私が人間として生きていた頃の記憶かもしれません」
「まだ人間だった頃に未練がある?」
「さあ、どうでしょうかね」
自嘲的な笑みを浮かべながら、彼は言葉を濁した。
「ただ……ひとつ思う事があるなら、それは、皮肉な事だと言う事でしょう」
「皮肉?」
「えぇ。皮肉ですよ。人間だった私は自ら命を絶って、あの当時でさえ早死にでしたからね……それにもかかわらず、再び生を得た時には、首を切り落とされでもしない限り死ねない人間以外の生き物になっていて、果てしない時を生きて行く事になったのですから……」
スフェーンの瞳が、怪しげに光を帯びながら、ロディアの首筋に向けられる。
「それも、吸血族でも無いのに血を欲する、強欲の魔族として……」
月明かりに照らされた彼の瞳は、陽の光の下とは違った色をロディアに見せた。
「だから、貴方はまだ未練があると」
「えぇ」
馬車の車輪が、何かに引っ掛かり、客車が大きく揺れる。
スフェーンの片膝を枕にしていた少女は、その揺れに目を覚ます。
「せんせい?」
「起きてしまいましたね……お屋敷まではもう少しかかりますから、寝ていても構いませんよ」
「んー……」
困った様な笑みを浮かべながら、スフェーンは少女の髪を撫でる。
客車の揺れが穏やかな振動に代わるにつれ、少女は再び夢の世界へと落ちてゆく。
「……アーリ……この子の妹は、人間だった頃に、未練を覚える時が来るのでしょうか」
「もし、前世の記憶を持っていたら、そうかも知れないわ……だけど、あの子は……」
ロディアの脳裏に蘇るのは、あの、不思議な人間の娘の姿。
「もう、未練なんてなかったんじゃないのかしらね」
スフェーンはロディアを見遣る。
「プルートが目の前に現れた事で、彼女は自分の運命を、無自覚に受け入れていたのだと思うの」
「受け入れていた……」
「えぇ。あの時、彼女の感情は酷く乾き切っていたんですもの……貴方とは、違って」
「お見通しですね、何もかも」
スフェーンは自嘲的に唇をほほ笑ませながら、眠る少女の顔を見た。
「……未来を知れば、絶望する事も多いでしょう。彼女は、逃げられない宿命を、まだ知らない。しかし……いずれ、私と同じ様に、未来への絶望に打ちひしがれなければならないのでしょうか」
「そうね……いつか、未来を知る事の悲しみを知る事にはなってしまうわね……だけど、その未来を変えてくれる存在は、案外、すぐ傍に居る様に思うのだけど」
「希望ですか……」
「えぇ。明日があれば、希望があるのよ」
馬車を照らす明かりが、月明かりから松明《たいまつ》の光に変わる。
「このまま、今夜はこのお屋敷に泊るつもり?」
「えぇ。明日は坊ちゃんも連れて、森へ出る事になっていますから」
「そう……」
馬車は静かに動きを止める。
「では、また」
スフェーンが馬車を降りると、待っていた女中が眠ってしまった少女を抱える。
「宿の馬車が間も無く迎えにくるでしょう。このままお待ちになりますか」
「えぇ」
ロディアは少女を抱えた女中の後に従い、館へと消えてゆく背中をぼんやりと眺めていた。
“希望”は、あの少女ではなく、彼にとっての希望ではなかろうかと考えながら。
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