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詩方夢那

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第十九話 吊られた男は氷を削る

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「あー、丁度良かった、次のお客さんだよ」
 スーツ姿の男と入れ替わる様に、プルートは一人の男を連れてエレベーターを降りた。
「お客さん?」
「うん。占いしてあげて」
 明日歌はプルートに連れて来られたらしい男に目を向けた。歳は先ほどの男よりも、少し若いくらいに見える。
「こちらにどうぞ」
 明日歌は作り笑顔で男をタロットルームへ案内する。
 男は何も言わず明日歌に続き、ルームに入ると、明日歌が明かりを灯してから、静かにカーテンを閉めた。
「それでは、占いたい内容について、お伺いします」
 整えられたテーブル越しに、明日歌は男に問い掛けた。
 男は少しの沈黙を経て、口を開く。
「人間のあなたにはよく分からない事かも知れませんけれど、嘘だと思うなら、そう思って下さい。私は宝玉の領地テラ・スフェーラ風の一族アネモスの者です」
 明日歌は驚く様子も無く、それを聞いていた。
「あなたは知らない事でしょうが、私達宝石の領地テラ・スフェーラの領民は、更に上位の領地の者共に理不尽な扱いを受けており、武力による解決へと物事は動いています。特に、最も虐げられている虹の領地テラ・イーリスと唯一友好的な関係が保たれている我々は、彼等が蜂起すると宣言すれば、それに同調する事になります……ですが、僕の家系は武勲に長けた男が多い半面、僕自身は武術の才も無く、魔法学者ほど魔法が使いこなせるわけでもありません。しかし、不思議な力を持つ者の多い虹の領地テラ・イーリスで長い時間を過ごした以上、彼等の力になりたいと考えています。仮令、前線で戦う事の出来ない、ただの雑用係だとしても、義勇軍に志願すべきか否か、迷っております」
 ――未来を見る二者択一法、オルタネイティブ・スコープ。みっつの山を横並びにして、真ん中から一枚、後は左と右を交互に中心から外へ二枚並べる。
「……では、未来の事象を占える二者択一の鑑定をいたします」
 崩されたカードの山が、三つに整えられ、五枚のカードが横並びになった。
 ――左から順に全部展開して、正位置が多ければするべき、逆ならしないべき。
 展開された五枚のカードの内、四枚が正位置を示していた。
 ――するべきであると判断されたら、中央から右へ読み進める。現状の次は障害、次が未来。反対側は依頼主を取り巻く依頼主の力が及ばない環境の変化の参考にする。
「まず、結論から言って、志願をする方がよいでしょう」
 男は明日歌を眺めたまま、続く言葉を待った。
 ――現状は吊るし人、忍耐の象徴だけど、身動きが取れなくなっている事の象徴とも取れる。動けそうで動けないのが現状。
「現状は、動ける様で、動けない、その状況に耐えているものと見えます」
 ――その原因は、ワンドの五が示している葛藤だな。若者の持つ棒が適当な方に向いている様に、思考がまとまっていない、試練でもある。
「原因になっているのは、あなた自身の葛藤ではないでしょうか。考え方がひとつにまとまらず、その混乱に堪えている物と見えます」
 ――未来に有るのはソードのナイト、勇敢な戦士だ。ただ、周囲に対する配慮や、先走らない自制は必要だね。
「ですが、これを乗り越えられたなら、あなたは勇敢な戦士になれるでしょう。その時には、周囲への配慮、先走ってしまわない思考が必要になるでしょう」
 男は少し目を伏せた。
「……本当に、そう、成れるのでしょうか」
 ――彼の影響が及ばない世界では、今、緊張感のある関係が破綻へと向かっているみたいだ。カップの三は微妙な関係性の安定を示すけど、それがひっくり返っている。その事が、ワンドの八が示す事態の急激な変化に繋がる。何となく、斜めに走る棒が、降り注ぐ矢にも見えてくる。
「今、あなたの力の及ばない世の中の動きは、緊張感のある関係の破綻による急激な変化へと進んでいる様に見えます。そうなった時、あなたの葛藤は成就し、あなたは勇敢な戦士になれるのでしょう。ただ、物事は急激に変化してしまいます。一歩先を読んで行動したくなるかもしれません。ですが、どうか、そこは少しだけ堪えて、二手先、三手先を見越した行動をして下さい。それが、周囲の人に対する配慮になる事でしょう」
 男は明日歌を見て、ふと笑った。



