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詩方夢那

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第二十三話 塔の上からメロンパン

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 ランチタイムは賑わっていたが、三階まで客が入る事も無い午後一時過ぎ、エレベーターが扉を開いた。
 降り立った赤毛の女性は辺りを見回し、カフェスペースへと進んだ。
「あーら、プルームじゃない」
 イベント用のレジの隣でブレスレットを作っていたロディアはその女性を知っていた。
「お久しぶりです、蛇の奥様」
 プルームは礼儀正しく頭を下げる。
「ミーリャなら二階の厨房当番なんだけど」
「いえ、本日はフトゥール様にお会いしたいと」
生憎あいにく、あの子は休暇中よ」
「そうでしたか……でしたら、奥様、是非占いを」
「占いだったら、そこの子に頼んで。フトゥールの代わりよ」
 ロディアが視線で示した方を見て、プルームは眉を顰めた。
「あれは……人間ではありませんか。私は人間に占いをして欲しいとは思って」
「大丈夫よ。あの子は使い魔の声を聞く事が出来る子……占うのは賞味使い魔よ」
 プルームは渋い表情を浮かべたまま、動こうとしない。
「たまには人間の言葉を聞いてみるのもいいんじゃなくて? その様子じゃ、大分お悩みの用だし」
「でしたら、奥様が」
「私じゃ変わり映えがしないでしょ? フトゥールは私の弟子なんだし」
「でしたら」
「私はあなたを占う気が無いの。そんな占者の言葉に何の意味がある?」
「……分かりました」
「じゃ、待ってて」
 ロディアは立ち上がると、窓際の明日歌に声を掛けた。
「お客様よ、占って差し上げて」
「はい……」
 明日歌はロディアに従う用に立ち上がり、プルームの前にやって来た。
「鑑定のお客様ですね? こちらにどうぞ」
 プルームは渋い表情のまま、何故人間に従わねばならないのかと思いつつ、タロットルームに入った。
 明日歌は明かりを付け、プルームの後ろのカーテンを閉めると、いつもの席に着いた。そして、クロスを広げる。
「それでは、占いたい内容について、お伺いします」
 プルームは懐疑的に明日歌を見遣りながら、溜息交じりに呟いた。
「嘘と思うなら勝手に思えばいいが、このほど、私は魔法戦士隊の隊長を任された。だが、情勢が戦へと傾く今、武力よりも魔力が主力の魔法戦士隊をどの様に率い、守るか、見通しがまるで立てられない状況にある。今後起こり得る問題の対策を立てる道筋が欲しい」
 ――解説書の一番下、裏側を見て。
 指示された解説書に記されていたのは、五枚のカードを使った展開法だった。
 ――チェッカーボード・スプレッド。ハッピーダイアに似ているけど、攻めてくる要素と守る為の要素を読み解き、対策を立てる為の展開法。まず、山を三つ横並びにして。中央は、少し上にずらして配置して。
「それでは、攻めてくる相手の要素と、こちら側を守る為の要素を鑑定いたします」
 カードの山が崩され、三つの山が作られた。
 ――下段は右手から二枚、一枚分くらいの感覚を開けて並べて。上段は左手から同じ様に。中央は真ん中から一枚引いて。
 五枚のカードが、さながら市松模様の様に並べられた。
 ――まず、上段を開いて。相手の攻め方の要素から読む。ダイアと似た様な読み方をするけど、迎え撃つのにふさわしくないカードが出ていたとしても、こちらとあちらを独立した要素として読み解く事で状況判断をする。
 左手にはペンタクルのキング、右手にはワンドの六の逆位置が現れた。
 ――ペンタクルのキングは財力、ワンドの六の逆位置は見栄の象徴。相手は財力を武器に戦うだろう。ただし、ワンドの六には裏切りの意味もある。見栄故の内部崩壊の危険性がある。
「まず、相手方について……相手は財力を武器にしています。ですが、財力がある故に見栄っ張りで、それが内部崩壊を引き起こす危険性をはらんでいると見えます」
 プルームには分かっていた。上位の領地には豊かな富があり、兵力もそこに依存していると。
 ――次に下段、こちら側について。守りを固める為の要素だ。
 展開されたのはワンドの九とカップのエースだった。
 ――必要なのはワンドの九が示す現状維持と、カップのエースが示す初心を忘れず受け入れる事。財政的な現状維持と、士気を高める為の相互理解が必要だ。
「次に、あなた方について……あなた方に必要なのは、現状維持、特に、財政的な現状維持と、相手を受け入れる事。初心を忘れず、相手を受け入れ、相互理解を深める事が、士気の高揚に繋がると見えます」
 プルームは眉を顰める。
 ――最後は対策のカードだ。展開して。
 中央に有ったのは、逆位置になった塔だった。
 ――こちらとしては、問題に直面するし、配慮の無い態度がそれを更に悪くする。だけど、諦めずにそれを乗り越えられれば、事態が好転する機会は残されている。一方、相手がとしては、避けられない問題に見舞われ、事態を白紙にするとか、清算を必要とする事態に見舞われる。
「最後に、問題の対策に必要な要素は、配慮の無い態度を慎み、直面する問題を乗り越える事です。そうする事で、事態が好転する機会が訪れるでしょう。また、相手方にとっては、避けられない問題に直面し、事態の収束の為には何らかの清算を行う必要が生じるでしょう。ですから、あらゆる困難に粘り強く立ち向かう事で、事態の好転が望める事でしょう」
「……そうか」
 確かに、相手方にもあまりいい噂が流れていない。プルームはそれを思い起こす。
 ――カップのエースを見るに、部下に対し、常に気を掛ける事で、おのずと必要な物は隊長に与えられるだろう。ただ、焦ってはいけない。
「全ては、隊長であるあなたが、諦めずに問題と向き合い、部下に対して常に気を掛ける事が、おのずとあなたに必要な物をもたらしてくれるはずです。しかし、何事も焦ってはいけません」
 プルームは思った。確かに、焦っていたと。
 いずれは隊長の職責を負う事になると思ってはいたが、それが思いの外急に決まってしまい、若い隊長が熟練の部下を率いる事になってしまった。その事に、焦っていた。
「……今は、待つべき時だと」
 ――そうだね。対外的な事よりも、内部の安定だ。
「そうですね。今は対外的に動くよりも、内部安定させ、現状を保つ事が重要でしょう」
「そうか」
 プルームは立ち上がった。
「後は蛇の奥方に払っておくよ」

 *

 ランチタイムが過ぎ、三階が昼の当番の休憩場所になった頃、ミーリャはプルームと昼食を採っていた。
「ミーリャ。こんな事を直接言いたくはなかったが……あんたは魔法警備隊に志願しないのか? 今、上位の連中は攻勢を強めているんだぞ? 確かに、あんたの魔力はさしたるものではないが、それでも、多少なりと私達に貢献しようという気にはならないのか?」
「私はそういう大層な事が嫌いなの」
 夏野菜のリゾットを頬張りながら、ミーリャはプルームの言葉を一刀両断にした。
「だが、私達の郷里にも脅威は迫っている。お前はおいしい物が食べられればそれでいいのかもしれないが、郷里が危機に瀕すればそんな事は言って居られないし、お前を人間界に置いておく事も出来なくなる。男女を問わず、ケーポスの家に残っているのはあんた一人、私は魔法戦士隊を率いる身だ。何かあれば、あんたしか居ないんだぞ?」
 ミーリャはうんざりした様子、でサラダのプチトマトをプルームの口に押し込んだ。
「もー。お姉ちゃんはほんとーっに兵隊さんなんだら……確かにね、コリースに連中が攻め込んできたら、戦うしかないって思うよ? だけど……どんな時だって、おいしいご飯を作る作り手は必要でしょ? 皆が皆して剣を持ってしまったら、一体、誰がパンを焼いてくれるの? アニマーリアを使役して戦うんだったら、おいしい食事は必須条件じゃない。だからさ、皆が皆して剣を持つ事が戦う事じゃないのよ……戦わない者が、戦う者を支える事、それだって戦でしょ?」
「ミーリャ……」
「それと、お姉ちゃんは短気過ぎるのよ。上の連中は強欲過ぎて、些細な利害の不一致で喧嘩をするんだから、せめてくる前に勝手に瓦解するかもしれない。そのとばっちりを受けない為に衛兵を増強しないのは分かるけれど、戦いの為の魔法を使わない者までを強引に軍に引き入れて、全員を戦士に使用なんていうのは短絡的過ぎるわ。士官学校の子弟や魔法学校の生徒から順に引き入れるべきよ。彼等はそのつもりで其処に居るんだから」
 ミーリャは徐に立ち上がると、カウンターの奥に手を突っ込んだ。
「はい。お土産」
「は?」
 ミーリャはプルームに紙袋を手渡す。
「メロンパン。クッキーを乗せたパンよ」
「はぁ」
 プルームは紙袋を覗き込む。その中には、固いクッキーに覆われたパンが、四つ入れられていた。
「パンは発酵させる時間が大切なの。時間が経ち過ぎると、膨らみ過ぎてしまうけど、時間が足りないと柔らかく膨らまない……その加減は、何事にもそうでしょ?」
「ミーリャ……」
「さ、冷めない内に食べなよ。このリゾット、メニューには無いんだから!」
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