「加減の悪い魔法も、こういう事には便利ですね」
 占ってもらう事を諦め、カウンターに居座っていたスフェーンは、カウンターの向こうでかき氷を作るプルートを、笑いながら眺めていた。
「それ、褒めてないよね、スフェーン」
「ええ。あなたを褒められるとしたら、その底抜けに明るい性格だけですね」
「褒めてないーっ」
 削られた氷がガラスの器に山を作る。
「そろそろいいわよ」
 プルートの削った氷に満たされた器をロディアが取り上げる。そして、冷たい抹茶シロップと練乳を回し掛ける。
「さ、お食べ」
 差し出された器をアーエラキは不思議そうに眺める。
「中には甘いお豆が埋もれているから、苦いお茶のシロップが丁度いいのよ」
 アーエラキは抹茶色の氷をひと匙掬いあげ、口に運んだ。
「なんだろう、薬草の様に苦いのに、香ばしくておいしい」
「ふふ、気に入ってくれたならいいわ」
「次出来るよー」
 プルートの削っていた氷が、ふたつの目の器を満たした。
 ロディアは適当な山が出来あがったところで器を取り出すと、先ほどと同じ様に味付けをしてスフェーンに出した。
「プルート、もうひとつ氷を作ってちょうだい。あの子の分も作ってあげて」
「はーい」
 殆ど氷の無くなった器に水を注ぎ、プルートはそれを冷やした。
「あ、そうだ、あの子の分にはあれ入れてもいいよねー?」
 プルートの指差した先には、さくらんぼの蜜漬けがあった。
 だが、彼が明日歌の分のかき氷を削り始めた途端、内線電話が鳴った。
 ――タロットで占って欲しいってお客さんが来たけど、空いてる?
 一階でウェイターをしているケフリーが、タロット鑑定の客を受けたらしい。
「戻って早々に悪いんだけど、もう一件、鑑定お願いね」
 カウンターの椅子に腰掛けていた明日歌は立ち上がり、再びタロットルームに向かった。

(あれ……)
 明日歌はカフェスペースの外に出たが、其処に人影はなかった。彼女が不思議に思いながらルームのカーテンを開けると、既に客が座っていた。
「もー、遅ーい!」
 ルームの奥、テーブルの向こう、本来は占者せんしゃが座る場所に、女は足を組んで座っていた。
 ――穢れるーっ! 人間が座ったら穢れるーっ! 助けてくれーっ!
 使い魔の悲鳴が、明日歌の頭蓋骨に直撃する。
「……申し訳ございません、お客様。その席はお客様の席ではないのですが」
「え?」
 女は本当に分かっていない様で首を傾げた。
 明日歌は引き攣った表情を浮かべ、とにかく女を外に出そうとする。
「大変申し訳ないのですが、鑑定を行いますその席はある種神聖な場所で……少々、あちらのカフェの方でお待ちになって頂けますか?」
「どうして?」
「占いの支度が必要でして」
「えー? 占いなんて、タロット並べるだけでしょ?」
 明日歌は盛大な溜息を必死で堪えた。
「それはそうですが」
「折角いつもより早く起きたんだから、早く占ってよ」
「ですが、支度が出来ませんので、あちらのカフェでお待ちになって下さい」
 女は頬を膨らませながら立ち上がり、渋々と明日歌が開けたカーテンの向こうへ出て行った。
 ――あーっ! 気持悪い! 気色悪い! 気分悪い! 空気悪い!
「……どうする?」
 明らかにアイシングのとろけたクッキーに明日歌は問い掛ける。
 ――椅子と机のクロス全部変えて、クッキーも新しいの貰ってきて、入れ物も別にして! あぁ、勿論、机と椅子は全部拭いて。ラミネートのカードも全部!
「それ、一人でやれと?」
 ――プルート呼んだらいいよ。
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